「ヘマチン配合率1%」──その表記を見て、思わず目を疑った。
ネイチャーラボのヘアケアブランド「マイブースターズ(MYBOOSTARS)」から、3月15日にヘマチン配合の新シリーズが発売されるという。シャンプー、トリートメント、ミストの3製品をそろえ、価格帯は1430〜1980円。驚いたのは、高級毛髪補修成分である「ヘマチン」の配合率と、それに全く釣り合わない価格の「安さ」だ。
シャンプーはヘマチン「1%」配合で400mL/1694円。この価格設定のスゴさを語る前に、まずヘマチンそのものについて解説したい。
「ヘマチン」には、毛髪の主成分「ケラチン」と結合してダメージを補修し、髪にハリ・コシを与え、キューティクルを整える働きがある。ただその調達方法が少々特殊で、動物の血液から精製・抽出する必要がある。調達コストが高く、それゆえ3000円以上クラスのサロン専売品に配合されることがほとんどだ。記者も、サロン専売品以外で「ヘマチン」が高配合されているヘアケア製品はあまり目にしないし、今回の「マイブースターズ」の新製品のように、1500円そこそこの製品においては皆無といっていい。
破格の価格設定を“検証”
以前、あるヘアケア製品の処方担当をしている研究員に、製品原料についてあれこれ質問したことがある。その際、高級な毛髪補修成分についても聞いたのだが、リピジュア(保湿)やフラーレン(抗酸化作用)と共に挙がったのが、ヘマチンだった。ヘマチンの業務用原料の市場価格について聞いてみると、バラツキはあるが、およそ「1000mLで20万円程度」とのことだった。
ここでは、彼の証言を基に【ヘマチン1mL=200円】として、「マイブースターズ」の価格設定を検証してみる。まず単純計算で、シャンプー(400mL)に表記通り1%の「ヘマチン」が配合されているとすると、「ヘマチン」は4mL。つまり先ほどの計算式に当てはめてみると、200(円)×4(mL)=800円。ヘマチンだけで、シャンプーの原価率は50%近くに達する。
「たった1%」と思われたかもしれないが、この数字にはそれだけのインパクトがあるのだ。
大量仕入れと処方の工夫で実現?
この時点ですでに製品化が現実的ではないように思われたが、さまざまな可能性を考えてみた。
一つ考えられるのは、廉価なヘマチンの大量仕入れによるコスト削減だ。ヘマチンは精製の度合いによって純度が変わり、純度が低いものほどリーズナブルになる。「マイブースターズ」では、比較的安価なものを使い、さらに仕入れのスケールメリットによって極限までコストを減らしているのかもしれない。また、他の成分の原価を抑え、何とかバランスをとっていることも考えられる。シャンプーの成分表を見てみると、例えば基材の洗浄成分には、ドラッグストア系シャンプーなどでよく見られる、比較的安価な成分であるオレフィン(C14-16)スルホン酸が使われている。
これらは、推測の域を出ない。ただそもそも、ヘアケア製品の適正な原価率は10〜30%と言われている。すでにヘマチンだけでこの基準を超えてしまいそうな中で、果たして帳尻を合わすことができるのだろうか……。疑問を抱えながらリリースを読み返していると、ヘマチンの配合率の部分に添えられた、小さな注釈が目に入った。
「化粧品原料(水、エタノール、ヘマチン、フェノキシエタノール)として」。
つまり、ヘマチンの配合率と思われた「1%」は、実は純粋なヘマチンではなく、水やエタノールなどと混ぜた「ヘマチン入り溶液」の配合率だったのだ。その溶液にはどのくらいの割合でヘマチンが含まれているかは、記載がない。
純粋なヘマチン配合率は不明も
完成度と市場拡大に期待
このことに、若干がっかりしてしまったのは否めない。ただ、「マイブースターズ」は既存の“ケラチン”や“コラーゲン”シリーズを使用してみて、価格以上の完成度の高さを感じたのも事実。だからこそ“ヘマチン”シリーズもぜひ使ってみたいと思っているし、その使用感には大いに期待している。また、「マイブースターズ」からヘマチン入りを大々的にうたうシャンプーが登場したことで、これまでサロン専売品などに限られていたヘマチン入りシャンプーがドラッグストア市場に広がり、新しい価値をもたらすかもしれない。
ただ「ヘマチン」の原価からして、ドラッグストアの商品にそこまで高配合率のものは望めないとも、消費者は知っておくべきだろう。これから、ヘマチンの濃度を競って「10%」や、それ以上の配合率をうたうものも、もしかしたら出てくるかもしれない(もちろん何かしらの注釈付きになるはず)。美容知識がなければ、そういった宣伝文句に踊らされてしまいかねないし、過度な期待をしてしまうと満足感は得られないだろう。
消費者のリテラシーを養い
健全な市場競争を
景品表示法では、「商品の品質や効果などを、実際よりも優れているように見せかける」ような“優良誤認表示”を禁止しているが、現実には、抵触スレスレと思われる攻めた宣伝文句も常套手段になっている。競合製品がインパクトのある数字を使ってきたら、それに対抗して、もっとインパクトのある数字を打ち出すしかない。それが例え、消費者が受けるであろう印象と、製品の内容が乖離していてもだ。
化粧品会社による誇大広告ギリギリのマーケティングと消費者のリテラシーの戦いは、SNSが普及して以降、ずっと続いてきた。有象無象のインフルエンサーが、誇大マーケティングに加担し、一方で専門家の指摘から炎上に繋がるケースもあった。消費者は、ただ振り回されるばかりだった。
誇大マーケティングの応酬を止めるには、消費者たちがそれらに惑わされないためのリテラシーを獲得するほかない。ただ、これは消費者だけの問題ではない。企業側も、いつまでも誇大マーケティング合戦を繰り広げていたら、ゆくゆくは美容業界全体の信用が失墜してしまう。
企業は短期的な売り上げを優先するのか、それとも業界の信頼を守るために正しい競争を選ぶのか。業界の健全な発展につなげていくためにも、長い目で見て、正しい美容のリテラシーを広げていく企業努力も必要だろう。