ファッション

固有の眼差しの先にある多様性「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」が開催中

もはやない国、東ドイツの女性写真家たちの実践とは? 神奈川県立美術館 葉山で開催中の「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」は200点余りの写真と関連資料、映像作品で構成される示唆に富んだ展覧会だ。第二次世界大戦後、東西の国家に分断され、1990年の再統一によって消滅したドイツ民主共和国(東ドイツ)。そこで生活してきた15名の女性写真家たちの眼差しは、女性労働者、家庭のインテリア、都市の辺境、サブカルチャー、身体表現、ファッションと多岐に渡る。

同展は神奈川県立美術館と旧東ベルリン、シュプレー河畔の元工場を拠点とするラインベックハレン財団が協働し、企画。ラインベックハレン財団のアーティスティックディレクターであり、本展の共同キュレーターを務めたキャンディス・M・ヘムリンは展示構成についてこう話す。

「もっとも重視したことは、彼女たちを“女性写真家“という1つのカテゴリーとして捉えないことでした。たしかに本展では、旧東ドイツで活動した女性写真家として彼女たちを紹介していますが、それぞれが独自の視覚言語を築き、異なるジャンルや文脈の中で制作を行ってきました。本展では、旧東ドイツにおける写真表現の多様性と、それぞれの作家が持つ固有の表現の両方を伝えることを目指しています」

私的に育まれた、女性写真家たちのネットワーク

また、1950年代~90年代にかけて、さまざまな時代を生き抜いてきた写真家たちの間には、互いを支え合う私的なネットワークも存在していたという。

「それらは多くの場合、公式な組織ではなく、よりインフォーマルなつながりでした。文化機関や編集の仕事、写真の依頼、展覧会、そして個人的な交流を通じて関係が築かれ、写真家たちはアイデアや技術的な知識を共有しながら、互いの創作活動やキャリアを支え合っていました。また、交流の場として“私的な空間“が果たした役割も重要です。例えば80年代には、東ベルリンにあった写真家ジビレ・ベルゲマンとアルノ・フィッシャーの自宅アパートが、東西双方の写真家やアーティストが集う重要な交流拠点となっていました。そこにはアンリ・カルティエ=ブレッソン、ロバート・フランク、ヨゼフ・クーデルカ、ヘルムート・ニュートンといった写真家も訪れています。彼らの多くはフランス文化センターの招きでベルリンを訪れ、その機会にベルゲマンとフィッシャーの自宅で同業者やアーティストたちと交流していました。こうした集まりは、旧東ドイツの公的な文化制度の枠を超え、写真について語り合い、アイデアを交換し、多様な写真表現に触れることのできる、貴重な場となっていたのです」

会期中には、ゲストや来日出展作家を迎えたクロストークや、映画上映会など関連イベントも積極的に開催。本記事では7月20日に行われたアーティスト・トークから、出展作家のひとり、ティーナ・バーラの作品と本人による解説を紹介する。ティーナ・バーラは1962年、クラインマハノウ生まれ。出展作家の中でも最年少の彼女は、東ドイツ末期の10年間において、ドキュメンタリー写真と演出写真を往還しながら、東ドイツの現実を作品に映し出してきた。展示会場の最後で上映されるのは、ビデオ作品『Lange Weile(長い退屈)』(2016年)。83年から89年にかけて撮影された約400枚の写真で構成され、30年後のバーラが当時を振り返る声を重ねた作品だ。そこに映しだされるのは、セルフポートレイト、友人との遊戯的パフォーマンス、ロードトリップなど、奥底にある感情を呼び起こす詩的なイメージ群。この日『Lange Weile(長い退屈)』を上映しながら、バーラはこう語った。

「芸術の世界には、中庭や田舎の風景の中と同じように、大きな国家の空間とは異なる形で語ることのできる小さな自由と可能性がありました。写真を学ぶことさえできました。それは周縁に位置する芸術分野でしたが、そこでこそ本質的なものが花開くことができたのです」

