ファッション

石橋静河が映画「ナギダイアリー」で演じた“幸せになりきれない”現代人——カンヌにも届いた「奈義町の小さな物語」

PROFILE: 石橋静河/俳優

PROFILE: (いしばし・しずか)1994年7月8日生まれ、東京都出身。2015年から俳優として活動の場を広げ、17年の初主演作「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(石井裕也監督)でブルーリボン賞をはじめ数々の映画賞新人賞を受賞。近年は「あのこは貴族」21/岨手由貴子監督、TVドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」(21/フジテレビ)、舞台「未練の幽霊と怪物―「挫波」「敦賀」―」(21/岡田利規演出)、「近松心中物語」(21/長塚圭史演出)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22/NHK)、「燕は戻ってこない」(24/NHK)などに出演。待機作に「このごにおよんで愛など」(26/広瀬奈々子監督)、主人公・葉野珠を演じる26年度後期連続テレビ小説「ブラッサム」(NHK)などがある。

第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、話題を呼んだ深田晃司監督の最新作「ナギダイアリー」が、9月25日に公開される。岡山県奈義町をモデルにした自然豊かな町「ナギ」。そこで創作を続ける彫刻家の寄子のもとを、東京で建築家として働く友梨が訪れる。かつて義理の姉妹だった2人が再び時間を共にする中で、それぞれが抱える喪失や迷い、これからの生き方が静かに浮かび上がっていく——。

癒えない喪失を抱えるクィアの彫刻家・寄子を演じるのは松たか子。その寄子と不思議な縁で結ばれた友梨を、石橋静河が演じた。多くの可能性を持ちながら、なぜか「幸せになりきれない」現代人の感覚を体現する友梨を、石橋はどのように捉えたのか。カンヌで作品が国境を越えて届いた実感、松との再共演、奈義町での撮影、深田監督の演出、そして友梨と寄子にとって「ものを作ること」が持つ意味について話を聞いた。

「ナギ」からカンヌへ

——深田晃司監督の作品に参加されるのは今回が初めてとなりますが、まずはこの物語のどこに魅力を感じ、参加を決められたのかを教えていただけますか。

石橋静河(以下、石橋):脚本を読んでまず思ったのは、最後に爽やかな風を感じるような、とても前向きなお話だなということでした。今まで私が拝見した深田さんの作品は、厳しい現実を突きつけられるというか、シビアな世界で終わる印象があったんです。今回も、決して分かりやすく無理やりポジティブに持っていくわけではないけれど、なんだかすごく希望が見える気がして。そこが素敵だなと思い、ぜひ参加したいと思いました。

——本作はカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出され、現地でも温かく迎えられたと伺っています。カンヌでの体験を振り返って、特に印象に残っていることを教えてください。

石橋:本当にすべての体験が新しくて刺激的で、たくさんの発見がありました。撮影している時には、まさかこの作品と一緒にカンヌへ行き、これほど多くの方に受け取ってもらえるとは想像もしていませんでした。岡山県の奈義町という小さな町に1カ月間滞在し、とてもドメスティックな環境の中で、日々淡々と撮影していましたから。

この映画は、小さな町で起きる、傍(はた)から見れば些細な出来事が、当人にとってはすごく大切だという物語だと思うんです。出来事が些細で小さなものであるほど、遠くの人には届きにくい気がするし、国を越えれば常識も変わります。それでも、「ナギ」で起きた小さな出来事がものすごく遠い場所まで飛んでいき、きちんと理解され、共感され、受け入れてもらえた。そのこと自体が大きな驚きでしたし、私にとっての発見でした。「あ、ちゃんと届くんだ」って。当たり前のことかもしれませんが、日本の中だけで活動していると、どうしてもそのことが見えなくなってしまう時もあるんです。それを改めて実感して、すごく元気をもらいました。

私は、カンヌには5日ほど滞在したのですが、ちょうど朝ドラの撮影中だったので、突然異世界にポーンと放り込まれたような感覚でした。フランス語と英語の字幕付きで上映され、すごく微細な表現やニュアンスまで翻訳されて、それを受け取った観客の皆さんが笑ってくれる。思っていた以上に笑いが起きていて、それも嬉しかったですね。

幸せになりきれない現代人

——石橋さんが演じた友梨は、建築家として東京と台湾で活躍し、多くの可能性を持っているようでありながら、どこか自分を見失っているようにも感じられます。劇中では多くを語られない彼女を、どのような人物として捉えたのでしょうか。

