ファッション

「週刊文春」編集局長に聞くビームス本秘話

有料会員限定記事

 「週刊文春」とビームスの異色コラボムック本「週刊文春が迫る、BEAMSの世界」(文藝春秋)が話題だ。これまで数々の“文春砲”を放ってきた同誌の新谷学編集局長が手掛け、スタッフにファッション業界のトップクリエイターらを起用した文春史上初の“ファッション誌”となった。これは、これまで多くの“人”のノンフィクションを追ってきた「文春」が、兼ねてから“人”を際立たせてきたビームスに迫ったフィクション。「文春」のブランド力をフルに使い、6万5000部を全国書店・コンビニにくまなく配本。宣伝広告費もしっかりかける本気度で、今後はこのフォーマットを活用したスクープやスキャンダル以外の新たなブランディングにも広げていくという。新谷編集局長は、なぜファッション誌を作ったのか?(この記事はWWDジャパン2019年11月4日号からの抜粋です)

WWDジャパン(以下、WWD):将棋がテーマのファッションページ「文春杯」では、中川大輔八段と中村太地七段の対局に、賞金10万円を掛けた。「文春」がファッションページを作る上で、リアルを追求することは重要か?

新谷学「週刊文春」編集局長(以下、新谷):まさにその通り。この一冊を作る上で、こだわったポイントがいくつかある。一つは、“人間主義”。人が着てこそ服は生きるわけで、なぜこの人がこの服を着ているかにとことんこだわった。そして、もう一つが“リアリティー”。「文春杯」では、次の一手を考える本気の表情や仕草を切り取った。着せ替え人形的に見せていくファッションページとは異なり嘘がない。いつもと違うのは、二人ともビームスのスーツを着ているということ。例えば、週刊誌で政治家をスタイリングして見せるページはこれまでも繰り返しあったが、われわれが石破茂さんを取り上げた理由は、彼が本当にビームスのスーツを着て、昨年の総裁選を闘ったからだ。彼は自陣の小渕優子議員に「石破さんはダサい。ビームスでも着ればいいのに」と言われ、ビームスハウス丸の内でスーツを仕立てた。そのとき仕立てたスーツで出馬し、実際にそのときのスーツを着て撮影した。だからこれは、人間を映すポートレートでもある。ファッションとは“服と人との物語”であり、その人が着るから物語が生まれ、その分人生が豊かになるものではないだろうか。

WWD:原田龍二や川谷絵音、新垣隆など、「文春」でこれまでにスキャンダルを報じた人物をあえて起用した狙いは?

新谷:これには私の中のメッセージを込めている。毎週さまざまなスクープ・スキャンダルを報じているが、私には登場人物を懲らしめよう、断罪しよう、人生をめちゃくちゃにしようといったモチベーションは全くない。「文春」の根本にあるのは“人間主義”であり、人間のさまざまな顔を伝えていくこと。それは決して美談だけではなく、きれいな顔や美しい顔、素晴らしい顔、かわいい顔があれば、醜い顔や愚かな顔、浅ましい顔もある。だからこそ人間で、だからこそ面白い。SNSの全盛で1億総メディアとなったが、発信されているのは、自分にとっての美談や都合のいいストーリーばかりじゃないか。一般の人はそれでもいいが、世の中に対して何かしらの影響力を持っていたり、権力をふるう立場の人たちであれば、都合が悪い真実でも伝えていかなければ。「文春」は、そこに対してしっかりと切り込んでいけるメディアでありたい。われわれは誰も敵や味方で考えてはいない。その理念を正しく伝えたかった。

WWD:ムックの中には渋野日向子プロなど、取材が難しいとされている人たちも登場する。「週刊文春」流の取材交渉とは?

新谷:渋野さんは「ビームス ゴルフ」がスポンサーなので、それを最大限に利用させてもらっただけだが、われわれの仕事は断られてからがスタートだ。基本的に断られないレベルのものに大きな価値はない。それをどうやって引っ張り出すかだが、記者一人一人がいかに自分のミッションを理解できるかが重要で、スクープは当然リスクが伴い、そのときに上司との信頼関係が大事になる。リスクというのは失敗することの方が多いが、ダメなトップはそのときに後ろから撃つ。「俺は危ないと思っていた」と。そんなことをしていては誰も体を張らないので、私は「全部俺が責任を取るからいけ」と言う。その信頼関係があればこそ当事者意識を持つ。とにかくフルスイングなので、ダメでも次の打席でフルスイングしよう、と教えている。

WWD:ビームスという決められた枠の中で、登場人物の面白さを引き出すことは容易ではなかったのでは?

