PROFILE: 梶原加奈子カナコ カジハラ代表

テキスタイルデザイナーの梶原加奈子は、長く産地とハイメゾンの間に立ってきた。英国の新人デザイナーの登竜門「TEXPRINT」で2005年に日本人として初めてグランプリを獲得し、06年に設立したKAJIHARA DESIGN STUDIO(KDS)では日本各地の工場と素材を開発し、主に欧米のメゾンに提案してきた。1シーズンで平均30ブランド分の生地を手掛けている多忙の人だ。その梶原が26年2月に新会社を設立し、9月にはアパレル「カナコ カジハラ(KANAKO KAJIHARA)」とストールブランド「アルメア(ALUMEA by KANAKO KAJIHARA)」をローンチした。同月16日には東京・南青山に直営店を開き、研究開発のプラットフォーム「KK.lab」も動き出す。新会社は、ウェルネス関連事業を手掛けるSEVENRICHとの共同設立だ。産地に「発注し続ける一人になりたい」との思いは真っすぐで強い。50代でブランドを立ち上げる理由を聞いた。
作り手は70〜80代。「あまり余裕はない」

WWD:20年間、産地とハイメゾンをつなぐ仕事をしてきました。なぜ今、自ら売る側に回るのですか。そして、なぜ今なのでしょう。
梶原加奈子(以下、梶原):コロナが明けてから、本当に上質なものを買いたいという人が増えました。一方で販売先のブランドは組織の編成が繰り返され、ものづくりは短納期になり、価格も厳しくなっている。
日本の生地は、ものづくりが分業化しているので、作るのに時間がかかり高価格帯です。しかも簡単に作ったものは、日本の立場では販売が難しい。それは今はトルコやアジアの他の国の役目です。日本に求められているのはこだわりの部分ですが、こだわると時間がかかる。今まではマッチしていたのが、だんだんずれてきていると感じました。
WWD:ずれを感じたことが、自分で作る側に回る理由になったのですか。
梶原:生地の販路が、どうしても欧米の大きなブランドに限られていたのです。もちろん大きなブランドが活躍する場面はある。でもこれからは、世界中で小さくてこだわりのあるものを作るブランドが数多く立ち上がって、そこに小さな顧客層が多層につくられていくのではないか。そして日本は、ものづくりの現場がすぐ近くにあり、こだわりのある良いものを仕上げられる環境があります。産地を生かしたブランドがどんどん立ち上がるべきだし、それによって繊維業界も製造業も活性化する。その気配を感じています。
また、テキスタイルデザイナーとしての仕事を振り返ると、「良い」と思いながらブランドに乗せられなかった素材がたくさんある。例えば作るのに時間がかかりすぎる、和装の小幅(こはば)で生地幅が洋装に合わない、この価格帯は市場に合わないなど、条件で削られてきたけれど、すごくいい素材がたくさんありました。それを自分の目で見て皆さんに紹介していくには、製品としてアウトプットするブランドが必要だと思ったのです。
WWD:本来は、他のブランドに委ねてきた仕事ですよね。
梶原:本当ならどなたかに紹介して作っていただきたい。でも、時間がないという気持ちが自分の中にありました。日本でこだわったものを作っている作り手は、70代、80代の方が多いんですよ。「来年には廃業したい」という声を、あちこちから聞きます。ずっと一緒に取り組んできた方も、「もう一人でできる分だけでいいんだよ」とおっしゃる。次のバトンを渡す人がいなくて辞めていくのを、身近で感じています。
それとKDSがちょうど20周年でした。ここからまた新しい山を登ってみようと。自分自身も今50代で、まだエネルギーがあるうちにやりたかった。産地の変化と、自分のエネルギーと、両方で今だと思ったんです。
「1ブランドで100億よりも、10ブランドで100億」
WWD:どのくらいの規模になれば、「産地を支えている」と言える感覚になるのでしょうか。ある程度のスケールは必要と考えますか。
梶原:スケールは必要です。ただ大きくなりすぎると、今度はマーケットのタイミングや売り先との関係で、縛りが厳しくなる。自分の中の感覚では、1ブランド10億円くらい。それ以上はマス化してくるイメージがあります。「他にはない」と思われるものづくりがあることが、日本がこれから世界と戦えるところだと思うので、マス化する手前で1ブランドをとどめるイメージをしています。
