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服飾史家の内村理奈に聞く、ルイ14世のファッション戦略と「モード」の原点【学生リポーターが行く!】

PROFILE: 内村理奈/服飾史家

内村理奈/服飾史家
PROFILE: (うちむら・りな)1968年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大学を卒業後、同大学大学院で学び、リュミエール・リヨン第2大学への留学を経て、現在は日本女子大学家政学部被服学科教授を務める。2028年4月に開設構想中のファッションデザイン学部(仮称)で、学部長に就任予定。主な著書は「モードの身体史 近世フランスの服飾にみる清潔・ふるまい・逸脱の文化」(悠書館)、「マリー・アントワネットの衣裳部屋」(平凡社)など

PROFILE: 八ツ田ジュディ/大学3年生

八ツ田ジュディ/大学3年生
PROFILE: (やつだ・じゅでぃ)文学部美術史専攻。「ゼミで服飾史を学んでいて、参考文献から内村教授のことを知り、お話を聞きたいと思いました!」

連載【学生リポーターが行く!】では、ファッション&ビューティ業界の気になるヒト、モノ、コトに学生が突撃し、リポーターとしてインタビューを行う。今回は服飾史を学ぶ八ツ田ジュディさんが服飾史家の内村理奈日本女子大学教授を訪問。内村教授のキャリアや服飾史に欠かせないフランスの服飾文化について聞いた。

デザイナー志望から服飾史家へ
17世紀フランスの服飾文化を研究

服飾史家の内村理奈に聞く、ルイ14世のファッション戦略と「モード」の原点【学生リポーターが行く!】

八ツ田ジュディ(以下、八ツ田):内村教授が服飾史に関心を持った背景をお聞きしたいです。また、学生時代はどのようなことを学んでいたのでしょうか?

内村理奈教授(以下、内村):子どもの頃から人形の服を作って着せたり、絵を描いたりするのが好きで、高校生のときにはファッションデザイナーになりたいと思っていました。どうやったらデザイナーになれるのか分からない中、大学は被服学科のみを受けて、お茶の水女子大学の被服学科に進学したんです。でも服作りの授業を受ける中で、自分には才能がないことが早々に分かりました。

でもその学科で受けた、徳井淑子教授による服飾史の授業がおもしろくて。西洋のさまざまな服を知り、「どうしてそんな服を着るんだろう?」ということを考えさせられる授業でした。服飾史では絵画を使った授業が多く、昔から絵が好きだったので、どんどん楽しくなっていき、「学芸員の資格を取ろう」と思うようになり、資格に必要な科目を履修しました。その後、大学卒業後は就職せず、そのままお茶の水女子大学の大学院に進学しました。また、大学3年生のときからフランス語を勉強し始めたこともあり、大学院の在学中にリュミエール・リヨン第2大学に留学しました。

八ツ田:大学院ではどんなことを研究していましたか?

内村:フランスに行く前は17世紀、ルイ14世(Louis XIV)の時代を専門に研究していました。17世紀前半には、男性が多くのリボンで華やかに着飾る流行があり、そうした装飾には「ギャラン(galant)」と呼ばれるリボンもありました。この言葉は、フランス語の「ギャラントリー(galanterie)」と関係しています。「ギャラントリー」とは、洗練された社交的な振る舞いや、男女間の礼節、恋愛的な機知などを含む文化。男女の交際やプレゼントと結び付いたリボン装飾に興味を持ち、最初の論文で研究しました。

八ツ田:フランスでの留学先はどのように決めましたか?また、どんなことを研究していたのでしょうか?