東西ベルリンを分断していた壁が崩壊する少し前、バーラは東ベルリンから西ベルリンへ出国した。彼女のネガフィルムを入れたスーツケースは外交官によって西ベルリンへ密かに運ばれた。やがてバーラは西ベルリンに暗室をもつようになり、写真を撮り続けながら、新しく異なる世界の中で自分の居場所を探していったという。ほどなくして東西の壁は崩壊し、再統一されたドイツでは西側が主導権を握った。

「この転換は、新しい形の自由をもたらしただけではありませんでした。同時に、多くの人々の人生において、大きな断絶をもたらしたのです。私にとっても、それは容易なことではありませんでした。私たちは、引き続き自分たちのテーマに取り組み、展示の機会を求めて努力しました。しかし、89年以前の時代に撮った私たちの写真に関心を持つ人は誰もいませんでした。多かれ少なかれ、アーカイブの箱の中にしまわれました。失われた時代への関心が初めて生まれ、それとともにその時代の写真が再発見されるまでには20年から30年かかりました。そして、より大きな規模で、当時いわゆる鉄のカーテンの向こう側で何が起きていたのか、西ドイツでも関心を持つ人々が現れるようになるまでには、ほぼ40年かかりました」

「記憶の霧」の輪郭を浮かび上がらせる ティーナ・バーラが語る東ドイツ

そんな時代を生き抜く中で、バーラはこう気づいた。「あの東ドイツという国は、確かにすでに終わった1つの時代であったけれども、それがまるで遺産のように、そして同時に背負わなくてはいけない荷物のように、今もなお自分の中で作用し続けていることに」

「ジークフリート・クラカウアーのある言葉が私の記憶に深く刻まれました。〈1枚の写真の上には、1人の人間の歴史が雪の下に埋もれているかのように横たわっている〉という言葉が。

写真を読み解くためには、文脈を与えてくれる言葉などがなければ、自分自身の経験や知識に頼ることになります。写真に写された人々や物事は、次第に私たちから遠ざかっていきます。私たちに見えるのは、正面、場面、配置、対象、体、視線、そして出来事なんです。記憶と同じように、写真が使えるものもまた断片的なまま残ります。そこには形式上の選択があり、多かれ少なかれ写真表現の慣習に影響され、物語を構成するための一定の意図にも結びついています。そうしたものがなければ、私たちは霧の中に立ち尽くすことになります。それらがなければ、私たちは写真の意味を読み取れず、霧の中にいるような状態になります」

「私はこの記憶の霧を消し去りたいのではありません。ただ、私自身のために、他者のために、そして次の世代のために、その輪郭を浮かび上がらせたいのです。そのため、私は写真に言葉を重ねることを始めました。何年も後に、写真を見つめるその瞬間に、私の声によって断片的な記憶を呼び起こしながら。完全なものを目指すのではなく、唯一の真実を主張するのではなく、色や匂いを伴わない、不完全ながら微かに光を放つ記憶の一瞬を形にするために。公式に語られる歴史ではなく、断片的に示される個人の物語です。こうしてこの映像が生まれました」

『Lange Weile』という言葉はドイツ語で2つの意味で受け取られるという。1つは「長く引き延ばされた、長く感じられる時間(とき)」。そしてもう1つは「ゆっくりとした時間の流れで、疲労感、緊張感のなさによる感覚、つまりあまり何も起こらない状態」を示すそうだ。

「83年から89年までの年月は、振り返ってみればあっという間に過ぎ去りました。
しかし、当時の私にはそれは長く感じられました。そして時には、私はそのゆっくりとした時間の流れを、また見通しのきく小さな世界を懐かしく思うことがあります。けれども、それはもう過ぎ去ったことです。私はおそらく、その下にあるものを取り出すために、少しだけ雪を払いのけたのだと思います」

*2026年7月20日のトークより一部を抜粋、一部を要約して掲載
*参考文献 図録「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」

■「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」
会期:8月30日まで
会場:神奈川県立美術館 葉山
住所:神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1
開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日
入場料:一般1200円/20歳未満・学生1050円/65歳以上600円/高校生100円
主催:神奈川県立近代美術館
協力:Stiftung Reinbeckhallen 、Loock Galerie, Berlin 、ゲーテ・インスティトゥート東京
助成:ドイツ対外文化交流研究所

TRANSLATION:TOSHI WINSCHERMANN

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