WWD:それでは産地に十分な量を発注できないのではないですか。
梶原:1ブランドで産地にたくさん発注できるとは思っていません。ただ、それが何ブランドかになることで、50億、100億という規模を目指せる可能性を作りたい。1ブランドで100億よりも、10ブランドで100億というイメージです。
WWD:1年目、実際に産地に出せる発注量はどのくらいですか。
梶原:企画やコンサルティングで関わる仕事は工場側に立つので、発注という形はできませんでした。製品ブランドを運営する事業を拡大させることで、工場に発注ができるようになると思います。ただ、事業規模に合わせて成長していくので、最初は少量からの取り組みです。KANAKO KAJIHARAは25型、各100枚程度の在庫を目安に動いています。
具体的な数字よりも私が意識しているのは、同じ工場に継続して発注を出し続けること。不良品が出ても、納期が合わなくても、痛みを分かち合って、会話を続けて向き合うこと。発注を継続していくのは簡単ではなく、強い意志が必要です。でも常に拡大を目指して続けていくことで、企画技術力の向上に貢献できるし、端境期の協力もできる。継続できる企業力を作っていきたい。
「発注者の一人になりたい」
WWD:新会社は収益を生む事業か、それとも産業のためのある種の研究の場なのでしょうか。梶原:ブランドビジネスは収益を生む事業として育てることが非常に重要です。「産地支援」という表現は違うと思っていて。日本で製造業が今後も活躍していくには、発注を続ける事業が必要です。その発注者の一人になりたいから、収益を生むことはタスクです。
WWD:新会社KANAKO KAJIHARAは、ウェルネス関連事業を手掛けるSEVENRICHとの共同設立です。その経緯は。
梶原:もともと、KAJIHARA DESIGN STUDIOの会計を長く見てもらっていた会計事務所が母体の事業会社です。従業員の健康を支えて経営を強くしていくという思想から、クリニックの運営支援、食品開発支援、寝具販売、ジムやサウナの運営など、ウェルネス領域に事業を多角化していて、タオルやパジャマなど布まわりのもので一緒にものづくりもしてきました。私もこれからの時代はウェルネスが重要だと思っていたので、一緒にやれることがあるよねと。
KDSはデザイン事務所なので、ほぼデザイナーだけで仕事をしています。でもブランドの運営となると、役割が多面的に広がる。ウェルネスの連携はもちろん、バックオフィスやファイナンス、デジタル領域を一緒にやっていきます。AIを活用した生産管理の効率化も一緒に動いています。アパレル以外のさまざまな経験をした人材が集まっていることで情報が増えたので、決断の速度が上がりました。
WWD:研究開発のプラットフォーム「KK.lab」も動き出します。
梶原:今後のブランドの芽を生み出す研究の場でもありますが、コラボ企画やODMなどに発展していくことで、収益を生む事業としても考えています。今進んでいるのは、素材にこだわったボクサーパンツの開発と生産。特別なものを作りたいという方と出会って、素材を提案し、日本の工場で生産を進めています。
WWD:日本の産地が軸のはずが、ストールブランド「アルメア」はインド製です。その理由は。
梶原:日本の産地を支えたいということと、世界でものづくりをするということは両立できると思います。世界を知ってこそ日本の特徴もわかるし、開発へのアイデアも横断して生まれる。両方の情報に関わっていることが革新を生んでいくので、魅力的なものがあればどの国にも行き、貪欲に勉強したい。海外と日本の技術を融合したものづくりも、新しいものを生み出すと思います。
インドの工場とは、長年の関わりがあります。20年前に私のテキスタイルデザイナーの道を支えてくださった永森達昌さんという方が、インドの工場のストールを日本に販売していました。いつかオリジナルのストールを一緒に作りたいと話していたのですが、永森さんが高齢になり引退されたため、この工場との関係を引き継いで、今回のストールブランドを立ち上げます。すべてオリジナルデザインです。
「いいテキスタイルは、委ねないといけない」