内村:フランスに留学しようと思いましたが、どの大学のどの学部で学べばよいのか分からず、リヨン第2大学で17、18世紀を研究していた歴史学者、フランソワーズ・バイヤール(Francoise Bayard)教授に手紙を書きました。そしてバイヤール教授から紹介され、ジャン=ピエール・ギュトン(Jean Pierre Gutton)教授のもとで学ぶことになったんです。

ギュトン教授は、リヨンやローヌ地方を研究した代表的な歴史家の1人。普段から古文書を読んでいるような人で、私も読むように勧められました。17、18世紀、リヨンにあるローヌ川とソーヌ川に架かる橋の数は現在よりはるかに少なく、渡し船が市民の重要な交通手段でした。そのため、水難事故で亡くなる人も少なくなかったそうです。水死体が発見されると司法当局が検分し、身体的特徴や身に着けていた衣服、判明した場合には職業や身元などを記録しました。特に絵画では確認できない下着などはこの古文書から読み解くことができるため、服飾史において重要な情報源となるのです。

服飾史家の内村理奈に聞く、ルイ14世のファッション戦略と「モード」の原点【学生リポーターが行く!】

当時の私はそもそも古文書を読むこともできず、まずは古文書を読むための授業で読み方を学び、ある程度読めるようになってからは、その史料に基づいて調査を進めました。そうして研究を重ねたのが博士論文。2013年には、その論文をもとにした初の単著「モードの身体史―近世フランスの服飾にみる清潔・ふるまい・逸脱の文化―」を悠書館から刊行しました。この一冊をきっかけに出版社からの依頼が増え、一般の人にも読みやすい書籍を手掛けるようになったんです。

服飾史家の内村理奈に聞く、ルイ14世のファッション戦略と「モード」の原点【学生リポーターが行く!】

八ツ田:内村教授のキャリアにおいて、転機となったことはありますか?

内村:やはり2019年に刊行した「マリー・アントワネットの衣装部屋」です。当時は私自身、17、18世紀の貴族階級から庶民まで、さまざまな服飾を見る中で、マリー・アントワネット(Marie Antoinette)に焦点を当てるなんて、とても恐れ多いと思っていましたが、平凡社の編集者に「お姫様の服飾史の本を書いてほしい」と言われ、「やっぱりフランスのお姫様といえばマリー・アントワネットだよね」と。この本を出版したことをきっかけにメディア出演も増え、その後に担当編集者の転職先の創元社から「名画のプリンセス: 拡大でみる60の衣生活事典」を書きました。また、9月下旬には、キャロライン・ウィーバー(Caroline Weber)による「Queen of Fashion: What Marie Antoinette Wore to the Revolution」の翻訳書「クイーン・オブ・ファッション―マリー・アントワネットのドレスが革命を引き起こすまで―」を水声社から刊行予定です。

服飾史家の内村理奈に聞く、ルイ14世のファッション戦略と「モード」の原点【学生リポーターが行く!】

「モード」を語るに欠かせない
17世紀ルイ14世の時代

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八ツ田:ファッション業界における「モード」とは、一体なんなのでしょうか?

内村:「モード」という言葉ができたのは17世紀。ルイ14世の時代に、宮廷の服飾文化、すなわち流行そのものを表す言葉として広がったものです。その言葉が生まれたと同時期、ルイ14世の王権のもとで、財務総監ジャン=バティスト・コルベール(Jean-Baptiste Colbert)が重商主義的な産業政策を進め、フランスを服飾と工芸の中心地にするための基盤を整えました。

16世紀までのファッション産業は、絹織物やレースが盛んでしたが、それらの多くはイタリアやフランドル地方(現在のベルギー北部、フランス北端、オランダ南西部にまたがる地域)で盛んに作られていたものでした。特にレースにおいて、当時一番すばらしいとされていたのはベネチア産のもの。高級レースは宝飾品にも匹敵するほど高価で、宮廷の装いを象徴するぜいたく品でした。技術流出を恐れたベネチア側は、国外へ移る職人に厳しい処罰を科す姿勢を示したともいわれています。

