ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。「ザラ(ZARA)」を運営するスペインのインディテックス(INDITEX)の2023年1月期決算が発表された。ライバルたちを圧倒する業績を示して、アパレルSPA世界首位の座は盤石とした。なぜこれほど強いのか、そして死角はないのか。
インディテックスが3月15日に発表した2022年度(23年1月期)決算では売り上げが17.5%伸びてコロナ前19年度を15.1%上回り、営業利益率も19年度の水準を回復した一方、H&Mの22年11月期売り上げは19年に届かず利益も大きく下回り、ファーストリテイリングの22年8月期売り上げも19年から微増に留まり(純利益は過去最高を更新)、インディテックスは両社を引き離してグローバルSPA首位独走を固めたが、世界の分断とローカル回帰が同社の成長に影を落としている。
断トツ独走体制を固めたインディテックス
インディテックスの22年度売り上げは325億6900万ユーロ(約4兆5466億円)と前期から17.5%伸びて19年度を15.1%上回り、2235億5300万SEK(約2兆8972億円)と19年の96.0%に留まったH&M、2兆3011億円と同100.5%に留まったファーストリテイリングとの格差は一段と広がった。19年度はインディテックスに対してH&Mは77.6%、ファーストリテイリングは66.4%だったのが、22年度はH&Mは63.7%、ファーストリテイリングは50.6%と差が広がり、インディテックスの独走体制が極まった。
営業利益も22年度はインディテックスの55億2000万ユーロ(約7706億円/EBIT)に対してH&Mは71億6900万SEK(約929億円)、ファーストリテイリングは2973億2500万円と、インディテックスに対してファーストリテイリングは36.0%、H&Mは12.1%と差が大きい。営業利益率もインディテックスの16.9%(19年度も19.6%)に対してファーストリテイリングこそ12.9%(19年は11.2%)と極端な差はないが、H&Mは3.2%(19年は7.5%)と収益力を失っている。
純利益となると各社の財務政策も絡むが、22年度はインディテックスの41億4700万ユーロ(約5789億円)に対し、ファーストリテイリングは為替の押し上げもあって2847億5000万円と半分弱に迫るものの、H&Mは35億6600万SEK(約462億円)と8%に過ぎない。純資産もインディテックスの170億3300万ユーロ(約2兆3778億円)に対し、ROA政策のファーストリテイリングは1兆6154万円と68%に迫るが、ROE※1.政策のH&Mは507億5700万SEK(約6578億円)と27.7%に留まる。
コロナ禍の3年間を経て営業力も収益力も財務体力も格差が開き、インディテックスの首位は一段と揺るぎないものになったのではないか。
※1.ROEとROA…ROE(Return On Equity)は自己資本利益率、ROA(Return On Assets)は総資産利益率。ROEを志向すると借入金などでレバレッジを掛けてリスクを取り、ROAを志向すると自己資本比率を高めて安全性を取る
商品財務も財務基盤も盤石
インディテックスの粗利益率は12年度の59.8%をピークに漸減傾向が続いて19年度は55.9%まで落ちたが、コロナ禍の20年度も55.8%に踏み止まって21年度は57.1%まで回復し、サプライチェーン混乱とインフレの22年度も57.0%と19年度の水準を1.1ポイント上回った。H&Mが10年の62.9%をピークに低下が止まらず19年は52.6%まで落ち込み、コロナに直撃された20年は50.0%まで急落し、22年も50.7%と19年の水準を回復していないのに比べれば、強かなマネジメント力がうかがえる。
営業経費率もインディテックスは上場以来40.0%前後からほとんど振れることなく、コロナに直撃された20年度こそ売り上げの急落で48.4%まで跳ね上がっても、22年度は40.0%と巡航軌道に戻している。営業利益率もピークだった12年度の19.5%から漸減して19年度は16.9%まで落ち、20年度は7.4%と急落したが、22年度は16.9%と19年度の水準に戻している。
在庫回転も極めて安定しており、06年度の4.76回転をピークに4回転台前半を維持していたが、19年度は5.01回転とピークを更新。コロナで店舗総営業時間の25.5%が閉まっていた 20年度も3.93回転に踏み止まり、22年度は4.50回転と急回復している。H&Mが09年の4.15回転から低下が止まらず20年は2.45回転に落ち込み、22年も2.60回転に留まったのとは対照的だ。