石橋:今の時代を生きる人の中には、友梨に近い感覚を持っている人が多いんじゃないかなと思います。100年前に比べれば、欲しいものが手に入り、食べたいものを食べられる。基本的には衣食住に困らず、たくさんの選択肢を持てる時代です。だけど、それだけで人々が笑顔で幸せに生きているかといったら、そうではない。少し前の時代を見ていると、むしろその頃の方がきっと笑顔が多かったんだろうなと感じることもあります。なぜか分からないけれど、幸せになりきれない部分を抱えている人もたくさんいると思うんです。友梨は、それを象徴しているような存在なのかなと思いました。

——友梨が着ていた服も印象的でした。

石橋:最初の頃は特に「都会から来た人」という感じが、衣装ですごく分かりやすく表現されていました。それが日が経つごとに装いも変わって、どんどん町に馴染んでいくんですよね。

松たか子との共演

——松さんとはドラマ「スイッチ」や「大豆田とわ子と三人の元夫」でも共演されていますが、今回は彫刻家とモデルという、見る/見られる関係の中で、とても親密なお芝居をされていました。改めて松さんとの共演はいかがでしたか。

石橋:本当に貴重な経験でした。長い間ずっと第一線を走っているだけでなく、出演した作品がその都度評価されている。その状態を続けるのは、並大抵のことではないですよね。みんなに「あ、松さんだよね」と思われ続けながら、常に変化もしていて、作品に参加するたびに代表作を更新し続けていらっしゃる。今回は隣で1カ月間過ごす中で、仕事に対する姿勢や人との向き合い方を間近で見ることができて、なぜ常に第一線にいらっしゃるのかを学ばせてもらいました。

私自身、これから自分がどうしてやっていこうかと考えていた時期だったので、そういう時に一番出会いたい方というか。本当に真摯にいろいろなことに向き合っている方なんだなと感じて、私もそうありたいと強く思わせていただきました。

——資料の中で深田監督は、松さんを「自由な方で、良い意味で動物的」、石橋さんを「抑制の効いたお芝居をされる」と表現し、2人の芝居は対照的だったと話されています。実際に松さんのお芝居と向き合う中で、ご自身との違いをどのように感じましたか。

石橋:もちろん自分とは全然違っていて。松さんはご自身のお芝居をすごく客観的に見ているんです。「動物的」とだけ聞くと本能のままに演じているような、すごく主観的な印象を持つかもしれません。そういう自由さもあるんですけど、松さんに関して言えばそれだけではない。

お芝居へのアプローチは人によってさまざまで、「このセリフが言えればいい」という方もいれば、一言一句違わず、なぜそこに句読点があるのかまで考える方もいる。松さんの自由さは、脚本に描かれていることや演出で求められていることを、すべてきちんと受け取った上での自由なんです。自由に見えるからといって、決して簡単にやっているわけではない。その緻密さがあるからこそ、あれだけ自由にいられるんだと思います。

——義理の「元姉妹」という寄子と友梨の関係は、かなり独特ですよね。血のつながった家族でも、恋人でもなく、友情とも少し違う。その距離感を松さんとどのように作り上げていったのでしょうか。

石橋:2人の関係について、何か特別に話し合ったことはなかったですね。待ち時間にストーブで干し芋を焼いたり、「今日、ご飯何食べた?」と話したり、一緒に過ごす日々の中で自然に作られていった気がします。都心での撮影とは違って、撮影が終わると「さようなら」と言って、それぞれ山の麓にある一棟ずつのロッジに帰るような生活でした。ものすごく寒かったので、松さんと「寒かったよね」「今日はこんなことがあったね」と話したり。あと松さんは少し虫が苦手みたいで、「虫が怖い……」という話だったり。そうした時間を重ねる中で、私と松さんの間だけでなく、現場全体にも一体感が生まれていったと思います。本当に、松さんの船に乗せてもらったような感覚でした。

自然豊かな奈義町での撮影

——今回初めてご一緒した深田監督のディレクションはいかがでしたか。

石橋:映画やドラマは限られた時間の中で物語を見せなければならないので、感情が分かりやすい記号として扱われることがあると思うんです。例えば、うれしかったら笑い、悲しかったら涙を流す。でも、実際の人間はそんなに単純ではないですよね。悲しくても笑うことはあるし、笑っていなければならない時もある。その逆もあります。

それでも現場では、「今は楽しいシーンだから笑ってください」というように、感情を分かりやすい方向へ導くことを求められる場合もあります。一方で、深田さんは感情を記号として扱わず、もっと細かく噛み砕いて考えてくださる。それは演じる側としてすごくありがたかったですし、自由にさせてもらえる感覚がありました。

