文筆家・つやちゃんがポップスターからファッション&ビューティのトレンドを紐解いていく本連載。第9回はオリヴィア・ロドリゴの新作アルバム「恋に落ちた女の子にしては、なんだかずいぶん悲しそうだね」のプロモーションに注目し、その世界観の伝え方を探っていく。
オリヴィア・ロドリゴ(Olivia Rodrigo)の3作目のアルバム「恋に落ちた女の子にしては、なんだかずいぶん悲しそうだね(you seem pretty sad for a girl so in love)」が6月12日にリリースされた。デビュー時から様々なロックジャンルの音を引用し、2020年代のリバイバル文化を代表するポップスターとして圧倒的なポジションを確立してきた彼女。信頼を置くプロデューサーであるダン・ニグロとの共同制作もさらに深まり、最新作では、80年代ニューウェーブや90年代インディーポップ/ドリームポップを想起させる音像へも射程を広げた。
過去の音楽史を大いに参照しながら、それを自身の恋愛ソングとして消化し、現代のポップへと翻訳している点がオリヴィアの美点だ。サウンドに乗せる感情表現の処理が優れており、前作までの「怒り」「復讐」「嫉妬」といった精神状態が、さらにきめ細かく描かれるようになった。結果、タイトルにある通り、「幸せだけど不安」「愛されているはずなのに壊れそう」といった不均衡な感覚が全体を覆っている。メインストリームの規模を保ちながら、オリヴィア自身の身体感覚や心理の揺れをこれほど近い距離で伝える作品は稀有だ。
作品世界の入り口としてSNSを活用
さて、オリヴィアの表現における魅力は、そのような感情の複雑さを、ビジュアルも含めた世界観にまで拡張しているところにある。今回のアルバム・プロモーションで特に注目すべきは、YouTubeやTikTok、Instagramを単なる配信プラットフォームやSNSではなく、作品世界の入り口として設計した点だ。
従来の音楽プロモーションにおいては、「MVを公開する」「広告を配信する」といったように、作品へ誘導することが目的だった。しかし今回は、プラットフォーム上の彼女との接点そのものが作品体験の一部になっている。例えばYouTubeでは、アーティストチャンネルのビジュアルや導線がアルバム仕様へと変更され、MVを再生する前から作品世界へ没入できる設計になっていた。さらにTikTokでは専用のコミュニティーページ「Livies HQ」が開設され、限定プロフィールフレームやDM背景、CapCutテンプレートなどが提供されたほか、InstagramでもDMテーマやチャット背景などがアルバム仕様へ変更されている。リスナーは曲を聴く前から、複数のプラットフォームを横断して同じ世界観に触れることができた。
アルバムプロモーション5つのポイント
今回の施策は、作品を宣伝するのではなく、作品世界への参加を促すプロモーションだったのだ。その点について、メディア「LABELGRID」が分析している。ここでは五つのポイントに整理して紹介したい。
1. 紫を捨てるという、大胆なブランド刷新
前作までで確立した「紫」は、オリヴィア・ロドリゴのブランドそのものだった。しかし彼女は、ブランドが強固になるほど予測可能になってしまうというリスクを避けるため、あえてそのシンボルを手放した。象徴的だったのがロサンゼルス・メルローズ通りの壁画で、最初はラベンダー色で始まり、数日かけて少しずつピンクへ変化していくという仕掛けを実施。ブランドが生まれ変わるプロセスそのものをコンテンツ化した。
2. 沈黙をマーケティングに利用した
アルバム発表前、オリヴィアはInstagramの投稿を100件以上削除した。これはインディーアーティストやラッパーが新章の幕開けを伝えるのによく用いる手法。情報を増やすことが重視されるSNSにあえて空白をつくり、新しい時代の始まりを予感させた。
3. ファンを参加者に変えた
