アジアとヨーロッパのはざまに位置するジョージアの首都トビリシで5月7〜10日、「メルセデス・ベンツ・ファッション・ウイーク・トビリシ(以下、MBFWT)」が開かれた。MBFWTは、コロナ禍や不安定な政治情勢の影響を受け、近年は断続的に開催されている。23年11月と24年5月は「カルチャー・ウイーク・トビリシ」を行っており、ファッション・ウイークとしては3年ぶりの再開となった。メーン会場は、コカ・コーラ(COCA-COLA)の工場跡をリノベーションした「ファクトリー・トビリシ」。敷地内では新たなビルの建築も進み、イベント会場や展示スペースだけでなくアーティスト・レジデンスやメディアのオフィス、学校などを擁するカルチャー・ハブになりつつある場所だ。
今回は「カルチャー・ウイーク・トビリシ」からの流れをくむようにランウエイショーに文化的な体験も加え、コンテンポラリーなファッションから民族衣装や音楽、アート、郷土料理、ワイン、ドラァグボール、ナイトクラブのバッシアーニ(BASSIANI)でのパーティーまで、ジョージアの伝統と現代カルチャーに触れられるプログラムが用意された。ファッションショーの数は11と多くはなかったが、15年にMBFWTを立ち上げたソフィア・ツコニア(Sofia Tchkonia)=ファウンダー兼クリエイティブ・ディレクター は「より焦点を絞り、キュレーションした運営へとシフトした。参加ブランド数は少なくなったものの、その分より質の高いプレゼンテーションを実現できるようになったと思う」と説明。「3年間の休止を経て再開することは、ファッションにおけるジョージアの存在感を再び確立し、創造性を支え、ローカルデザイナーとグローバルなオーディエンスをつなぐプラットフォームを作る上で重要だ」と続ける。
逆境の中で放つ力強いメッセージとエネルギー
2024年の「外国エージェント法」や「反LGBT法」の成立、EU加盟プロセスの凍結など保守化が進み、クリエイティブなコミュニティーにも圧力がかかる現在のジョージアは、デザイナーたちにとって理想的な環境とは言えないかもしれない。実際、国外へ拠点を移したデザイナーやクリエイターもいるという。しかし、そんな逆境の中でも、参加デザイナーたちは抵抗の姿勢を示したり、暗い時代を生きる人々の心を映し出したりと力強いメッセージを発信しているのが印象的だった。ただ、クオリティーやディレクションなどに荒削りな部分もあり、コレクションとしてはすでにパリ・ファッション・ウイーク中にショールームを開くなど国内外でビジネスを確立しているブランドが光った。
1949年にトビリシで創業したアパレルメーカーのマテリアが2014年に立ち上げた「マテリアル(MATERIEL)」は、ゲストデザイナーと共にカプセルコレクションを制作しており、今回は15年にウクライナ・キーウで「グドゥ(GUDU)」を立ち上げたジョージア人デザイナーのラシャ・ムディナラゼ(Lasha Mdinaradze)を招へい。力強いテーラリングとデフォルメしたトレンチコートやレザーブルゾンなどにフェミニンな要素をミックスしたモダンなコレクションを発表した。
トビリシにある自社工房で職人によるモノ作りを行う「タトゥーナ(TATUNA)」は、ウィメンズに加えメンズウエアを披露した。落ち着いたワントーンやトーン・オン・トーンのクリーンでミニマルなスタイルを軸に、ジオメトリックなカットやチューブ状のディテールでひねりを効かせる得意のアプローチを追求。国内で調達したデッドストックやビンテージ、余剰素材を生かすなど、責任あるクリエイションに取り組んでいる。
そして、17年設立の「ラド ボクチャヴァ(LADO BOKUCHAVA)」は、近年ブカレストやベルリンのファッション・ウイークに参加してきたが、20年春夏シーズン以来約6年ぶりにMBFWTでのショーに復帰。不安定な社会情勢、過剰な情報、心理的疲労にさらされる世界において、自分自身を保ち続けることへの切望を描いた。シグネチャーのアイレットや南京錠といったメタルパーツ、ベルトディテール、異なる質感の素材ミックスなどを取り入れたメンズ&ウィメンズウエアには、若々しくエッジィなムードとトレンド感、リアリティーが共存。スタイリングや演出も含め、エネルギーあふれるショーで喝采を浴びた。
