ファッション

次代のファッションを考えるために、これまでとこれからの都市を考える

 ファッションの変化は常に都市の変化とともにあった。都市はあらゆる人々の交流を生み、さまざまな文化を育んできたが、ファッションはその象徴といえるだろう。ところが外出自粛要請により、人と人との都市での交流は大きく減少している。都市のあり方が変わるいま、その変化は必ず人々の生き方やファッションにも影響を及ぼすだろう。

 これからのファッションを考えるため、あるいはこれからのライフスタイルや他者とのコミュニケーションのあり方を考えるため、あらためてこれまでとこれからの都市について考えてみたい。そこで都市論を専門とする南後由和・明治大学情報コミュニケーション学部准教授に、これからの都市における他者との関わり方や都市が本来持つ価値について聞いた。

これからの都市に起こり得る二極化の動き

WWD:現在の都市はどのように見ることができる?

南後由和・明治大学情報コミュニケーション学部准教授(以下、南後):かつてアメリカのルイス・ワース(Louis Wirth)という都市社会学者はアーバニズム、つまり都市的生活様式の構成要素として、人口規模、密度、異質性の3つを挙げました。これら3つの要素が成立するうえでは、モビリティ(人やモノの移動可能性)が欠かせません。ですが、新型コロナウイルス感染症拡大に際しては、モビリティが制限されました。都市的生活様式の構成要素として、さまざまな創造的交配の恩恵をもたらしてきた人口規模や密度がマイナス要因に反転するという事態に直面しています。

WWD:日本の都市にはどのような特徴がある?

南後:日本の都市には、カプセルホテルや漫画喫茶など、何らかの仕切りによってひとりである状態が確保された空間の種類や数が、諸外国と比べて多いという特徴があります。何らかの仕切りには、目に見える物理的なものもあれば、モバイル・メディアを使用することによって立ち上がる、目に見えない仕切りも存在します。自著「ひとり空間の都市論」(ちくま新書、2018)では、それらの仕切りによって匿名性が確保され、家族や会社などの帰属集団から一時的に離脱した空間を「ひとり空間」と呼んで、住まい、飲食店・宿泊施設、モバイル・メディアに分けて考察しました。「ひとり空間」の多くは、都市に立地する諸施設を移動しながらネットワーク的に活用することを前提として機能してきました。例えば、狭小のワンルームマンションにおける生活は、さまざまな住宅機能を外部の諸施設に依存してきました。自宅からの移動が制限される現在の「ひとり空間」は、そのような移動に基づく都市の前提が成立し得なくなったという点で、「非都市のひとり空間」と言わざるを得ない状況下に置かれています。

WWD:どのように変化している?

南後:新書を書いた後、「ひとり空間」は、大きくは4つの型に分類できると考えるようになりました。1つ目は占有型です。住宅やホテルの個室など、ひとりで占有できるものです。病院の個室のような隔離の対象となる空間も含まれます。2つ目は半占有型です。これは漫画喫茶やカプセルホテルのような、「ひとり空間」ではあるけれども完全には仕切られていないものです。3つ目は共有型です。「ブックアンドベッドトウキョウ(BOOK AND BED TOKYO)」のような、趣味や好みを共有する人同士が同じ時間と空間に身を置き、みんなでひとりでいる状態を楽しむものです。新型コロナウイルスをめぐっては、半占有型と共有型が、密集・密閉・密接の「3密」というキーワードから連想されやすい空間になっています。

そして、4つ目は離接型です。スマートフォンやソーシャルメディアを介して、互いに離れている「ひとり空間」同士を遠隔で接続するあり方です。最近の身近な例はオンライン飲み会です。今後は仕事などの場においても、離接型の「ひとり空間」において、いかに創発を生む「濃密」さを持ったコミュニケーションが図れるか、いかに手作業や対面でのすり合わせに近い「緻密」さを実現するのかといった、技術的な試行錯誤が繰り広げられると思います。またZoomなどの画面越しに、これまで遠くて裏舞台だったプライベートな空間が近くの表舞台となり、お互いにのぞき見する・のぞき見されるような状況が生じるようにもなりました。プライバシーはもちろん、画面のフレームの中に何を入れ、何を外すか、すなわち「秘密」をいかに保持するかも問われています。さしあたり、離接型の「ひとり空間」では、創発を生む「濃密」さ、対面コミュニケーションに近い「緻密」さ、プライベートに関する「秘密」の保持という、先ほどの「3密」とは別の密が課題になると思います。

WWD:新型コロナウイルス終息後、現在の離散的なあり方に慣れた人々の行動はどのように変化する?