今回のキャンペーンでは、パリ・ロンドン・ニューヨークなど世界各地にハート型の南京錠を設置し、そこにアルバムのヒントを分散させた。各地の手掛かりを組み合わせることで、シングル名とリリース日が浮かび上がる仕組み。ファンはキャンペーンを受け取るだけではなく、自ら情報を拡散し、作品世界を完成させる役割を担っていた。
4. アルゴリズム最適化に逆行した
長く検索にも最適化されていないアルバムタイトルは、SNSの定石よりも、作品の個性と記憶への定着を優先したものだった。効率的に情報を届けるよりも、記憶に残る体験を優先した反アルゴリズム的な発想と言える。
5. 売ったのは「アルバム」ではなく「Era(ひとつの作品世界)」
音楽業界には以前から「Era(ひとつの作品世界)」をいかに作っていくかという考え方があった。今回新しかったのは、それをMVやジャケットだけでなく、YouTube、TikTok、Instagram上の接点へ実装したことだ。
バレエが象徴するもの
とはいえ、どれほど多くの接点を同じ意匠で統一しても、中心にあるモチーフが作品の主題と結びついていなければ世界観は表面的な装飾に終わる。その点、オリヴィア・ロドリゴの強さは、そこで用いるモチーフにも音楽と感情から導かれた必然性があることだ。今回それを象徴しているのが、バレエである。
「ステューピッド・ソング」のMVは、ニューヨークの街にバレリーナたちが現れる映像が話題になった。他にも今作のビジュアル展開ではバレエが随所でモチーフとして繰り返し用いられているが、一見するとそれは近年のバレエコアブームを取り入れたようにも見えるだろう。しかし、その引用は決して流行への便乗には映らない。
バレエは、優雅さと緊張、美しさと痛み、完璧な身体と壊れそうな精神を同時に抱えた芸術だ。観客には軽やかで優美な姿を見せながら、その身体は厳しい訓練と痛みを引き受けている。さらに重要なのは、バレエが身体そのものによって感情を表現する芸術であること。言葉ではなく、姿勢や重心、呼吸、筋肉の緊張や解放によって、恋や喜び、不安、喪失といった感情を描き出す。古典バレエの代表作を見ても、恋愛を中心に、幸福と喪失、献身、裏切り、死といった感情を身体表現へと変えてきた作品が数多く存在する。その点、本作もまた、恋愛を単なる出来事としてではなく、一種の身体状態として描いている。幸福と不安、執着や息苦しさといった、恋によって心身の均衡が揺らぐ感覚がアルバム全体を貫いているのだ。「purple」から「the cure」へと続く中盤の流れは、そのハイライトとして聴けるだろう。
今作においては、本人も発表時に、「どれだけラブソングを書こうとしても、どうしても少し切なさが混ざったものになってしまう」と記していた。その“切なさの混入”を視覚化するうえで、優雅さと痛みが同じ身体に宿るバレエは、きわめて有効なモチーフだったのだ。つまり、オリヴィアが引用しているのは、リボンやチュールといった「バレエコア」の表層的な意匠ではない。実際、「ステューピッド・ソング」の振付を担ったのは、ニューヨーク・シティ・バレエで長く活躍してきたタイラー・ペックだった。映像のために借りられた“バレエ風”の身ぶりではなく、実際のバレエの訓練と身体を作品の内部へ持ち込んでいる。オリヴィアが取り入れているのは、身体を通して感情を可視化するという、バレエという芸術そのものの構造。その理解があるからこそ、本作のビジュアルは流行を借りただけのスタイルには終わらず、「恋をしているのに悲しい」というアルバムの世界観を必然性のあるかたちで支えているのだろう。
今回オリヴィア・ロドリゴが示したのは、世界観とは、同じ色や意匠をあらゆる接点に反復するだけでは生まれないということだ。音楽の中にある感情を捉え、それにふさわしいモチーフを選び、映像やデザイン、さらにはプラットフォーム上の体験にまで一貫して息づかせる。その中心に確かな表現の必然性があるからこそ、プロモーションは作品の外側にある宣伝ではなく、作品そのものの続きになり得るのである。




