ファッション

「バレンシアガ」のデムナが見せた“今までで最もパーソナルで一番好き”なコレクションの全貌【2024年春夏パリコレを深掘り!vol.1】

2024年春夏パリ・ファッション・ウイークは、中国を含め世界中からの観客が戻り、活況を見せた。期間中にショーを開催した100以上のブランドから、現地取材チームが深掘りしたいコレクションをピックアップ。今回は、デムナ(Demna)=アーティスティック・ディレクターが自分らしさを思う存分詰め込んだ「バレンシアガ(BALENCIAGA)」を徹底解説する。

ショーの演出に見る変化

デムナによる「バレンシアガ」は近年、吹雪や泥まみれの空間など、独創的で時に「スキャンダラス」とも言われるような壮大な演出を通して、服のデザインを明確に見せるよりも力強いメッセージを発信するショーで話題を集めてきた。それが一転したのは、半年前のこと。2022年11月から12月にかけてホリデーキャンペーンがSNSを中心に炎上した後初のショーとなった23年3月の23-24年秋冬は、トワル用の白い生地で覆われた会場にシンプルな黒い椅子を並べたミニマルな空間を用意した。「シルバー ライニング(Silver Lining、“逆境の中にある明るい兆し”の意)」と題されたピアノの旋律が美しい楽曲が流れる中、中央に用意されたまっすぐなランウエイを歩くモデルたちがまとったのは、スーツやドレスを軸に構成したエレガントなコレクション。「服を作るという芸術」やファッションの本質に焦点を当てたというコレクションは、パンツの解体・再構築や盛り上がった肩のラインなどにデムナらしいアイデアは垣間見えるものの、より控えめで洗練されたものだった。

そんなシーズンを経て、デムナは今季、服作りへの敬意と自身のパーソナルな表現に目を向けた。ナポレオン1世らが眠るアンヴァリッド廃兵院の敷地内に作られた特設会場の中は、クラシックな劇場のようなしつらえ。床や椅子からランウエイまでが赤いベルベットで覆われ、会場内の四方を囲むように作られたランウエイの背景となる壁には緞帳(どんちょう)を模した装飾が施されている。開幕と共に流れたのは、毎シーズンのショー音楽を手掛けているデムナの夫BFRNDによるサウンドトラック。楽曲はオーケストラから始まりピアノ、テクノへと変化していくが、そこに招待状として届いた本に綴られたテーラードジャケットの作り方を朗読するフランス人俳優イザベル・ユペール(Isabelle Huppert)の声を重ねているのが特徴だ。彼女は7月、「バレンシアガ」のアンバサダーに就任したほか、広告キャンペーンやクチュールショーにもモデルとして出演するなど、メゾンと深いつながりを持つ人物。延々と続くエモーショナルな朗読を通して、いかに服作りのプロセスが複雑であるかを表現するとともに、どの客席からもよく見える小高く長いランウエイで服とモデルに焦点を当てた。

デムナの人生を反映したユニークなモデル

今季のカギである“パーソナルな表現”のために、デムナが特にこだわったのはキャスティング。自身の人生の中で出会い、影響や刺激を受けた多くの人々をモデルに起用した。ショーのオープニングを飾ったのは、デムナの母であるエラ。その後も、アントワープ王立芸術アカデミーで教わったリンダ・ロッパ(Linda Loppa)やイヴォン・デコック(Yvonne Dekock)から、デムナが以前手掛けていた「ヴェトモン(VETEMENTS)」の設立初期からPRを担っていたロビン・ミーソン(Robin Meason)現「バレンシアガ」ワールドワイドPRディレクターや、彼の右腕であるマルティナ・ティーフェンターラー(Martina Tiefenthaler)同チーフ・クリエイティブ・オフィサー、「バレンシアガ」のアーティスティック・ディレクター就任に尽力したと言われるライオネル・ヴェルメイル(Lionel Vermeil)=ケリング ラグジュアリー・プロスペクティブ・ディレクターまでがランウエイを歩いた。

さらに、メイクアップアーティストのインゲ・グロニャール(Inge Grognard)、ショーのキャスティングを手掛けているフランツィスカ・バホフェン・エクト(Franziska Bachofen Echt)、著名ファッションジャーナリストのキャシー・ホーリン(Cathy Horyn)やファッションの映画祭「ASVOFF」を主宰するダイアン・ペルネ(Diane Pernet)、「バレンシアガ」を専門とするファッション史家のミレン・アルザルス(Miren Arzalluz)、デムナのミューズでもある女優のレナータ・リトヴィノヴァ(Renata Litvinova)、パフォーマンスアーティストのアマンダ・ルポール(Amanda Lepore)らも登場。デムナの夫であるBFRNDことロイク・ゴメス(Loik Gomez)が、ウエディングドレス姿でショーを締めくくった。