WWD:デビューコレクションで、売り出しの軸になる素材は。梶原:カシミヤファー、カシミヤ×浅野撚糸の「スーパーゼロ(SUPER ZERO)」、カシミヤメランジ、リバーシブルカシミヤ、シルクカシミヤデニム。それにウール×「スーパーゼロ」のインナーです。
インナーは、すごくゆっくり編む旧式の機械を使ったコットンです。この機械が最近使えるようになったばかりで、まだ誰も使っていない。そこに好奇心がありました。実験的に作ってみたら伸縮性がとても出るんです。「スーパーゼロ」はもともと空気を含む柔らかい糸なので、さらに空気を含ませてゆっくり編んでいくと、風合いが特別なものになる。
WWD:カシミヤファーは。
梶原:繊維長の長いカシミヤを、編んだ後に特別な溶剤を入れて、ゆっくりゆっくり洗っているらしいんですが、紡績メーカーの企業秘密で、私にも分かりません。繊維長が長いので毛羽立ちも長くなる。それをファーに見立ててカーディガンを作りました。
難しいのは、サイズの出し方。製品を解放した状態で洗うため、袖や裾を「絶対にこの長さにしてください」と決め打ちできない。「スーパーゼロ」のコットンインナーも、伸縮率があるから縫製工場できちっと寸法通りに上げるのが難しい。
WWD:それでも同じ寸法に揃えようとは思わないのですか。
梶原:加工してから縫製すると、究極の柔らかさが出なかったり、驚きがなかったりするんです。いいテキスタイルは、委ねないといけないんですよ。
幸福感は、まだ結果の出ていないトレンドだ
WWD:過去にはいくつかのテキスタイルのアワードで受賞しています。その理由をどう自己分析しますか。
梶原:確信を持ってデザインをしているので、デザインの力は大きいと思います。ただ、それを表現できる、日本にしかできない技術を選んだことで世界に評価されたのだとも思う。プルミエール・ヴィジョンはトレンドを反映するので、トップトレンドの中でベストの方向性を選びました。低反発スポンジを活用して膨らみ感のある素材を提案したのですが、その後に段ボールニットが流行り出しました。
WWD:トップトレンドは、通常のビジネスでも生かされるものですよね。
梶原:それが意外とトップトレンドは売れないんですよ。時代の数歩先を行くトップトレンドは、結果が出る前だから多くのブランドが懐疑的。だから、提案時にはあえてダウントレンド化します。
WWD:新会社はキーワードに「MATERIALS MEET WELL-BEING」を掲げています。幸福感やウェルビーイングは、その意味でのトップトレンドなのでしょうか。
梶原:ここ10年くらいは、ものづくりがこの言葉に集約してくると感じています。AIやロボットが正常になったら、人間はバグっている存在ですよね。ミスをするし、覚えられないし、曖昧である。だから劣等感を感じる。人間でしか感じられない幸福感とは何かを、みんなが悩む。私はデザインとは、悩みを解決するために必要なものだと思っているので、今は幸福感やウェルビーイングが大切だと思っています。
WWD:ブランドコンセプトの「LIVING BALANCE」も含めて、抽象度が高いですね。
梶原:コンセプトが抽象的なのは、割り切れないものを表現しているからです。わかりやすい言葉で言い切った瞬間に、割り切ったデザインになってしまう。ただ、伝えるのは難しい。店頭などでお客さまや関わってくれる人の体験を引き出しながら、想像してもらう。そういう伝え方や接し方が重要だと思っています。
デビューシーズンのテーマは「IN BETWEEN」です。糸の空気層にある温かさと涼しさ、異なる色が混ざり合う中間色、表と裏を行き来するリバーシブル。どちらにも属さない「あいだ」を、素材で表現しています。
まず1店舗、そしてアジアから
梶原:オンラインだけでは伝わらないので、触れて感じてもらう場として、表参道に10坪の路面店(東京都港区南青山4丁目23-10)を出します。ショールーム兼ショップという形です。
既存ブランド「コキュウ(COQ)」は中目黒に店があります。ブランドを知らずに入ってくる人が結構いて、8割くらいがインバウンド。そこから世界中の方が見て、買ってくれた経験があるので、今回もまず1店舗を作って、そこでの出会いから膨らませていけると思っています。
WWD:海外展開はどのような手法をとりますか。