コルベールは、ベネチアやフランドルの熟練職人をどうにかフランスに招き、国内で高度なレースを生産する体制を整えました。ベネチアの立体的で重厚なニードルレースなどを手本にしながら、フランス独自の意匠や技術を発展させて生まれた高級レースが「ポワン・ド・フランス(Point de France)」。「ポワン・ド・フランス」や、リヨンの絹織物を宮廷の人たちが着ることで人々の憧れとなり、結果的にルイ14世はどこの国にも負けない服飾産業を戦略的に作ったと言えます。

その後、フランスは輸入に頼るのではなく、培ってきた服飾製品や技術、様式を輸出していくことに。当時「パンドラ」と呼ばれたファッション人形に宮廷の最新の服を着せ、ヨーロッパ各地へ送ることで、フランスのモードを伝えたと言われています。人形は、絵だけでは伝えにくい生地の質感や服の立体的な構造を示す、いわば立体的なファッションメディア。他国のお姫様たちに「人形が着ているドレスを着たい」と思わせ、多くの国と取引する結果になったのです。そうやって、ルイ14世はありとあらゆる手段を使い、フランスを「モードの国」として発展させていきました。

フランスという国はすばらしい手仕事、技術に対し大きなリスペクトがあり、そこに価値を見出すという国柄。フランス革命など、服飾産業が崩壊した時期もありましたが、そんな時期も乗り越えてファッションを国の基幹産業にしてきたんです。こうした国家的な産業育成と宮廷文化の結び付きは、現在のフランスのラグジュアリー産業につながる重要な原点の1つと言えるでしょう。

八ツ田:内村教授にとって、フランスはどんな国だと思いますか?

内村:初めて渡仏して以来、かれこれ30年以上行き来しているので、私自身相当影響を受けている国です。多分多くの日本人が思っているより、ずっと農業国で田舎。パリは突出して都会的で、ファッショナブルではありますが、それ以外の地域はのんびりしています。それでもなんだか、素朴なおしゃれさがあるという感じ。すごくおおらかで、心地良い個人主義。しっかり仕事をしながら、バカンスは思いっきり遊ぶような姿勢はまさしく「アール・ド・ヴィーヴル(Art de Vivre=暮らしの芸術)」そのもの。私自身も見習いたいものですね。

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服飾史から見る
アートとファッションの相互関係

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八ツ田:絵画以外にも、文学や舞台芸術、映画など、服飾史を語る上で欠かせない、好きな作品はありますか?

内村:映画は「トロイ(Troy)」「ロミオとジュリエット(Romeo and Juliet)」「恋におちたシェイクスピア(Shakespeare in Love)」「シラノ・ド・ベルジュラック(Cyrano de Bergerac)」「マリー・アントワネット(Marie Antoinette)」「風と共に去りぬ(Gone with the Wind)」「麗しのサブリナ(Sabrina)」、実写版「シンデレラ(Cinderella)」。授業で学生に見せることもあります。好きなバレエは「白鳥の湖(Swan Lake)」、パリ・オペラ座の「プレイ(PLAY)」など。

八ツ田:そういった作品を見るときに、教授が注目するポイントとは?

内村:役柄と衣装は密接に関わっているので、いつも衣装には注目します。例えば、「風と共に去りぬ」の主人公のスカーレット・オハラ(Scarlett O'Hara)が着用している服は、いつも緑です。緑は、スカーレットの父の出身であるアイルランドの色で、作中でもアイルランドの血を引いていることがわかる描写がちらほら出てきます。

また、スカーレットは目の色がグリーンであることも特徴です。本作では1860〜70年代初頭を描いていますが、西欧社会には16世紀頃から「目の色や髪の色に合う色の服を身につけることが良い」という文化がありました。だからスカーレットはいつも緑の服を着ていて、のちに夫となるレット・バトラー(Rhett Butler)がその着こなしを褒めるようなシーンもあります。