南後:新型コロナウイルスがいつ終息するかについては見通しが立っていませんし、安易に「ポスト・コロナ」などの言葉を用いて線引きすることには慎重になる必要があるでしょう(2020年4月17日時点)。とはいえ、相反するベクトルの動きが生じるのではないでしょうか。一方は、反都市に向かう動きです。リモートワークなどが定着すると、大都市の過密に対する反動として地方や農村に移動する人が増えるかもしれません。新型コロナウイルスが問題になる以前から多拠点居住型のライフスタイルは台頭していたし、都市部と比較して生活・運営コストは低いでしょう。人口密度に加え、地価や物価の高い都市部を敬遠する人も出てくるでしょう。東京一極集中に対する分散論も再び起きるでしょう。

WWD:もう一方はどのような動きがある?

南後:もう一方は、都市の実空間における対面コミュニケーションの価値の再評価に向かう動きです。これだけ移動が制限されて実空間における対面コミュニケーションができない期間が長く続くと、それらに対する欲求は相当蓄積されているはずです。オンラインでは代替できない都市の実空間の豊かさや対面コミュニケーションの固有性が再発見されるでしょう。これまでのシェアやコレクティブといった潮流もあらためて考える必要があるでしょうが、それらの可能性を完全に手放すという方向には向かわないと思います。

WWD:そのような変化が起こると、どのような課題が浮かび上がってくる?

南後:実空間における対面コミュニケーションの価値に関しては、1990年代にインターネットが普及した頃にも指摘されていたことです。東京一極集中の問題も、これまでも繰り返し言及されてきました。変化する、変化しなければと考えがちですが、それ以前から潜在していた兆しや問題をより丹念に見つめ直すことも重要です。変わるものと変わらないもの、変えることができるものと変えてはならないものを見極めることです。

あえて課題を挙げるとすれば、反都市の動きとして、都市部から地方や農村に移住する人が増えると、例えばこれまでは主に都市部に見られたジェントリフィケーション(ある地域の再開発などによって地価が高騰し、住民の階層が上昇する現象)が、地方でも起きる可能性があります。地域活性化というポジティブな側面もあるでしょうが、地価・物価が高騰し、もともとの地域の文化や生活の維持が難しくなるなどのネガティブな現象が生じることもあるでしょう。反都市に向かう動きも、かつての郊外やニュータウンがそうであったように、あくまで都市化の延長線上や都市化のプロセスに組み込まれたものとして批判的に捉える必要があります。

都市部に関しても、今はファッションのお店もそうだと思いますが、美術館や劇場、ライブハウスなどの文化施設は臨時休業を余儀なくされています。これらの文化施設は、ひとりでいる状態にも、みんなでいる状態にもなれる空間として重要です。ただ今後再開が許されても、その頃には施設の維持ができなくなっているかもしれません。すでに零細・中小企業の廃業や雑居ビルのテナントの撤退が始まっています。そうなると、それらの地域でも再開発によるジェントリフィケーションが起きて、これまでの街並みが変貌することにつながりかねません。

あらゆる境界の向こう側にいる人たちへの想像力

WWD:生活環境において、物との関わり方はどう変わるのか?

南後:新型コロナウイルスの問題が落ち着いても、人々の中に接触恐怖症のようなものが潜在的に残り続けるかもしれません。ペーパーレスやキャッシュレスなど、「○○レス」という手続きの簡略化が進んでいますが、タッチレスという非接触型の技術が発達するのではないでしょうか。日本には、もともと新品崇拝や新築主義のような清潔志向が見られますが、その傾向が強まるような気がします。一方で、ここまで物に触れることを抑制されると、逆に人々の触覚をめぐる感覚が研ぎ澄まされていくとも思います。そうすると、情報テクノロジーやメディアアートなどの分野で蓄積されてきたタンジブルなデザイン、すなわち触知可能なインタフェースに対する関心も高まるでしょう。人々の行動の変化と同様に、タッチレスとタンジブルという二極化した動きが表裏一体で進むのではないでしょうか。

WWD:では、人と人の関係性はどのように変化する?