デムナらしいスタイルが詰まったコレクション

コレクションのデザインには、デムナの代名詞と言えるようなラグジュアリーの常識を打ち砕く破壊的なビジョンが戻ってきた。序盤は、これまでも取り組んできたアップサイクルのアイデアを発展させたもの。数着のビンテージアイテムを解体・再構築して、2対の袖を配したオーバーサイズのテーラードジャケットやトレンチコート、MA-1を仕立てている。また、終盤に登場したドレスにも同様の手法を採用。ビンテージウエアは数に限りがあるため、実際に再構築したものはユニークピースとして登場し、そのデザインやパターンを再現したものも商品化されるという。そのほか、デッドストックのレザーパネルを用いたモーターサイクルジャケットや古いテーブルクロスから作ったドレス、ナノセルロースから作られたバイオマテリアル(生体材料)の「ルナフォーム(LUNAFORM)」をファッション界で初めて用いたローブコート、リサイクル素材を用いたトラックジャケットなどもラインアップ。これまでにも見られたような象徴的なデザインも、よりサステナブルなアプローチでアップデートしている。

そして、今季のシルエットで特徴的なのは、肩パットを入れずに平らに仕上げた極端なワイドショルダー。肩は創業者のクリストバル・バレンシアガにとってもデムナにとっても大切な要素であり、そこに新たなアイデアを取り入れた。肩が水平に広がったジャケットは板のようで、二次元的な違和感を生み出す。一方、先シーズンは控えめだったカジュアルウエアも充実。デムナ自身のスタイルや「ヴェトモン」時代から続く彼のシグネチャースタイルを映し出すようなオーバーサイズのフーディーやTシャツ、ジップアップパーカ、タトゥー風のデザインをのせたセカンドスキントップス、スエットパンツ、ワイドなウォッシュドジーンズ、片脚ずつデザインが異なるパンツなどがそろう。

仕上げのアクセサリーは遊び心満点

スタイリングを仕上げるバッグやシューズなどのアクセサリーは、日常の中にある見慣れたものからヒントを得るデムナらしい遊び心満点だ。例えば、パリ北駅からデムナが暮らすジュネーブ駅への長距離列車の切符が挟まれたパスポート風のデザインは、実は長財布のフラップ部分。モデルが手に持ったハイヒールパンプスやレースアップシューズはクラッチで、新作スニーカーの“カーゴ”はこれまで以上にオーバーサイズで仕上げられている。また、フラップ付きの新作バッグの“ロデオ”には鍵や南京錠、チャームがジャラジャラぶら下がり、旅行用のソフトキャリーケースはクシャっと折れ曲がってショルダーバッグに。パンや果物が描かれたレザートートはアントワープのスーパーマーケットのエコバッグを模したものだ。

ショー後に語った、自分らしくあることの大切さ

ショーを終えたデムナがバックステージで語ったのは、「自分は自分らしくいなければいけない」ということ。「自分の創造性を抑えることはできないし、自分のビジョンを取り去ることはできない。そんなことをしたら、自分ではない。だから、このコレクションは、ファッションに対して自分が大好きなもの全てをたたえるためのものだ」と説明。そして、「ファッションは楽しいものであるべきだし、プレイフルであるべきだ。今シーズンは楽しかった。観客の皆にもそれが伝わったと信じている。今までで最もパーソナルで、一番好きなコレクションだ」と明かした。そして、前回のショーについては「とても洗練されていて、当時はそうあるべきだっただろう。でも少し退屈だった。だから、本当に自分らしいことをする必要があると感じた」と振り返る。

また、アイデンティティーの表現としてのファッションの重要性についても触れ、台頭する“クワイエット・ラグジュアリー“のトレンドにはうんざりしているという。「私は完璧かつ洗練された、ベージュのアンゴラで作られたような世界を信じていない」とし、「(このようなトレンドが)長続きするとは思ってない。なぜなら、そこにはアイデンティティーがないから。それは、大勢の顧客が裕福かつ権力を持つ成功者であるかのように見せるために作られた、ニセモノのアイデンティティーだ」とコメント。「2023年にもなって、トップダウンでファッションが定義される必要性なんてあるのか?それはエリートによって大衆の憧れる姿が作り上げられていた植民地時代のようだ」と疑問を呈し、「私は、その真逆のボトムアップでファッションに取り組んできた。だから時に批判に晒されたり、挑発的だと捉えられたりしてきたが、それが自分らしいクリエイションだ。虚構のファッション・ピラミッドをひっくり返したい」と続けた。

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