映画「モンテ・クリスト伯(The Count of Monte Cristo)」では、無実の罪で投獄されたエドモン・ダンテス(Edmond Dantes)が、過酷な獄中生活を経て脱出します。独房でボロボロの服を着ていた彼は海に逃げ、実家の敷地内に入ると、洗濯物が干されているのを見つけます。そこで干されたシャツと白いリネンに顔をうずめ、ほっとするような描写にセリフはありませんが、やっと人々が生活する世界に戻れたと安堵する心情を見事に表現しています。

そういった部分を気にしながら作品を観る人はほとんどいないと思いますが、衣装に注目することで本筋では見えないストーリーを理解することができます。

八ツ田:最近は服飾史にまつわる展覧会も多いですが、服飾の歴史に対する人々の関心が高まっているように感じますか?

内村:まず20世紀になって、アートとファッションの関係がものすごく近接したという事実があります。1930年代には、エルザ・スキャパレリ(Elsa Schiaparelli)とサルバドール・ダリ(Salvador Dali)が、モードと前衛美術を融合させた、伝説的なコラボレーターとしての関係性があります。また、60年代にはイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)が、ピート・モンドリアン(Piet Mondrian)、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)、セルジュ・ポリアコフ(Serge Poliakoff)といった芸術家にインスパイアされた服を多く打ち出してきました。他にもアート作品から影響を受けたデザイナーはたくさんいます。

でも、「ファッションをアートだと思うか?」という問いに対しては、共感しないデザイナーや芸術家が多いです。マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)が「ファッションはアートではない(Fashion is not art)」と言うように、自分が作った服をアートと呼ぶのは恐れ多いように感じているデザイナーもいます。

とはいえ、アートそのものの概念が広がる中で、元々近接していたファッションがその中に入りこむのは自然な流れ。ちょうど今年、ロンドンで「スキャパレリ:ファッションはアートになる」展が開催されましたが、近年は多くのブランドが展覧会を行っていますね。多くのファッションブランドは20世紀に生まれ、それらが約100年を経てアーカイブコレクションがそろう中で、研究、整理し、ブランドのDNAとして継承していく重要な時期なのでしょう。その中でイヴ・サンローランやクリスチャン・ディオール(Christian Dior)といったデザイナーの美術館ができたり、ブランドの展覧会が開催されたりして、服飾の歴史が改めて注目されることは自然だと思います。

そしてちょうど現在、マリー・アントワネットの巡回展「マリー・アントワネット・スタイル」が横浜美術館で開催中です。彼女自身の物語性そのものがかなりユニークで、18世紀のファッションアイコン。現代の合理性に倣ったスタイルとは対極な存在で、こんなに派手で突飛な服装をする時代はきっと後にも先にもない。だからこそ、人々を惹きつけるのでしょう。デザイナーにおいても、今失われつつある当時の最高級の手仕事に触れ、「挑戦してみたい」という気持ちが生まれるのではないでしょうか。

過去と現代、そして未来における
ファッション文化の変化

服飾史家の内村理奈に聞く、ルイ14世のファッション戦略と「モード」の原点【学生リポーターが行く!】

八ツ田:過去から現代までのファッションのつながりについて、教授はどのように考えていますか?

内村:どれもつながっているものですよね。今のファッションですら、全て歴史になっていきます。きっとデザイナーたちは「今あるファッションをどうしたらもっと良くなるか」と、常に「今」というものを念頭におきながら新しいものを生み出してきたのだと思います。逆に、自分とはあまりにかけ離れた過去の時代のファッションは、現代にはない発想で作られていることから、新しく見えたり、発見があったりするもの。過去にあるものから味付けをして、ときに何かを差し引きながら次のものが作られていくのではないでしょうか。

八ツ田:服飾史的に見て、現代も変わらないもの、逆に変わったと思うものはありますか?

