サステナビリティ

制度後退と企業の混乱   サステナビリティの岐路に立つグローバル・ファッション・サミット2025

2025年6月3日から5日まで、デンマーク・コペンハーゲンのコンサートホールを会場に、世界最大級のサステナビリティ国際会議「グローバル・ファッション・サミット(Global Fashion Summit)」が開催された。今年のテーマは「障壁と架け橋(Barriers and Bridges)」。地政学リスクや規制の後退、経済不安、サステナビリティをめぐる世界的逆風の中、いかに連携と革新を通じて乗り越えるかが焦点となった。欧州委員会による「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」の一部凍結や、米国の関税政策などにより、企業が進めてきた脱炭素や人権配慮の取り組みが揺らぐ現状を受け、政策立案者、企業経営者、NGO、投資家などが議論を交わした。

主催は、ファッション業界における持続可能性推進を目的とする非営利団体「Global Fashion Agenda(GFA、グローバル・ファッション・アジェンダ)」。2009年に設立され、当初は「コペーハーゲン ファッション サミット」としてスタート。現在は北米やアジアにも活動を広げ、ファッション業界の持続可能性を加速するための政策提言、報告書作成、国際連携などを行っている。

「制度の後退」と「企業の動揺」

今年、最大の論点となったのは、政策と制度の後退である。欧州連合(EU)においては、「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」の一部が凍結。ドイツなどEU加盟国の一部から「企業負担が過剰」との反発が強まり、最終的な採決が難航し、大企業に対する人権・環境デューデリジェンスの義務化が見送られ、企業は準備を進めていたにもかかわらず「宙ぶらりん」の状態となっている。これに対し、欧州議会議員ララ・ウォルターズ氏は「政治のトランプ化」と警鐘を鳴らした。

また米国では、トランプ政権による新たな関税政策が持続可能性戦略の不確実性を高めている。アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)によるNGO支援の打ち切りにより、企業は人権監視や環境対応における負担を自ら背負う必要に迫られている。

主催者は今年の雰囲気を「重苦しい」と表現し、それは不透明感の高まりを反映している。企業の予算削減や法整備の遅れ、経済的逆風への対応として、多くのブランドが出張を控えた結果、参加者数も減少した。

不確実性の時代に必要なのは「生産的なパラノイア」

デンマークのアパレル企業ベストセラーのクラウス・テイルマン・ピーターセン=サステナビリティおよび人権責任者は、「EUの制度戦はある意味で敗北した。しかし、ここからこそ“生産的なパラノイア(productive paranoia)”が必要だ」と主張。不安やリスクへの過敏な意識を前向きな行動につなげる力を指す言葉“パラノイア“を用いて、企業主導の取り組み強化を求めた。

さらに、地政学的な不安定性は、調達・生産・融資に波及しており、銀行は工場の省エネ改修に対する投資を控える傾向が強まっている。GFAのマリア・ルイサ・マルティネス・ディエス副代表は「今や持続可能性よりも“競争力”が優先されている」と警告した。

注目されたトピックのひとつがAIの活用である。旧来の卸売モデルを刷新し、在庫最適化やリスク軽減をもたらす可能性があるとして、AIを活用したオンデマンド製造のプラットフォームを提供する英国のスタートアップ、マニー・エーアイ(MannyAI)や、ジーンズの月額リース制度とポストコンシューマーの再生コットン使用の製品で知られるオランダのデニムブランド「マッド・ジーンズ(MUDD JEANS)などの小規模ブランドが登壇した。AIにより「少人数で大きな成果」が可能になると期待される一方、米国の大手コンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループの調査では「投資回収を実感できたCEOは4%」とのデータも示され、実装の難しさと過剰な期待の温度差も浮き彫りとなった。

消費者の「意図と行動のギャップ」をどう埋めるか

もうひとつの重要な論点は、消費者の意識と行動の乖離である。Visaの調査によれば、「87%の人がサステナブルな選択を望んでいる」にもかかわらず、実際にそれを実行しているのは27%に過ぎないという。そこで、コス(COS)やコスメブランド「シャーロット・ティルブリー(CHARLOTTE TILBURY)」などは「コミュニティ志向」「リフィル促進」など、ナッジによる行動転換の成功例を発表。環境訴求ではなく「経済性やスタイル重視」で訴える手法が注目された。また、Visaが開発中の「エージェンティックAI(自律的ショッピングAI)」や「デジタルパスポート」は、リセール市場の信頼性向上にも貢献しうるとされる。

ハイライトのひとつは、「ライクラ・エコモード・ウィズ・キラ(Lycra EcoMade with Qira)」の初公開だ。トウモロコシ由来で70%が再生可能資源からなるストレッチ素材であり、従来の石油由来ライクラと同等の性能を持ち、アクティブウェアへの活用が可能だという。この素材は7年をかけて開発され、アイオワ州の工場で生産されており、年65トンの規模にまで拡大する予定だ。今秋には春物コレクション向けに初の大規模出荷が行われる見通しである。また、ラボ培養によるレザー代替素材を手がける米国のバイオテクノロジー企業モダン・メドウ(Modern Meadow)は、新たに「イノヴェラ(Innovera)」としてリブランディングされた素材を発表し、デイビッド・ウィリアムソンCEOが今後の展望を語った。

先駆者をたたえる「GFAトレイルブレイザー賞」はリファイバード(Refibered)に授与された。同社はAIと機械学習を活用して、繊維製品の素材構成を特定し、リサイクルや再販のためのトレーサビリティ/認証を支援する米国のスタートアップ企業だ。

2025年のサミットは、かつてのような華やかさや前のめりの熱狂は見られなかった。参加者も例年より少なく、開催時期が他の国際イベントと重なったことも影響した。しかしその分、「現場のリアル」や「持続可能性に立ち戻る姿勢」が色濃く出た内容であった。持続可能性は、制度や正義ではなく「関係性」として再構築されるべきフェーズにあると言えるだろう。

最新号紹介

WWDJAPAN Weekly

2025-26年秋冬ウィメンズリアルトレンド 優しさの中に強さを潜ませて【WWDJAPAN BEAUTY付録:プレミアムフレグランスが活況 香水砂漠は香り沼になるか】

百貨店やファッションビルブランド、セレクトショップの2025-26年秋冬の打ち出しが出そろいました。今季は、ランウエイで広がった”優しさ”や”包容力”を感じさせるアイテムやスタイリングがリアルトレンド市場にも波及しそうです。一方、今春夏に「クロエ(CHLOE)」がけん引したボーホーシックなスタイルは、やや勢いが弱まっています。特集は、”売れる服”を作る4つのポイントと題し、「ムード」「カラー」「ス…

詳細/購入はこちら

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。 This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

メルマガ会員の登録が完了しました。