百貨店の婦人服売り場では、かつて主力だったキャリア・ミセス向けブランドの勢いが衰える中、各社は「若返り」や「エレベーション(価格や品質の引き上げ)」を急いでいる。
その一方、市場には新たな空白も生まれている。高価格帯でもなく、かといってカジュアルすぎない、「ちょうどよくて、きちんとした服」を求める人たちの選択肢が減っているのだ。
そんな中で、「あえて変わらない」ことを選択し、じっくりと商機を見極めるブランドがある。今年45周年を迎えるフランドルが展開する「イネド(INED)」だ。
“認知”という財産
「まず私たちは品質やデザイン以前に、ブランドの“認知”こそ最大の資産だと考えている」。そう語るのは、フランドル副社長執行役員の五味田渉氏。「ブランドの強さは、尖ったデザインや流行性だけで測れるものではない。名前を“なんとなく”知ってもらえているだけで、安心して店に入ってもらえる。その土台があるだけで、十分他のブランドより一歩先を行っている」。
中庸の価格帯に商機あり
ともかく五味田氏は、無理に大胆な改革を行うよりも、上述した「認知」のように、ブランドはすでに持っている強みがあるのだから、それを生かすべきと考える。
「イネド」の顧客層は、40〜60代のいわゆるニューミセス層。パンツは2万円台、ニットは1万円台後半、コートは6〜8万円と、百貨店キャリアブランドとしては“中庸”の価格帯を守り続けている。「百貨店には、『誰かに会うから新しい服を買おう』というような、来店目的がふわっとしたお客さまも多い。そういった方々には、『きちんと見えて』『ちょうどいい価格の服』がいつの時代も求められる」と語る。
一方、百貨店の現場では富裕層消費の高まりから、バイヤーからは高価格帯の商品を要請する声も強まっている。たとえば伊勢丹新宿本店3階の「コンテンポラリー」ゾーンでは、10万〜20万円台のコートが並び、「エブール」や「アナイ」などが支持を得ている。
変化は不可逆的
「価格帯を上げてしまうと、そう簡単に元のステージには戻れない。そういう不可逆性があって、容易に流されてしまうとドツボにはまる」と五味田氏は語る。
無理に変化しようとして本来の魅力を失い、顧客が離れ、衰退していったブランドを数多く見てきた。「いっとき数字が落ちたからといって無理に勝負に出ないこと。予算を90%、在庫を80%に抑えて利益を確保する。そういう運営でブランドを守っていくべき」。ブランドを持続させるために必要なのは「我慢の経営」であると五味田氏は繰り返す。
「それから顧客が高齢化してくると『若返らなきゃ』とよく言う。ただ婦人服ブランドの若返りでうまくいった例は、実際ほとんどない。なら新しいブランドを立ち上げればいいんだし、無理にやる必要はない」と断言する。
複合業態を強化
「イネド」は「イネド」の軸を守りつつ、カバーしきれないニーズには別ブランドで応える。今後は、複数ブランドを編集・展開する複合業態「スーペリアクローゼット」の出店をより強化していく考えもある。例えば高品質志向の顧客には、高級志向ブランド「コンテッサ」を薦める。25万円以上のカシミヤコートに水牛ボタンを使用するなど、原価率を高めてでも“本物”を届けるという、「イネド」とは異なる考えで差別化する。
「変化しなければ取り残される」とさかんに言われるこの時代において、「イネド」の「変わらない」という選択は一見すると保守的に映る。だが容易には流されず、足元を見失わないことも、ブランドを長く続けるために大事なマインドセットだろう。