内村:昔から変わっていないというのは、パンツやスカート、ブラウスなど。結局原型そのものはほとんど変わっていないですよね。特に男性のスーツには過去の名残が多くあります。例えば、ベンツ(後ろ裾にある切れ込み)は、乗馬服として馬に跨ったとき優雅に着こなせることから生まれたデザインですが、正直今の時代には必要がないもの。それでも当時のデザインを活かし続け、現代に残っているのは面白いところです。

変化しているものといえば、身につけ方かもしれません。昔に比べて、服はどんどん簡略化、カジュアル化しています。

特に、内側に着ていたものが表に出てくるということはとても多いです。今は下着の上に着るブラウスは、元々は内側に着ていたもの。キャミソールだって元々は下着扱いのものでしたが、今は1枚で着たり、Tシャツの上に重ねたりもします。“見せブラ”だってあります。でもそうなっていくと、全部内側のものを見せていった結果、中に着るものがなくなってしまったらどうなるのかは今後気になりますね。

八ツ田:ファッションと切り離せない雑誌や広告文化は、今後どのようになると思いますか?

内村:紙媒体にとってはとても大変な時代だとは思いますが、本や雑誌の数は減っても、全てがなくなることはないのでは。その一方で、SNSやAIなど新たなツールも発展していくし、メディアもそれを活用していかざるを得ないと思います。ファッションの流行が多様化したように、人によって「これがいい」と思う媒体の選択肢が増えていくのではないでしょうか。

18、19世紀には、ファッションプレートと呼ばれる、最新の服装を描いた服飾版画が人気で、本や雑誌の挿絵、洋装店のカタログ等に使われていました。それが今は紙媒体、ウェブ、SNSなど、さまざまな形に変化し、今後また新しいものが生まれていくと思います。ただ、そんな中でもファッション情報としてのビジュアルはなくならない。そして、ビジュアルだけでは魅力を伝えることができず、ビジュアルとセットで言葉もついていくものだと思います。

八ツ田:現在ではファッショントレンドの変化が目まぐるしく、急速化しているように感じます。それについてはどう思いますか?

内村:果たして、急速なのでしょうか?そもそも「トレンドとは何か?」という話になると思いますが、今は少しトレンドが掴みにくい時代。SNSによって何かが波及し、一定数の人たちが反応することはあっても、時代全体の急速な変化はあまりないように感じます。

例えば、1950〜60年代を想像すると、50年代にはワンピース、ブラウスのようなドレッシーなものがすてきだと言われていましたが、60年代には誰もがミニスカートを穿いているような大きな流行の変化がありました。その頃に比べると、今は多種多様な系統の服があり、その中でのトレンドサイクルはありながらも、昔のように全員が同じスタイルで着飾るようなムードはないと思います。

八ツ田:服飾史を研究する中で、未来のファッションにはどのようなことを期待しますか?

内村:多くのデザイナーも言っているように、やはり「人を幸せにするようなファッションである」ということ。非常に漠然としていますが、身体的にも精神的にも心地良いもの。そうであれば人は求め続けると思うし、ずっと続くのではないでしょうか。

以前、「人間はずっと服を着続けるのか?」と質問されたことがあり、それに対して「人が社会的な存在である限り服を着続ける」と答えたことがあります。「どんな人に会うか」「この場所なら何を着ようか」と考える必要があり、人とのつながりがある限りは服を着ると思います。

八ツ田:今後、ファッションデザイナーに求められる資質は何だと思いますか? またその上で、2028年に新設するファッションデザイン学部ではどんなことを教えていくのでしょうか?

内村:私は、服を作る技術そのものだけでは、新たなデザインを生み出すことはできないと考えています。世の中のこと、人間のこと、歴史、芸術、テキスタイル、ビジネスなど、デザイナーとして独り立ちするためには、色々なことを総合的に理解する必要があります。28年4月に開設を構想しているファッションデザイン学部では、衣服、服飾、衣生活や社会現象など全てをファッションとして捉え、デザインは技術も必要だけれど、理論も含めたデザイン思考として学んでいける学部にしていきたいと思います。

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PHOTOS:KAZUSHI TOYOTA

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