クラフトと民族衣装が映すジョージア人の誇り
また、ジョージア人としての誇りやアイデンティティーを強く感じさせるブランドも目を引いた。ジョージア南東部のボルチャリと呼ばれるアゼルバイジャン系少数民族が暮らす地域で生まれ育ち、現在はミラノを拠点に活動するデザイナーのガリブ・ガサノフ(Galib Gassanoff)は、2月にミラノ・ファッション・ウイークで発表した自身のブランド「インスティトゥーション(INSTITUTION)」の最新コレクションを展示。故郷で受け継がれてきた手織りのカーペットをベースにしたケープやスカートを披露するとともに、職人による実演も行った。
「今もカーペットを織り続けている女性は、もう数人しか残っていない。今回実演を行ったのは、若い世代にもっと関心を持ってもらうため。そうしなければ、このクラフツマンシップは消えてしまうから」とガサノフ。伝統的な編み込み技術でシューレースを編んだドレスなども手掛ける彼のクリエイションの根底には常に伝統的な技術と現代的な視点の融合があり、「自分のビジョンや異なる文脈を交えつつ、コーカサスのさまざまな地域の人々との協業を通して、今も残る伝統的なクラフトマンシップを未来につないでいきたい」と話す。そんな彼は1月には「ザランド・ヴィジョナリー・アワード(ZALANDO VISIONARY AWARD)」を受賞し、今年度の「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE、以下LVMHプライズ)」でもファイナリストに選ばれている。これから彼の紡ぐストーリーがさらに世界に広がっていくことを期待したい。
また、期間中に街の外れにある工房を訪れた「サモセリ ピルヴェリ(SAMOSELI PIRVELI)」も印象的だった。09年に設立された同ブランドは、フィットしたボディーから裾が広がる男性用コート「チョハ」や、鮮やかな色や美しい模様で彩られた女性用ロングドレス「カルチュリ」から、刺しゅうを施したシューズやバッグまで、18〜19世紀のジョージアの民族衣装を現代的に再解釈した上質なアイテムを提案。結婚式やセレモニーの礼服としての需要も高いというが、それだけでなく、伝統的な刺しゅうやディテールを取り入れたジャケットなど現代の日常の中で着ることを考えたデザインもそろえている。親日家でもある共同創業者のルアサブ・トゴニゼ(Luarsab Togonidze)は、京都の街中で着物姿の人々を見掛けたことを例に挙げ、「ジョージアでも、若い世代がチョハやカルチュリを街中で着る日が来るのを夢見ている」と語る。
そうした伝統の再解釈をランウエイで見せたのは、ジョージア人両親の下、アメリカで生まれ育ったジオ・レヴァン・カチャラヴァ(Gio Levan Kacharava)によるデビュー2年目の「ジオ レヴァン(GIO LEVAN)」だ。今季は、19世紀のトビリシの文化的アイデンティティーとコンテンポラリーなアンダーグラウンドシーンの関係性を探求。まだ洗練には欠けるものの、「チョハ」に見られる弾薬を収める筒状の胸ポケットや「キント」(19世紀のトビリシに見られた若い露天商や大道芸人)の装いからヒントを得たボリュームのあるショーツ、「パパーハ」と呼ばれる毛皮の帽子など、ジョージアの伝統衣服の要素とストリート感のあるウエアを組み合わせたアプローチは面白い。
ジョージア・ファションの未来を担う若手の支援
