ファッション

「好きをかたちに」 早稲田大学繊維研究会、35人が向き合うファッションショー「ひとめぼれ」


1949年に創立された国内最古の服飾系サークル、早稲田大学繊維研究会は、理論と実践の両軸からファッションを批評・探究することを理念に活動しています。その活動の1つが、毎年新入生を主体に開催する「1年生ショー」です。

「理由は分からない。それでも、なぜか惹かれてしまう」

2026年度のテーマは「ひとめぼれ」。「何を好きか」にその人らしさが宿るという発想のもと、服作りを担当する35人が自分自身の「好き」と向き合い、それぞれの感性をルックとして表現します。同じ「ひとめぼれ」という言葉から出発しながらも、完成した35体のルックはそれぞれ異なる背景と物語を持っています。その多様性こそが、「好き=個性」というテーマを体現しています。

ここでは、ポスターに起用された4体のルックを通して、一人ひとりの「好き」が素材や技法、シルエットへと形を変え、さらに音や光、空間演出へと広がっていく過程をひもときます。

1つのテーマ、35通りの答え

私たちは日々、さまざまなものに引かれ、それぞれ異なる「好き」を抱えて生きています。一人ひとりが異なる感性を持つからこそ、そこには唯一無二の個性があります。そして、自分を自分たらしめている「好き」という感情を大切にすることは、自分自身を大切にすることにもつながるのではないでしょうか。

理論や常識、誰かの評価を飛び越えて、それでも引かれてしまうものには、その人の核となる価値観や個性が最も素直な形で表れていると考えます。入会して間もない1年生たちは、それぞれの感性を一着の服に託し、自らのときめきを可視化することを試みました。「ひとめぼれ」には人の数だけ答えがあり、一人の中にも、引かれるものの数だけ異なる答えがあります。

製作者に聞く、作品に込めた思い

LOOK1 
届かない光に手を伸ばす、人魚が見つめた「ひとめぼれ」
井上璃菜

「シルバーのドレスの出発点となったのは、無意識のうちに望んでいたものが、一瞬だけ現実の姿となって目の前を通り過ぎる感覚でした。まだ手にしたことのないものなのに、なぜか強く引かれる——そんな感情を、海の中から水面の向こうにある光を望む人魚の姿に重ねました。

ドレス全体の基調となるシルバーは、静かな海中へ水面から差し込む光をイメージしています。裾へ向かって幾重にも重なる大きなフリルは、人魚の尾を思わせると同時に、水の流れや波紋、憧れへ手を伸ばすときに生まれる感情の波を形にしました。見る角度や光によって印象が変わるよう、異なる素材をつなぎ合わせてフリルを制作しました。確かな形を持ちながらも、どこか掴みきれない。その曖昧さに、ひとめぼれの対象が現実と理想の間で揺れ動く感覚を重ねています。

人魚は現実には存在しませんが、私たちは存在しないはずのものに美しさを見出し、引かれることがあります。存在しないと分かっていても、追い求めることまで諦める必要はありません。一瞬の『ひとめぼれ』をきっかけに生まれる憧れを、光、水、そして人魚というモチーフを通して一着のドレスにしました」。

LOOK2 
少女と女性の狭間で、19年間のときめきを一着に
鈴木咲千

「紫のドレスは、『ひとめぼれというテーマは、いつの私にとってのものなのか』という問いから始まりました。過去を振り返ると、私はただ好きなものに熱中していただけではなく、周囲と自分を比較したり、流行に左右されたりしながら、ときめくものが成長とともに移り変わってきました。『好き』を1つだけ選ぶことはできず、その葛藤ごと一着の服として形にすることにしました。

キラキラと光る素材やふわりとしたシルエットで、幼い頃から抱いてきた少女への憧れを表現し、胸元や背中の露出、身体のラインを意識した造形で、成長する中で芽生えた成熟した女性への思いを込めています。また、かわいらしさと大人びた印象を併せ持つ紫を用いることで、少女とも大人とも言えない私の曖昧な現在地を、一着の中で融合させました。

