ラフ・シモンズによるラストコレクションとなった「ディオール」2016年春夏コレクション
ラフ・シモンズ(Raf Simons)が就任からわずか3年半で「ディオール(DIOR)」のアーティスティック・ディレクターを辞任したことが、ファッション業界に波紋を呼んでいる。「ランバン(LANVIN)」のアルベール・エルバス(Alber Elbaz)=アーティスティック・ディレクターの退任も重なり、弊紙にはここ数週間、一般紙やファッション誌から本件に関して問い合わせや取材が相次いだ。質問の多くは「デザイナーたちは疲れてしまったのでしょうか?」であった。
エルバスについては、退任の最大理由が、「ランバン」のワン・シャオラン(Shaw-Lan Wang)=オーナーとの方針の不一致であり、2つの“事件”は同一ではくくれない。ラフが契約を更新しない理由については「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」ブランドとの両立が困難であったことや、「ディオール」の店舗やキャンペーンなどトータルでのクリエイティブに携われないことへのジレンマといったうわさがあがっているが、あくまで推測であり真の背景は分からない。しかし、「ディオール」のデザイナーという、輝かしいキャリアを順調に上っているように見えたその実績と照らし合わせて見れば、「個人的な理由」というラフの言葉が重く響いてくる。
ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン社長兼最高経営責任者がラフに送った「心から感謝をしている」という言葉は型通りのものとは言え、経営陣とラフの信頼関係は決して表面的なものではなかったと推察する。今年の7月、「ディオール」のオートクチュールのショーの後にバックステージで見た、シドニー・トレダノ(Sidney Tredano)=クリスチャン ディオール クチュール社長兼CEOと言葉を短く交わした後の、ラフの安堵した表情を思い出す。
だが、それでも忙しすぎた。それが退任の一因であることは間違いないだろう。今春公開された映画「ディオールと私」では、2014年春夏オートクチュール・コレクションを終え、歓喜に沸くバックステージでプレッシャーから解放されたラフの安堵の涙が印象的だった。しかし安堵はつかの間。「ディオール」のアーティスティック・ディレクターは、それこそ休む間もなくオートクチュールとプレタとプレの、年に6回もの、同様のプレッシャーをクリアする必要がある。メゾンを創設したムッシュ・ディオールも15年の「ディオール」のデザイナーがこんなにも多忙だとは想像しなかっただろう。
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「ディオール」2016年春夏コレクションから
忙しすぎるのはデザイナーだけではない。デジタル化によりこの10年でファッション業界を取り巻く環境は激変した。トレンドは短サイクル化し、次々と新しい商品提案やプロモーションが打ち出される。プレ・コレクションの比重が高まり、市場に刺激を与えるべくポップアップショップという形式でさまざまなイベントが開催される。特にここ1、2年は、SNSを通じた話題作りのためのイベントが激増している。
イベントがあれば取材に向かうのがわれわれメディアの仕事だが、体感ではイベントの数は10年前の1.5〜2倍ぐらいに増えている。来日デザイナーのスケジュールを聞けば「24時間滞在。明日は韓国、明後日からは中国各都12市ツアー」などと聞いて驚かされる。売り上げ数字に加え、いいね!数や、PVの数字を気にしながら、新しいアイデアや商品、情報を発信続ける毎日。発信してもすぐに消費されていく毎日だ。
繰り返すがラフ・シモンズの真意は分からない。しかし、47歳という若さで「ディオール」の階段を上ることを自らの意思でやめるその選択は、「ひとりのデザイナーでいることを選んだ。自分の時間を持つ人生を選んだ」という一面が少なからずあるのではないだろうか?
「WWD」は、ラフ・シモンズの辞任をきっかけに、世界のデザイナーやエディターたちにヒアリングを行った。「加速するファッションシステムはどこへ向かうのか?」。意外なのは、デザイナーたちが必ずしもデジタル化やハイスピードの日常に否定的ではないということだ。“音楽や映画といった業界に比べればまだ遅い方だ”とか、“アイデアが尽きることはない。デザインしたものをより多く人に見てもらえる環境はデザイナー冥利に尽きる”といった声も多い。
果たして、加速するファッション業界は今、進化の過程にあるのだろうか?それとも間違った方向に突き進んでいるのだろうか?夢を売るファッション業界が、このスピードとどう向き合うのか。ブランドの経営陣はその方針を打ち出さなければならないだろう。
時代が変わっても、デザインはファッション業界の原動力であることに変わりない。才能あるデザイナーは業界の宝であり、中核で輝き続けなければならない存在だ。デザインや情報を大量に消費し続ける以外の価値の創出はいよいよ待ったなし。ラフ・シモンズの後任探しをすでに進めているだろうトレダノCEOと、そしてラグジュアリー・ブランドビジネスの今後を左右するアルノーCEOの次の一手にこの難題を解決するヒントが見えることを期待したい。
※文中の肩書き・事実関係などは2015年11月30日当時のものです
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