ファッション

100個の巨大な頭蓋骨、動き出しそうな小さな老人 リアルかつあり得ないサイズ感が感情を揺さぶる「ロン・ミュエク」展が六本木・森美術館で開催中

東京・六本木の森美術館で、イギリスを拠点に活動する彫刻家の個展「ロン・ミュエク(Ron Mueck)」が9月23日まで開催されている。現実ではあり得ないサイズと、緻密かつリアルな具象彫刻で知られるミュエク。1作品の制作に数カ月、時には数年かかる場合もあり、過去30年間の作家活動で制作された作品総数は50点ほどしかないが、本展では初期の代表作から近作まで11点を展示。うち6点は日本初公開であり、彼の作品を国内で鑑賞できるまたとない貴重な機会だ。

映画・広告業界のモデルビルダーから世界的アーティストへ

日本国内での個展開催は、金沢21世紀美術館で開催された2008年以来、18年ぶり2度目。カルティエ財団現代美術館(Fondation Cartier pour l'art contemporain)との長年にわたる関係性によって企画されており、パリ、ミラノ、ソウルを経て、東京に巡回している。

ミュエクは、1958年オーストラリア・メルボルン生まれ、現在はイギリスを拠点に活動する作家だ。映画・広告業界で、模型などを制作するモデルビルダーとして20年以上のキャリアを重ね、自身の会社も立ち上げるが、90年代半ばから美術作家として、さまざまな彫刻制作に取り組むようになる。

96年、ロンドンのヘイワード・ギャラリー(Hayward Gallery)で開催された展覧会で展示した「ピノキオ」で現代アートの世界にデビュー。翌97年に、亡くなった自身の父親を実際よりも小さなサイズで表現した「死んだ父」が、同地のロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ(Royal Academy of Arts)で開催された「センセーション:サーチ・コレクションのヤング・ブリティッシュ・アーティスト(Sensation: Young British Artists from the Saatchi Collection)」展に出品され、一躍注目を集めた。

細部が語りスケールが揺さぶる、ミュエク作品の数々

ミュエクの彫刻作品の特徴は、革新的な素材や技法、表現方法を用いて具象彫刻の可能性を押し広げてきたことだ。人間を綿密に観察し、哲学的な思索を重ねて制作されたミュエクの作品は、洗練され、生命感にあふれ、孤独、脆さや弱さ、不安、回復力といった、人間の内面的な感情や体験を巧みに表現している。

作品制作にはシリコンやファイバーグラス、ポリエステル樹脂といった素材を使い、素肌のシワやたるみ、質感、うっすらと透ける血管の青み、少しずつ伸びているのではないかと思ってしまうような毛髪や体毛など、細部に至るまでを克明に描写。その一方で、実物より極端に大きく、あるいは小さく作られた作品群は、実際に対面する鑑賞者の知覚を揺さぶり、さまざまな感情を抱かせるだろう。

展示されている全11点の作品の中で、特に注目したい日本初公開作品を紹介する。エントランスを進んで最初に出会う作品「枝を持つ女」は、裸の女性が、大きくて持ちにくい木の枝の束をなんとか抱えようとする瞬間を描写している。その体には引っかき傷があり、枝が地面を引きずらないように、と必死の姿勢だ。

そもそもなぜ裸なのか、どんな目的があるのか。いろんな疑問が湧いてくるが、ミュエクは作品の制作意図を多くは語らない。どの作品においても一貫して意味を曖昧なままにすることで、鑑賞者それぞれが多様な印象を抱き、そこからさまざまなストーリーが生まれることを促している。

地上53階からの東京の景色が眺められる空間には、18世紀の画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(Giovanni Battista Tiepolo)の作品に着想を得た初期の重要作「エンジェル」が展示されている。物憂げな表情とポーズをした小ぶりな男性の背中には、大きく広げられた白い翼が。まるでどこかから舞い降りて小休止しているかのような雰囲気すら漂っていた。

また、下着姿の老人がテーブルの前に座り、1羽の鶏と対峙するという奇妙な光景を表現した「チキン/マン」も、一体何が起きているのか謎に包まれ、私たちの想像力をかき立てる作品だ。作品の周囲をぐるっと歩きながら鑑賞すると、前のめりになった老人は、手を握りしめて困惑した表情を浮かべているが、対峙した鶏は鋭い視線を彼に向けており、両者の間に漂う緊張感をよりリアルに感じるだろう。

そして、本展の広告ビジュアルで強烈な存在感を放っている大型作品「マス」は、100点もの巨大な頭蓋骨の彫刻で構成されるインスタレーションだ。展示会場のサイズに合わせて再構成される、サイトスペシフィックな作品で、今回の森美術館では約300平方メートルの空間に展開。高い天井を生かして積み上げられ、鑑賞者の行く手を阻むように所狭しと置かれた頭蓋骨を避けるように歩く感覚を体感してみてほしい。

貴重な記録映像の上映、多彩なラーニング・プログラムや青森・十和田市現代美術館との連携キャンペーンも

加えて本展でぜひご覧いただきたいのが、終盤の展示室で上映されている2本の映像作品だ。フランスの写真家ゴーティエ・ドゥブロンド(Gautier Deblonde)によるもので、ミュエクがスタジオで作品を制作し、展覧会の会場で設置・展示する過程を記録している。約1時間と少々長いが、これまで明かされてこなかった非常に貴重な彼の姿であり、映像を観た後にもう一度展示室を巡ると、また違った発見や感情を抱くだろう。

また、森美術館というと、さまざまなラーニング・プログラムを実施することで知られているが、本展も約半年ほどの会期中、トークセッションやギャラリーツアー、小学生を対象としたワークショップなどが予定されている。

さらに、ミュエク作品をコレクションしている青森・十和田市現代美術館との連携キャンペーン 「#ミュエク巡り」も開催している(6月14日まで)。建築家の西沢立衛が手掛けた十和田市現代美術館のコレクションルームは、1部屋に1作品のみを展示。ミュエクの「スタンディング・ウーマン」と出会える部屋には大きな窓があり、自然光がたっぷり入る空間で、なんとも言えない表情でたたずむ。天気や時間帯によっても彼女への印象、そして対峙した鑑賞者の心境も大きく変わるだろう。

最後に、彫刻作品の展覧会は絵画作品以上に、海外輸送や設置の準備などが大掛かりかつ困難で、実現までに膨大な時間と費用がかかっている。冒頭でも述べたが、日本国内でここまで多くのミュエク作品を直接鑑賞できるのはとても貴重だ。奇妙で謎めいて、不気味さもありながら、どこか温かみとユーモアも感じる、ミュエクの作品世界を味わってほしい。

◼️「ロン・ミュエク」展
会期:9月23日(水・祝)まで
会場:森美術館
住所:住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
開館時間:10:00〜22:00、火曜のみ10:00~17:00(最終入館は閉館30分前まで)※会期中無休
入場料:平日・休日、窓口かオンラインかで料金が異なる。詳細は館ホームページへ

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