インディテックスのCCC(Cash Conversion Cycle)はコロナ前から大幅マイナスで巨額の回転差資金を享受しており、コロナ禍の20年度こそ多少減少したが21年度は元の水準を回復している。H&Mが22年で純資産対比91.4%の運転資金を要し、ファーストリテイリングとて同21.4%を要しているのに比べれば資金繰りの優位は決定的で、調達政策や在庫運用のフリーハンドは極めて大きい。
ほとんど無借金経営を続けており(22年度末は1300万ユーロとお付き合い程度)、純資産は170億3300万ユーロ(約2兆3778億円)と前期から12億7400万ユーロ、19年度からは20億8300万ユーロ積み上がり、自己資本比率も19年度の52.5%から56.7%へ上昇している。H&Mが107億7800万SEK(純資産対比21.2%)の借入金を抱えて自己資本比率が27.9%に留まり、ファーストリテイリングとて4503億円(純資産対比27.9%)の借入金を抱えて自己資本比率が50.7%であるのに比べれば、インディテックスの財務基盤は突出している。
インディテックスは商品財務も財務基盤も盤石で、23年度は成長が期待される米国中心に16億ユーロ(約2234億円)の設備投資を計画しており、売り場面積も3%拡大する。
「販売効率」急伸の3つの秘密と3つのサプライ
期末店舗数はロシアの514店の撤退もあって前期末の6577店から5815店へと662店(10.2%)も減少し、売場面積も5.7%減少したが(ロシアからの撤退を除けば1%増)、平米当り販売効率は7281ユーロと24.6%も上昇した。コロナ前19年度末と比べれば、店舗数は22.1%(1654店)も減少し、売り場面積も12.1%減少したが、平米当り販売効率は30.9%も上昇している。インディテックスはコロナ禍の3年間でオンライン注文品のFC(Fulfill Center)出荷から店在庫引き当ての店受け取り(BOPIS)・店出荷へ切り替えを完了しており、店舗の「販売効率」は22年度で売上の23.9%を占めるオンライン売り上げも含めて算出した。
なぜそんなに販売効率が上昇したのか、その理由は3つある。第一に低効率店舗や先細り店舗を撤収して好立地の大型店舗に入れ替え集約したこと、第二にオンライン販売を拡大して店舗網がカバーできない売上も取り込んだこと(22年度の24.6%上昇は店舗販売の復活による)、第三に政策的な単価アップだ。
インディテックスは他のグローバルSPAと違ってアパレルメーカー出身で、3タイプのサプライ手法を使い分けているが、その比率を政策的に変え、高品質・高鮮度・高単価にシフトしている。
1つ目はライバルSPAと似たような途上国の低コスト大規模工場への仕様書発注(製品買い上げ)だ。H&Mやユニクロのような作り溜めのダム型サプライではなく、ロットを絞ったストックレスの一発サプライ(TCで自動仕分けしてスルー出荷)だから、ライバルよりはロットが小さくリードタイムも短いと思われるが(6〜8週と推察する)、ものづくりのプロセス自体はライバルと大きくは変わらない。
2つ目はEU圏内工場への仕様書発注で、製品買い上げながら素材を供給したり工程や品質を管理し、途上国生産より一回り高品質・高単価に調達している。EU圏内だから地理的な近さに加えて通関手続きも不要で、リードタイムは2〜4週と推察する。
3つ目はライバルSPAには見られないメーカー型の工賃払い調達だ。自社で開発・調達・後加工(本社コンビナートには染色整理工場もある)した素材を自社工場のCAD・CAMでマーキング・裁断し、付属パーツも付けてスペイン/ポルトガルのフランチャイズ工場にルート便で供給し、仕上がり品を回収して本社工場でプレス仕上げしている(防犯機能を併せ持つアクティブタグも自社TCで付けている)。自社工場を核とした小ロット(1〜4万点/型)の地場調達なのでリードタイムは極めて短く、最速1週間で出荷している。
こんな凄技を大規模に続けられるのは、早くも90年には本社工場をCAD・CAM装備のJIT(ジャスト・イン・タイム)生産型に再編して巨大TCを併設し、株式公開した2001年までには本社コンビナートと周辺フランチャイズ工場をPLM※2.とルート便で繋ぐネットワークを稼働させていたからで、ものづくりのDXはライバルに20年は先行している。
ここまで徹底すればハイブランドかと見紛う品質と感度が実現するから、この手法で作られた製品は売り場でも容易に見分けられる。その分、一段と高価にはなるが駅ビルブランドかセレクトのオリジナル程度だから、ハイブランドと比べれば一ケタお手頃だ。
途上国生産とEU圏内生産の比率は決算書からは読み取れないが、工賃払い調達の比率は在庫の内訳から推察できる。原材料と仕掛かり在庫の在庫総額に占める割合の推移を見ると、18年度の5.4%から19年度は6.2%、20年度は7.8%、21年度は8.5%と着実に拡大している(22年度のフィナンシャルインフォメーションはまだ未開示)。
