「ポーラ」が特別協賛するバレエ公演「ポーラ プレゼンツ バレエザニュークラシック2026(POLA presents BALLET TheNewClassic2026)」が開幕し、8月2日まで新国立劇場・中劇場で上演中だ。400年以上の歴史を持つクラシックバレエの様式美に、ファッションやアートなど現代のクリエイティブを掛け合わせ、新たな舞台表現の可能性を切り拓く本シリーズは、これが3回目の開催。今回は、日本を代表するプリンシパルの中村祥子や、世界的に注目を集める新星、三宅啄未をはじめ、国内外の第一線で活躍する12名のトップダンサーが集結。「眠れる森の美女」「コッペリア」などの古典を現代の視点で再解釈した演目に加え、新作を含む全8作品を披露する。
衣装デザインに、気鋭のデザイナー2組を起用
その世界観を視覚的に体現する衣装には、東京を拠点に活動する気鋭のデザイナー2組が起用された。スタイリストの小嶋智子による監修のもと、第1幕を手掛けるのは、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ校(Central Saint Martins)出身の工藤花観デザイナーによる「カカン(KAKAN)」。そして第2幕は、「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」で経験を積んだ砂川(いさがわ)卓也デザイナー率いる「ミスターイット(MISTER IT.)」が担当する。異なる美学を持つ2人に、衣装に込めた思いや制作のプロセスについて話を聞いた。
「カカン」工藤花観――
鮮烈な赤で描く「ローズ・アダージョ」の“裏切り”
第1幕全7作品の衣装を手掛けた工藤デザイナーは、今回のオファーを受けるまでクラシックバレエを鑑賞したことがなく、本格的な舞台衣装の仕事も初となる。「小嶋さんからは、バレエのことは無知で構わない。先入観を持たず、フラットに向き合ってほしいというリクエストを受けた」。ただし工藤デザイナーはリサーチ好きを自認し、自身のアプローチを見出すため、20世紀初頭のロシア人貴族が創設した「バレエ・リュス」をはじめ、バレエの歴史や衣装史を丹念に掘り下げた。「ココ・シャネル(Coco Chanel)が、ジャン・コクトー(Jean Cocteau)やパブロ・ピカソ(Pablo Picasso)らと組んで、アートとしてバレエ衣装に関わった事実を知ったとき、“私にもできるかもしれない”と思った」。
最初に取り掛かったのは、中村祥子が踊る「眠れる森の美女」の名場面「ローズ・アダージョ」の衣装だった。本作では、役柄本来の“16歳の清純な少女”ではなく、成熟した女性が踊ることで、“役柄と年齢の固定観念”に一石を投じる。工藤デザイナーはある種”裏切り”ともいえるその意外性を、鮮烈な赤で表現した。「制作チームが用意したムードボードにあったマリリン・モンロー(Marilyn Monroe)の色気や感情豊かな女性像がヒントになり、“大輪のバラ”のアイデアが湧いた」。ブランドのシグネチャーである手紬ぎのニットを手元にあしらい、そこから花弁が広がっていくようなイメージで薔薇のシルエットへと昇華させた。
薔薇のイメージは、ブランドの美学の根幹にも通じる。「植物が鮮やかな色や良い香りで、自分を美しく見せることに臆さない、あの潔さが好きで。祥子さんという大輪の薔薇に、周囲が魅了され吸い寄せられていく。そんな姿を描きたかった」。中村は本役への向き合い方について、「咲き誇る薔薇は美しいけれど、やがてはらはらと散っていく。人生の中でいろいろな経験を重ね、削ぎ落とされた先に表現できるものは何か。それが今回、私が追求したいこと」と語っていた。ダンサーとデザイナー、それぞれが独自に到達した“薔薇”のイメージが、舞台上でひとつに重なる。
手紡ぎニットとダンサーの動きの親和性
「カカン」のランウエイで象徴的に使われたニットコートも、ソロ作品の衣装として登場する。バレエ衣装にざっくりした質感のニットーーその組み合わせ自体、観客には新鮮な驚きだ。「手紡ぎのニットは糸のキックバックを残したまま編み上げているので、まるで生き物が呼吸するかのように、自由自在に伸び縮みする。ダンサーの皆さんはムーブメントに合わせて、この衣装を飼い慣らすように踊ってくれた。生きた素材と、生きた身体。親和性はむしろ高いように感じた」。新作「コッペリア」ではAIをテーマにした演出に呼応し、ティッシュのように儚い極薄素材を新たに開発するなど、演目ごとに多彩な挑戦を重ねた。