ファクトリー・トビリシでは、卒業年度の学生デザイナーを対象にした「ビーネクスト・ファッション・デザイン・コンテスト(BENEXT FASHION DESIGN CONTEST、以下ビーネクスト)」の作品展示と最終審査も行われた。今回の審査員団に名を連ねたのは、2013年度の受賞者でもある前述のガリブ・ガサノフや23年に「LVMHプライズ」のグランプリに輝いた「セッチュウ」の桑田悟史といったデザイナーから、仏国立ファッション芸術協会(ANDAM)創設者兼マネージング・ディレクターのナタリー・ダフォー(Nathalie Dufour)や「デイズド(DAZED)」ファッション・フィーチャーズ・ディレクターのエマ・デイヴィッドソン、マランゴーニやIED、AZアカデミーといった有名ファッションスクールのディレクターやコースリーダー、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」の人材発掘担当まで。MBFWTよりも前に「ビーネクスト」を立ち上げたツコニアは「質の高い評価を行うため、ファッションのさまざまな分野で専門性を持つ人物から審査員を選んでいる。若手デザイナーを支援することは、イノベーションを育み、業界の未来を持続させる上で不可欠。新しい才能に、国内外で成長する機会を与えることにつながる」と語る。実際、ジョージアから世界に羽ばたいたデザイナーや今季のMBFWT参加デザイナーには歴代の受賞者も多く、「ビーネクスト」はジョージアのファッションが発展する上での重要な役割を担っている。
今回グランプリを受賞したエヴァ・ゴゴティゼ(Eva Gogotidze)は、賞金5000ユーロ(約92万円)と審査員からのメンターシップを獲得。次点の2人にも、それぞれマランゴーニとIEDの夏季コースへの参加権が贈られた。まだ外の世界を知る機会の少ない学生デザイナーたちにとって、グローバルに活躍する業界のプロからのアドバイスや故郷を離れた異国での経験は、デザイナーとして成長し、自身のブランドを築き上げるための糧になるに違いない。
自身もさまざまなコンテストへの応募経験がある桑田デザイナーは、「審査員を務めることはあまりない」としつつ、「個人的には、常に人の意見を聞くことが大事だと考えている。もちろん今回は審査員の一人として参加したが、審査員団のラインアップを見て自分自身も勉強になると感じたし、自分がジャッジをすることよりも各審査員がどのように考えているかを聞くのが楽しみだった」とコメント。初めて訪れたというトビリシについて「街並みがとてもユニークで、いろんな建築様式の建物が横並びにあるのは少しブエノスアイレスやナポリのようにも感じられて興味深かった。また、ジョージアのデザイナーはいい意味でも悪い意味でも自国のことを考えている印象。悲しい経験をしているがゆえ、それが表現として出てきていると感じた」と振り返った。
MBFWTの現在と今後
トビリシがファッション界から注目を集めるようになったのは、まだこの10年ほど。その背景には、デムナ(Demna)の成功をきっかけにジョージア人デザイナーやカルチャーへの関心が高まったことがある。そして2010年代後半、MBFWTでは世界から数多くのメディアやバイヤーを招待し、彼らとローカルの新たな才能と結びつける役割を果たしてきた。政治・社会情勢が変化する中、その当時と比べると小規模になった感は否めない。しかし、この10年の軌跡を目の当たりにしてきたツコニアは、「ジョージア・ファッションの認知度と専門性は大きく向上した。デザイナーたちは経験を重ねると共に存在感を高め、ファッションコミュニティーもより強固なネットワークと広がるリソースによって組織化が進んだ」と述べる。また現在はブランドのビジネス構築を支援するため、ワークショップやメンターシップ、パートナーシップなどの取り組みを進め、販売機会の創出や奨学金・コラボレーションを通じた教育支援の充実も図っているという。
そんなMBFWTにとっての今の課題は、「持続可能な資金の確保、市場規模の拡大、生産インフラの整備、そして国際的な訴求力とジョージアらしいアイデンティティーのバランスを取ること」。ツコニアは「継続は資金調達に左右される部分もあるが、MBFWTをジョージアファッションにとっての定期的なハイライトとして維持していきたい」と話し、年2回開催のイベントとして参加ブランドを増やすとともに国際的な繋がりを強化することを目指す。