新谷:実はネタには困らなかった。ワイド特集みたいなページは、最初に設楽さんと会ったときの雑談がベースになっている。高倉健や長嶋茂雄まで“、あんなところにもビームスが”というふり幅の広さが面白いなと思いメモに残した。そのネタを企画書として作ったのがムックの出発点だ。ビームスの幅の広さや面白がりのセンスは、「文春」にも通ずるものがある。昨今は、面白がることに憶病になっていて、不謹慎かなと知らないうちにブレーキを踏む。自主規制することがメディアでもすごく顕著で、自ら報じられる領域を狭くしている傾向が強い。そういった状況だからこそ、われわれは陣地を広げていく。「文春」がファッションをやるのも面白ければいいじゃないか。ただし、面白いだけだとダメで、何より大事なのはファッション誌としてのクオリティーだ。それが「文春」にもできるということを見せていきたい。

WWD:「FASHION is SCANDAL!!」というテーマに込めた思いは?

新谷:それは弊誌の小川(直美ファッション&ライフスタイル担当ディレクター)の発案だ。それが設楽さんのハートを打ち抜いた。設楽さんいわく、「ファッションとは“必需品”よりも“必欲品”。エキサイティングなものを着ると気持ちが上がるとか、そういうものじゃないのか」と。思わず握手を求めたくなる言葉だった。根っこの部分でアグリーだと思ったので、価値ある1冊目が、絶対に面白いものになるだろうなと確信した。設楽さんが親分でいれば、変なブレーキもかけない。こちらがかなり高めの球を投げてもフルスイングで打ち返してくれると思った。

WWD:「文春」のブランド力をフルに使っているが、今回のムックでよりブランド力は高まった?もしくは消費した?

新谷:ブランドビジネスの一環として、幅が広がった。スクープやスキャンダルだけじゃない、ファッションやカルチャー、ライフスタイル、エンターテインメントなどを含めての強力な取材集団、編集集団としての「週刊文春」がますます生きてくる。

WWD:ファッション業界のクリエイターが特に面白がって制作に参加したとか。なぜ彼らが楽しめたのだと思うか?

新谷:ファッションの世界は広いようで狭く、付き合う媒体や人間も限られる。それを毎年、春夏・秋冬と繰り返す。巻頭のリードでも書いたが、今回はルーティーンとは違う予定調和とは対極にある仕事なので、それがすごく面白かったのではないか。

WWD:編集長時代は顔出しNGだったが、変わらずスクープをとり続ける中で、顔出しすることにした理由は?

新谷:編集長が出過ぎると、編集長が変わったときに雑誌にマイナスの影響が出る。だからずっと自分の顔は和田誠さんのイラストの表紙だと思ってきた。一方で今の時代は、匿名性の情報は伝えづらいという面がある。説得力を持たせ、「文春」が目指すものをしっかりと伝えるために、編集局長の今は広告搭的に出るのも一つの役割だと思っている。

WWD:今回のムックはファッション以外での展開も考えている?

新谷:他の業界の企業と組んでも面白い。こういった話は最初から無理とか、茶飲み話で終わってしまうことが多いが、終わらせないことから感動は生まれるし、世の中を動かせるとしたらそういうパワーだ。

WWD:これだけの大型タイアップをやると、雑誌の制作に影響は出ないか?

新谷:全くない。私のモットーは「親しき中にもスキャンダル」。設楽さんのスキャンダルがあれば書く。そこで書かなくなったらわれわれの稼業は終わりだ。われわれが“人でなし稼業”だということは十分自覚している。ファッションもできる「文春」というのも大事なブランディングだが、やはりスクープ力も私の中では大事なブランディング。相手が強くても絶対に巻かれない。その両方でフルスイングできることが「文春」だ。

最新号紹介

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

@icloud.com/@me.com/@mac.com 以外のアドレスでご登録ください。 ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。

メールをお送りしました。ご確認いただき登録をすすめてください。