——先ほど、奈義町に1カ月間滞在したとおっしゃっていましたが、豊かな自然の中で長期間撮影した体験や、町の印象はいかがでしたか。

石橋:撮影は3月で、春へ向かう時期だったこともあり、天候が目まぐるしく変わりました。山の麓にある町なので、晴れているのに雪が降ってきたり、突然嵐のような風が吹いたりすることもあって。人の力では抗えないものがあるというか。そうした空気や天候も含めた奈義町の自然が、この映画のすごく大きな部分を占めていると思うんです。深田さんも自然を思い通りにコントロールしようとせず、「これはいい、これはダメ」と選り分けるのではなく、そこで起きることを受け入れた上で、奈義町で撮ることを選ばれたんだと思います。

——劇中で急に激しい嵐に見舞われるシーンもありますが、実際にそういう町なんですね。自然が豊かな場所ですが、同時に現代美術館があるのも面白いですよね。

石橋:本当に突然現れる美術館で、中もユニークで面白いんですよ。映像にもある筒状の空間はまっすぐ歩けなくって、カメラマンさんも転げそうになっていましたね(笑)。なので少人数で慎重に撮影したのを覚えています。とにかく奈義町が全面的に協力してくださったので、ああいった美術館の中でも撮影することができました。奈義町のお母様方も毎日のように温かいご飯を作ってくれたりとフルサポートで。たくさんの方が撮影にも参加してくださいましたし、本当に助けてもらいました。

——寄子が作業するアトリエも細部までつくり込まれていて、彼女がそこで過ごしてきた時間まで感じられる空間でした。

石橋:作中の彫刻をすべて手がけている吉田愛美さんが、いつも現場にいらっしゃったんです。松さんへの彫刻指導もされていて、アトリエに飾られているものもすべて吉田さんの作品なので、空間にすごく存在感と説得力がありました。制作の工程も、デッサンから始まり、粘土をこね、木や丸太を扱うところまで丁寧に描かれています。本当に松さんが作業をしていて、その前に自分がいる。あまり嘘のない状態で演じられた感覚がありました。

——彫刻や絵、建築などの芸術が作中で幾度も描かれていますが、友梨と寄子にとって「ものを作ること」はそれぞれどのような意味を持っていると感じましたか。

石橋:友梨は建築家ですけど、多分、自分の仕事をあまり芸術とは捉えていないのかなと思います。建築はもう少し頭を使うことでもありますし、映画の中でも「こういう作家風の、こういう建築家風の建物を作ってほしい」と言われて作っています。それにも何か虚無を感じている。だから友梨には、まだ「自分は作家なんだ」「自分は何かを作る人なんだ」という意識が芽生えていない状態なんです。それに対して、寄子さんはずっと一人で黙々とその道を走ってきた。でも、孤高の存在というよりは、生活をして、その一部の中で生きようとしている。芸術という宙に浮いたものではなく、生きることの一部として、この作品では描かれているのかなと思います。

PHOTOS:TAKAHIRO OTSUJI
STYLING:MEGUMI YOSHIDA
HAIR & MAKEUP:AYA MURAKAMI

Vネックニット 27万5000円、スカート 24万3100円、スカーフ 7万9200円、ブーツ 24万8600円/すべてメゾン マルジェラ(マルジェラ ジャパン クライアントサービス 0120-934-779)

映画「ナギダイアリー」

映画「ナギダイアリー」
9月25日から新宿ピカデリー、ユーロスペース ほか全国ロードショー
出演:松たか子 石橋静河
川口和空 藤原聖 藤間爽子 水間ロン 申瑞季
松山ケンイチ
監督・脚本:深田晃司
製作:スターサンズ 八朔ラボ Survivance Momo Film Co. Nathan Studio ワンダーストラック 
制作プロダクション:Lat-Lon
配給:スターサンズ
©️2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
https://starsands.com/nagidiary/

関連タグの最新記事

最新号紹介

WWDJAPAN Weekly

2027年春夏東京コレクション特集 混ざり合う個性、広がる可能性

「WWDJAPAN」9月14&21日合併号は、2027年春夏東京コレクションを特集します。今シーズンも「WWDJAPAN」は、8月31日〜9月5日に行われた「楽天 ファッション・ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」の全日程を総力取材。ファッションショーやプレゼンテーションを追い、ショー後のデザイナー取材を交えたコレクションリポートに加え、バックステージでヘア&メイ…

詳細/購入はこちら

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。 This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

メルマガ会員の登録が完了しました。