梶原:最初は中国市場への販売を強化します。先行してKDSで運営していた「COQ」が、すでに中国市場で円滑に販売できている流れがあるからです。売り方はライブ配信やRED(小紅書)からのオンラインが中心。すでにつながりのあるセレクトショップへの卸や、代理店とのやり取りも進めます。中国の製品展示会にも出展します。香港、台湾、韓国もつながりがあるので提案していく。服はサイズの課題もあるので、アジアから進めます。
次にアメリカ市場の準備をしています。展示会への参加とエージェントの両方で話を進めているところです。欧州は、すでにCOQを販売しているオランダ・ロッテルダムの直営店で扱っていきます。ロンドンや北欧へのアプローチも考えていますが、アメリカの後になる予定です。パリとミラノには生地販売のネットワークがありますが、製品販売とは動き方もつながりも違います。常に出張しているので、タイミングを見て仕掛けたい。
WWD:「COQ」は中国で何が評価されたのですか。
梶原:「他にない」ということです。着ていると「何ていうブランドなの?」と聞かれるのが嬉しい、という声をいただきます。有名でみんなが持っているブランドではないことに、今は価値があるのかなと。いろんなテイストの人がいますから、「カナコ カジハラ」は「COQ」とは違うテイストでの成功例を作っていきたい。
WWD:価格帯は。
梶原:中心価格帯はシャツやニット類で5万〜10万円、インナーは2万円台からです。ターゲットは、ハイメゾンの商品を購入しているけれど、日常で着られる上質なものを探している人をイメージしています。他のブランドと合わせてスタイリングが組みやすいインナー、Tシャツ、シャツ、デニムなど、ベーシックなアイテムを充実させたい。
著名ブランドならカシミヤ製品は20万〜50万円になりますが、ブランディングの経費を乗せず、手に取っていただきやすい設定にしています。
なぜ20年、状況は良くならなかったのか
WWD:20年で実際に無くなってしまった技術や工場のうち、いま思い出すものはありますか。
梶原:コットン100%のレースを編む工場さんが廃業したときは残念でした。続いている工場には、次の後継者がいます。
WWD:職人の高齢化と担い手不足は長く言われてきました。この20年で対策は打たれてきたはずですが、なぜ状況は良くならなかったと考えますか。
梶原:根本的に、国内の工場に発注するアパレルや問屋など、企業や人が減少しています。ファッション市場の価格を上げられない課題もあり、工賃も上げられない。未来の可能性を感じないから、経営者は子どもたちに事業を継承する気持ちを強く持てない。このサイクルの方向性は、国内の環境だけでは変わることはないと思います。
でも、海外市場が絡んでいくと、日本の繊維産業は評価されているので、まだ残っていく余地があると思う。
WWD:世界のハイメゾンが日本の生地を評価しているのに、産地が儲からないのはなぜですか。評価と発注の間で、何が切れているのでしょう。
梶原:メゾンは評価をしていますが、納期と価格が厳しくなっている。在庫体制や中価格帯の生地を取り扱わないと、セレクトされてもスワッチを送るだけで終わり、販売に至る確率は低くなります。また、メゾンが好む方向性は限られているので、適さないデザインは選ばれません。
それでも、産地の10年後は楽観している
WWD:日本の産地の10年後をどう見ていますか。梶原:実は、楽観視しています。日本の環境、文化、教育は、実直で丁寧なものづくりをすることに向いていると思う。人の感覚で生産を調整できる力が日本の匠の技だと、世界から評価されています。AIが発達していく中で、置き換えられない人の感覚による技術は、価値が上がっていくと思います。
生地作りは、湿度や温度のちょっとした加減を手でコントロールしたり、掃除をまめにしたりと、調整が必要な仕事です。単一的なものを次々に作る工場ではない。人材不足の課題と向き合う必要はありますが、以前よりも20代が産地で仕事をしているし、ものづくりの現場に関心を持っていると思います。
引き続き工場のやりがいや魅力を発信し、海外販売をしていくことで、10年後も元気な工場が残っていくと思う。ただ、その続くまでの間、傍観者ではいたくない。私も頑張りますという、その一員でありたいんです。だから自分に負荷をかけて、やったことのないことをやっていきます。