この作品は、現在の私だけから生まれたものではありません。幼い頃から、いつか自分の『好き』を形にすることを夢見てきました。その過程で出会った数え切れないほどのときめきが積み重なって完成したこの1着こそが、私にとっての『ひとめぼれ』だと思います」。

LOOK3
シャッターを切ることは、「ひとめぼれ」に気づくこと
小宅美音

「何気ない風景を愛おしいと感じてカメラを構える瞬間、私は何に引かれているのだろうと考えました。このルックの出発点にあるのは、『シャッターを切ることは、ひとめぼれに気づくこと』という発想です。このルックでは、生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュル(Jakob von Uexküll)が提唱した『環世界』という考え方をベースにしました。

私たちは、世界に存在するすべてを同じように感じ取っているわけではありません。生き物はそれぞれ、自らの感覚器官を通して周囲を知覚し、その生き物に固有の世界を生きています。この知覚された世界が『環世界』です。同じ場所に存在していても、人間と他の生物では感じ取れる色や光、音などが異なるため、それぞれに立ち現れる景色は同じものではありません。同じ人間でも、知覚される情景は一様ではなく、誰かが通り過ぎる景色に、別の誰かは心を奪われることがあります。

だからこそ、シャッターを切ることは目の前の世界を記録するだけではなく、自分は世界の何に引かれたのかを発見する行為でもあります。このルックでは、実際に撮影した写真を生地にプリントし、美しいと感じた情景を身にまとえる形へと変換しました。私は何を捨象し、何に惹かれているのかを問い、自身の感性と向き合うルックになっています」。

LOOK4
「敵わない」と感じる心地よさ
伊佐日奈

「大自然を前にしたとき、その雄大さに圧倒される。その瞬間が、なぜか心地よく感じられました。このルックが表現する『ひとめぼれ』は、そんな自然の生命力へ向けられたものです。生命力という目に見えない感覚を、身体や植物を想起させるディテールとテキスタイルへ落とし込みました。

トップスでは布全体をミシンで細かくたたき、皮膚の下を走る血管を表現しました。前身頃、後身頃、袖を一枚のパターンとして構成し、肩部分の縫い目をなくすことで、身体に沿って流れるような、なめらかなシルエットを生み出しています。ボトムスでイメージしたのは、日に照らされた葉です。糸を染め、手織り機を使って一からテキスタイルを制作し、二重(倍幅)織という技法を応用したオリジナルの組織によって、葉の重なりや、その隙間から漏れる光を表現できる立体的なテキスタイルを目指しました。

『生命力』という抽象的なテーマを、単に植物の柄として描くのではなく、縫う、染める、織るという制作方法そのものへ落とし込み、自然や身体の中に見つけた生命の姿を布の構造へと置き換えました」。

ショー会場を「ひとめぼれ」に出会う空間に

ショーでは、ルックだけでなく、演出もまた「ひとめぼれ」を表現するための重要な手段です。会場にはアスファルト調のフロアシートを敷き、街路を思わせる空間をつくります。モデルと観客の距離を近づけることで、街ですれ違う見知らぬ誰かにふと目を奪われるような、「偶然の出会い」から始まるひとめぼれを空間として表現します。空間装飾、光、音、そしてモデルとの距離。さまざまな要素がほんの数秒のうちに重なり合うことで、理由より先に心が動いてしまう「ひとめぼれ」を、空間全体で描き出します。

早稲田大学繊維研究会がこのショーを通して届けたいのは、35人それぞれの感性だけではありません。人が何かに引かれる理由は、必ずしも言葉にできるものではありません。誰かが夢中になるものを否定せず、自分自身が理由もなく引かれるものも大切にする。そうした一人ひとりの感性に、居場所があることを伝えたいと考えています。

会場を出た後の日常で、ふと目に留まるものがあるかもしれません。その瞬間に生まれた小さなときめきを、自分自身の感性に気づくきっかけとして大切にしてもらえたら——。そんな思いが「ひとめぼれ」には込められています。

■2026年度早稲田大学繊維研究会1年生ショー「ひとめぼれ」

日程:9月8日

会場:早稲田大学戸山キャンパス 学生会館 多目的ホール(地下2階B201)

時間:開場15:30、開演16:00

入場料:無料

来場予約:予約フォームから受け付け

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