南後:いま直面しているのは、「線引きすること」の難しさだと思います。補償の対象となる仕事とそうでない仕事、自粛要請の対象となる職種とそうでない職種、給付対象となる世帯とそうでない世帯など、このような線引きが政治レベルで行われているわけですが、それらの線引きによって人々の間で、さまざまな境界への意識が過敏になっています。例えば新型コロナウイルス感染症には、震災とは異なり、被災地とそれ以外という境界がありません。境界がないがゆえに、これまで漠然とやり過ごして意識してこなかった、社会に内在するさまざまな境界が顕在化しつつあるように思います。そこで危惧すべきは、分断です。国境封鎖や入国制限という措置は、一部では人種差別や排外主義を生み出しています。自国第一主義的なナショナリズムが活発化している国も見られます。さまざまな線引きによる分断に対して、自覚的あるいは批判的になる態度が求められています。

WWD:その分断に対して、どのような態度をとるべきか?

南後:例えば、移動せずに在宅勤務できる人がいる一方で、職場へ行かざるを得ない人たちがいます。世界的に活躍するファッションデザイナーもそうですが、これまではグローバルエリートとも呼べる、海外旅行などで国際間を移動できる人が強者とされてきました。ですが現在は、移動しなくてよい人が強者。構図が反転しています。移動しなくてよい人と移動せざるを得ない人の間で、移動をめぐる新たな格差が生じています。現在のところ、水・電気・ガスのライフラインは通っていますし、政府による緊急事態宣言や自治体の会見でも、交通や物流は動き、生活必需品は手に入るから安心するようにと伝えられました。ただしそれらは、医療関係者はもとより、献身的に働いてくれている人たちによって可能になっていることを忘れてはなりません。当たり前のものとされがちな日常生活のインフラを支えてくれている人たちへの想像力を失ってはいけません。感染症拡大防止のため、他者との物理的距離を保つことが重要とされていますが、社会的な諸関係の向こう側にいる人たちとの心理的距離を近づける態度が求められています。

都市は人々による「集合的作品」

WWD:ファッションを含むあらゆる文化活動にとって都市は苗床のような役割を持つ必要不可欠な場だ。あらためて見直すべき都市の価値とは?

南後:都市は人々による「集合的作品」として、時代ごとに姿かたちを変えてきました。親密なコミュニケーションや偶然の出会い、異質な他者との交わりや衝突によって、刺激や創発が生まれ、創造性に富んださまざまな芸術や文化を育んできました。それが都市という集住の形態の大きな特性であり、人々を惹きつけてきた魅力の源泉のひとつです。「もしわれわれが都市生活のための新しい基礎を築こうとするなら、都市の歴史的性格を理解し、そして、都市の原初の機能や都市から生じた機能、さらにまだ呼び起こせるかもしれない機能を識別しなければならない。長い助走を歴史のなかに得なければ、未来にむかって十分に大胆に跳躍するために必要なはずみを、われわれ自身の意識のなかにもつことはできないだろう」。これは、アメリカの都市研究家ルイス・マンフォード(Lewis Mumford)の「歴史の都市 明日の都市」(生田勉訳、1969、p.79)という本の一節です。新型コロナウイルスをめぐる一連の経験は、どこにどのように集まるかを含めた、都市の原初的なあり方について再考する契機といえます。マンフォードは都市を、これまで何百年と培われてきた「人類の文化の器(容器)」と呼びましたが、その器自体がこれまでいかに造られてきたのかについての認識を深めたうえで、これからいかに手を施し、次世代へと継ぐことができるのか。近代という枠組みを超えた文明史的な時間軸をもとに考え直す必要があります。

秋吉成紀(あきよしなるき):1994年生まれ。2018年1月から「WWDジャパン」でアルバイト中。

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