
LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON )傘下のロロ・ピアーナ(LORO PIANA)はこのほど、8月17〜28日にモンゴル・ウランバートルで開催された国連砂漠化対処条約(UNCCD)第17回締約国会議(COP17)に参加した。フレデリック・アルノー(Frederic Arnault)=ロロ・ピアーナ最高経営責任者(CEO)はモンゴルに初訪問し、COP17の公式サイドイベントで、同社が現地で推進するカシミア産地の保全プロジェクト「レジリエント・スレッド(Resilient Threads)」の意義や初年度の成果について語った。UNCCDは、世界の土地の最大40%がすでに土地劣化の影響を受けており、年間最大9000億ドル(約143兆円)の経済損失につながると試算する。民間企業の参画も焦点となる中、ロロ・ピアーナは最高品質の原材料調達と産地保全を一体で進める具体策を示した。
国際課題としての土地劣化
UNCCDは、砂漠化や土地劣化、干ばつに対処するため1994年に採択された国際条約だ。日本を含む197の国と地域が参加する。土地劣化や干ばつを、食料や水の安全保障、地域経済、人々の生計にも関わる国際課題と位置付けている。
日本でも頻繁に議論されている気候変動に比べ、土地劣化や砂漠化はまだ広く認知されていない。土地再生などに必要な資金は年間約3550億ドル(約56兆6000億円)と試算される一方、現在の投資額は約770億ドル(約12兆3000億円)にとどまる。政府だけでは埋められない巨額の資金不足を背景に、民間企業や金融機関の参画も論点の一つに上がった。
フレデリック・アルノーCEOがスピーチ
「卓越性は、クラフツマンシップだけでは到達できない」
COP17の開催国であるモンゴルでは、国土の約77%が土地劣化の影響を受けるとされる。過去70年で平均気温は約2.1度上昇し、干ばつや厳冬(ゾド)など異常気象も頻発している。23〜24年のゾドはモンゴル国土の約9割に影響を及ぼし、家畜全体の12.5%、カシミヤ生産に関わるヤギに限れば23.4%が失われるなど、近年でも特に甚大な被害をもたらした。この影響で、被災した牧畜世帯のカシミヤ生産量は53.9%減少し、世帯当たりのカシミヤ収入は平均420万トゥグルク(約18万6000円)減少したほか、モンゴル全体のカシミヤ生産額も16.5%(約127億円)減少し、世界供給にも6.5%の影響を与えた。
こうしたモンゴルでの環境変化を踏まえ、ロロ・ピアーナは持続可能なカシミヤ供給網の構築に向けた5年間のプロジェクト「レジリエント・スレッド」を2025年に立ち上げた。UNCCDとSFA(持続可能な繊維同盟)、OCT(オデッセイ保全トラスト)とのパートナーシップのもと運営し、モンゴル国内でも特に環境的に脆弱なスフバートル県の5つの地区で、牧畜民の生活支援や草原生態系の保護に取り組む。
アルノーCEOは公式スピーチで、「卓越性とは、良質な素材の選別技術やクラフツマンシップだけでは実現できない。ここに生きる牧畜民、協同組合、政府、このすばらしい繊維の品質や伝統未来を守るすべての人々との長期的な関係の上で生まれるものだ。今後もモンゴルとの関係性をさらに強化していきたい」と語った。
成果を上げる
「レジリエント・スレッド」
「レジリエント・スレッズ」のプロジェクトリードを務めるバトヒシグ・バイバル(Batkhishig Baival)博士=SFA共同創設者兼サステナビリティ・アドバイザーは、「最大の課題の一つは、地球温暖化の影響で自然災害の頻度や規模が増していることだ」と話す。「モンゴルの平均気温の上昇は世界平均のおよそ3倍に当たる。ゾドと干ばつが繰り返される中、草原の劣化や家畜の過剰飼育も重なり、生態系だけでなく、人々の暮らしや経済にも影響が連鎖している」と現状を語る。
こうした複合的な課題に対応するため、「レジリエント・スレッド」では、人、動物、土地を包括的に捉える「ワンヘルス」アプローチを採用する。活動開始から1年でいくつかのプロジェクトを実行に移し、具体的な成果を上げている。例えば、都市のインフラにアクセスしづらい遊牧民の生活に合わせて開設された移動式のクリニック「ワンヘルスハブ」の導入もその1つ。医師や獣医などの専門人材が地域を巡回し、牧畜民と家畜に健康診断や予防医療を提供。今後はさらなる専門人材の育成などにも取り組む。
また、スフバートル区の玄関口に新たな情報集積拠点となる「ムンクハーン生物多様性センター」を開設した。地域に自生する植物を展示し、種子を保存するほか、地域の人々が生物多様性や草原保全について学ぶ教育拠点として活用する。家畜の餌となる栄養価の高い低木や、深く根を張り土壌流出を防ぐ植物などを守ることで、草原の劣化の防止にもつなげる狙いだ。
そのほかにも、地域の固有種であるバヤンデルゲル・レッド・ゴートの保全にも着手した。このヤギは厳しい気候に適応しながら、細く上質なライトグレーのカシミヤを生む品種だ。23〜24年のゾドでは、バヤンデルゲル郡で飼育されるヤギの約45%が失われ、その約8割をレッドゴートが占めたという。
プロジェクトでは、人工授精などを通じて650頭を超える子ヤギが誕生した。地域の環境に適応力があり、高品質なカシミヤを生む個体を守ることで、より小さな群れでも牧畜民が収入を得られる環境をつくり、草原への負荷を抑えることを目指す。
バイバル博士は、「このプロジェクトに期待することは、それぞれの問題を切り離して対応するのではなく、人、家畜、自然環境を一体で支える仕組みを地域に根付かせることだ」と話す。さらに、カシミヤを調達する多くのファッション企業に対し「短期的な調達の約束だけでなく、牧畜民や協同組合、加工業者など、原料調達の上流にいる人々との長期的で透明性のある仕組みを作る視点を持ってほしい。また地域のサプライチェーン全体を強化し、バリューチェーンの関係者がより主体的に力を持ち、利益配分や資金調達の仕組みが確立されることも必要だ」とコメントした。
COP17では、干ばつへの対応を強化する法的拘束力のある国際的な枠組みについて合意に至らず、議論は2028年にエジプトで開催予定のCOP18に持ち越された。一方、牧草地・草原の保全や牧畜民支援に向けた決定は採択され、関連分野に13億ドル規模の資金拠出も発表されたが、土地再生に必要とされる資金需要には及ばず課題が残った。