単価の高いスペイン/ポルトガル生産・工賃払い調達品の比率をジリジリと高めてきたのに加え、20年以降はコロナ下のサプライ混乱もあってアジア生産をEU圏内生産にシフトしているはずだから、INDITEXの平均販売単価はかなりのペースで上昇していると推察される。世界的なインフレに伴う5%の値上が加わった22年度の平均販売単価は2ケタ前後上昇したのではなかろうか。
※2.PLM(Product Lifecycle Management)…商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通、廃棄までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するマネジメント体系
「分断とローカル回帰」という現実への戦略転換
店舗数の減少が続いているが、その中身を見ると2つの方針が透けて見える。1つは「ザラ」を除く業態のフランチャイズシフト、もう1つはカントリーリスクやマッチングを見極めたマーケットの再配置だ。
「ザラ」(「ザラホーム」を含む)への売り上げ依存度は19年度の69.2%から22年度は73.9%に、利益(PBT、税引き前利益)依存度も同72.0%から74.7%に上昇しており、基幹業態への集中が進む一方、非主力業態はフランチャイズへシフトしている。
22年度末の店舗数は19年度末から1654店減少したが、直営店が1630店(25.6%)減少したのに対しフランチャイズ店は24店(2.2%)しか減少しておらず、フランチャイズ店の比率は14.9%から18.7%に上昇している。売り上げベースでは14%から15%へと1ポイントの上昇でしかないが、業態別に見ると別の様相が見えてくる。
「ザラ」(「ザラホーム」を含む)は13%→13%と変化がないが、「マッシモドゥッティ(MASSIMO DUTTI)」は15%→21%と6ポイント、「オイショ(OYSHO)」も12%→19%と7ポイント伸びており、「ストラディヴァリウス(STRADIVARIUS)」も21%→24%、「プル&ベア(PULL&BEAR)」も18%→21%とそれぞれ3ポイント、「ベルシュカ(BERSHKA)」も17%→19%と2ポイント伸びている。伸びるマーケットでは基幹業態の「ザラ」中心に直営で攻めるが、地元スペインなど衰退するマーケットでは「ザラ」を集約してローカル特性に合った他の業態をフランチャイズに切り替え、全体の運営効率を高めるという方針と受け取れる。
22年度末のマーケット(国・地域)別の店舗数を19年度末と比べると、カントリーリスクの回避、あるいはマーケットの成長性やマッチングを見極めた(見限った)大量退店が散見される。最も減少したのはロシアの558店(閉店率100%)だが、スペインが355店(同22.5%)、不買運動もあった中国本土が328店(同57.5%)と続く。日本が66店(同45.5%)と4位に位置するのは将来を見限ったからだろう。日本の退店率45.5%は、100%のロシアを除けば「国潮」(グオチャオ)が吹き荒れる中国の57.5%に迫る第2位だ。以下、メキシコが55店(同12.6%)、イタリアが49店(同12.8%)、ポルトガルが41店(同12.3%)、トルコが28店(同12.2%)、ポーランドが26店(同10.5%)と続き、2位のスペインと合わせてEU諸国(トルコはNATO加盟でもEU非加盟)が並ぶ。
地域別の売り上げシェアの変化を見ても、19年度から22年度で南北アメリカが15.8%から20.0%と4.2ポイント、スペインを除くヨーロッパが46.0%から47.5%と1.5ポイント伸びたのに対し、スペインは15.7%から14.4%と1.3ポイント、アジアとその他は22.5%から18.1%と4.4ポイントも落ちている。カントリーリスク、あるいは成長性やマッチングを見極めた結果であり、グローバルビジネスのポートフォリオを実感させる。
インディテックスは試行錯誤を経て、自社の提案するユーロモードやユーロストリート、ラテンフェミニンが期待するほど受け入れられないマーケットがあることを理解し、自社の各業態とローカル回帰する各マーケットのマッチングを直視するようになった。首位独走を固めても、グローバル全方位の成長は望めないことを悟り、分をわきまえた成長戦略に転換している。わが国では未だ「東京発信」など時代錯誤なコンセプトがアジアや欧米で歓迎されると錯覚する国粋主義が残るが、「国潮」を叫ぶ今の中国と何が違うのだろうか。グローバルビジネスはもっと冷静沈着かつ巧緻(こうち)であるべきだろう。