今回の経験は、自身のブランド構成の刷新にもつながった。「カカン」は2027年春夏シーズンから、オートクチュールとプレタポルテの2ラインへと分岐する。「デビュー直後から、手紡ぎのニットのようなアート性の強い表現ばかりがフォーカスされることに、正直、葛藤もあった。でも今回、アートとしての衣装制作を手掛けたことで、そうした自由なクリエイションもむしろ堂々と追求していきたいと吹っ切れた。着心地のよいリアルクローズを丁寧に作る一方、レッドカーペットで着用できるような色気を宿すニットのクリエイションもつくりたい。そんな新たな夢が生まれた」。
「ミスターイット」砂川卓也――
ダンサーの身体美を際立たせるジャージー素材
第2幕「バレエレッスン」の衣装を担当したのは、砂川デザイナーによる「ミスターイット」だ。12人のダンサー全員が総出演し、それぞれの得意技とクラシックバレエの基礎、超絶技巧を披露する本演目では、一人ひとりの個性を際立たせながら、群舞としての統一感も求められる。
「メゾン マルジェラ」のアトリエでオートクチュールライン“アーティザナル”に携わってきた砂川デザイナーにとって、“身体に合わせて服を仕立てる”というプロセスは自身の原点でもある。今回、その視線は極限まで鍛え抜かれたダンサーの身体へと注がれた。「レッスンを見せてもらったとき、身体そのものが芸術作品だという印象を受けた。幼少期からの積み重ねが、あのラインや身体美につながっている。だから服だけにスポットが当たるのではなく、本人の身体と衣装がうまくマッチする状態を目指したかった」。
ダンサーのレッスン着を衣装に昇華
完成した衣装には、それぞれのダンサーの個性が見事に反映されている。デビュー当時から一貫して、砂川デザイナーは友人ら身近な存在をインスピレーション源にコレクションを制作してきた。今回の衣装制作でも、そのプロセスは変わらない。
“レッスン風景”がテーマの演目ということで、まず着目したのはダンサーたちのレッスン中の着こなしだった。「海外を拠点に活躍されているダンサーさんには直接お会いできないので、インスタグラムを見て、プライベートの服装も含めて徹底的にリサーチ。スクリーンショットをプリントアウトして、それぞれのキャラクターを丁寧に汲み取っていった」。
衣装のベースに選ばれたのは、ブランドの新たなシグニチャーとしてシリーズ化しているオリジナルのジャージー素材だ。縦糸に綿、横糸にラメ糸を使用したその素材は、透けるほどに薄く軽やか。「収縮性と軽やかさは、大胆な動きが求められるバレエと相性がいい。一見マットな素材に見えるが、動きに応じてラメがきらめく瞬間にも着目してほしい」。カラーはシーチングに着想を得たヌードベージュを採用。デニムに見えるルックも、同じジャージー素材で仕立てている。ディテールには、自身のコレクションでもアクセントとして展開している“ペプラム”を配し、コルセットのイメージへと重ねた。
シルエットには、レオタードを再解釈したタイトなラインと、シャツをラフに羽織ったビッグシルエットで意図的に対比を作り、身体そのものの美しさを浮かび上がらせた。「近くで見たときのディテールの面白さと、12人がそろったときの舞台全体の見え方も重視した」と砂川デザイナーは語る。
制作を通して体感したのは、複数のクリエイターが交わることで生まれる化学反応だった。「衣装をダンサーさんが実際にフィッティングしたとき、プロデューサーの堀内將平さんが『衣装を見て振り付けのアイデアが明確になった』と話してくれたのが、非常に印象的で。それぞれの分野のプロフェッショナルが刺激し合いながら舞台を作り上げていく過程は、本当に面白かった」。
工藤花観「カカン」デザイナー
PROFILE:(くどう・かかん)セントラル・セント・マーチンズでファインアート、ファッションアクセサリーデザインを学んだ後、ファッション、オペラ、絵画、料理に至るまで美意識が息づくイタリアに渡り、マランゴーニ学院でファッションデザインを学ぶ。24年自身のブランド「カカン」を始動
砂川卓也「ミスターイット」デザイナー
PROFILE:(いさがわ・たくや)エスモード・パリ校を首席で卒業。12年か「メゾン マルタン」でメーンコレクションおよびオートクチュールライン“アーティザナル”のデザインチームの一員として活動。日本に帰国後、18年に「ミスターイット」を設立。24年、東京都と日本ファッション・ウィーク推進機構が主催するファッションアワード「東京ファッションアワード」を受賞
INTERVIEW & TEXT : MAKIKO AWATA