PROFILE: 小木充/ウェルネスビューティーコンサルタント

空前の訪日客消費に沸いているのは化粧品業界も同様。とはいえ市場を見てみると、相変わらず元気がいいのはハイファッションコスメと韓国コスメ。日本のコスメブランドには何が足りていない? ビューティ・ジャーナリストの木津由美子が今回話を伺うのは、小売りの現場に長らく携わってきた小木充氏。現在はニュースケープ代表も務めるその独自目線から、5回にわたって提言をいただく。
――:小木さんはいわゆるナチュラルコスメセレクトショップの仕掛け人といえますが、今までの流れを教えていただけますか?
小木充(以下、小木): まず1999年に伊勢丹の社内で「新宿本店地下2階プロジェクト」というプロジェクトチームができたんですね。24、25歳だったかな、入社3年目くらいで服飾雑貨担当。当時の地下2階のボイラー室を改装し、時代に先駆けた新しいライフスタイルフロアにしよう、価格がこなれていながら伊勢丹の高感度層も納得するものをそろえようというコンセプトで始動し、2000年に「BPQC」が誕生しました。当時はポーラ傘下になる前の「ジュリーク(JURLIQUE)」や、日本法人ができたばかりの「ロクシタン(L'OCCITANE)」や「ラッシュ(LUSH)」などを入れ、数十億円の売り上げを作っていましたが、他店舗展開の構想はなかったんです。
――:当時注目されていた英国のコスメセレクトショップ「スペース NK(SPACE NK)」を参考にしながら、ホワイトニング専門のティースケアサロンなども入れていたところが新鮮でした。
小木:そして04年に「コスメキッチン(COSME KITCHEN)」ができるんだけど、赤字体質からなかなか脱出できない状況でした。僕は07年に伊勢丹を退社していて、08年にコスメキッチン事業を黒字化するためにディレクター委託契約を締結。MDや店舗の見直しをしつつ、フランチャイズ事業を推進し、契約から半年で単月黒字化に転換しました。さらにその頃、吉祥寺に出店をしたんですが、感度が高くて自然でいいものを背景も含めて読み取れる吉祥寺の客層には、ブランドよりも本質的なものが売れるんだな、ということが分かりましたね。その後マッシュグループ(以下、マッシュ)の門を叩き、10年に傘下に入りました。
――:当時のマッシュはコスメ事業をまだスタートしていませんでしたが、なぜマッシュを選んだんですか?
小木:マッシュは複数のファッションブランドを展開していましたが、商業施設側からすれば、マッシュと組むと複数の人気ブランドショップが一気にゾーニングできて、商業施設のプレゼンスが高まります。それまでナチュラル・オーガニックコスメというと百貨店の3階や5階にしか入れなかったけれど、マッシュ傘下によるシナジー効果で1階や2階のいい場所に展開することができるわけです。そこから店舗が増えていき、3年前に僕が退く時には60店舗で年商100億円が射程距離に入ってきていました。現在はコスメキッチン業態としては70店舗くらいで、エキナカの「ビオップ(BIOP)」などさらに進化した業態開発に注力していると感じます。
――:あっという間に店舗が増えた印象があります。世界でも稀有な例ですね。
小木:世界のナチュラルコスメセレクトショップを見てみると、05年に香港で創業した「ビオルグ(BEYOND ORGANIC)」は現在8店舗。創業者はブレンダ・リーという女性で、香港の主要な場所は押さえています。時系列で行くと08年に英国でイメルダ・バークという女性が「コンテント(CONTENT)」を創業しましたが、コロナ禍に店舗を閉め、現在はECのみ。米国では、10年に「デトックスマーケット(DETOX MARKET)」、15年に「クレド ビューティ(CREDO BEAUTY)」が創業。ロマン・ガイヤールがロサンゼルスで立ち上げた前者は現在カナダを含めて6店舗、アニー・ジャクソンとシャシ・バトラがサンフランシスコで立ち上げた後者は米国内に15店舗を展開している。多くても十数店舗といったところで、国土は小さいながらも「コスメキッチン」が店舗数も売り上げ規模も圧倒的に世界一なんです。
――:なぜそういうことになるんでしょう?
小木:世界のナチュラル・オーガニックのセレクトショップは創業者のオーガニック思想や哲学にビジネスが引っ張られることで、成長スピードにブレーキがかかるように感じますね。一方コスメキッチンは、マッシュ傘下に入ったことで一気にドライブできたことが大きいと思います。日本では路面店のみで勝負するのは難しいから、集客力の強い商業施設の中で展開するほうがビジネススピードが速く、トップラインが伸びるという考え方になる。先ほど挙げた海外店は「マネーよりアース」みたいな創業者の哲学が強く、経営方針も含めサステナビリティとは無縁の店と並ぶのを嫌がり、だいたい30〜40坪の路面店が多いです。
――:日本でコスメキッチンの競合が出てこないのはなぜですか?
小木:想定される競合業態を事前に自分たちで作っていったからですね。食と組み合わせた「ビープル(BIOPLE)」、今は縮小傾向にあるメイクアップだけ集めた「メイクアップキッチン(MAKEUP KITCHEN)」など。あらゆる商業施設に全てのマッシュブランドを入れたいと思っていたので、ちょっとずつ業態を変えながら出店するという戦略を取っていました。
――:前回も話に出ましたが、セフォラやブーツが日本にあればクリーンビューティ市場はもっと活性化するだろうに、と残念です。
小木:単純にリテールだけを見た場合、日本でセフォラの代わりは?と考えると、「アットコスメ」がどう見ても今一番勢いがありますね。「プラダ ビューティ(PRADA BEAUTY)」の選んだ先が伊勢丹新宿本店、阪急うめだ本店、そしてアットコスメトーキョー。本国が決定したわけで、雨の日なのに入場規制がかかるぐらいの行列ができる来客数を視察で確認したんだろうなあと思う。アットコスメストアは大阪も売れているし、名古屋にも6月にオープンするし。
――:そしてその知見を生かし、年内には東アジア最大級の「アットコスメホンコン」をオープンします。
小木:一つの空間にラグジュアリー、プチプラ、モデレートラインまで全てをそろえたのは見事。「ディオール(DIOR)」の横とは言わないけれど、目と鼻の先にプチプラがあってもOKで、日本の人はもちろんインバウンドの人が「こんな空間なかったよね」と楽しめる空間ができあがった。
――:1999年創業のたかがクチコミサイトがまさかこんなことになるとは、誰も想像できなかったですね。
小木:昔、「ランキンランキン」というランキングショップがあったじゃないですか。その化粧品版ができただけでしょ、と思っていたら、本当の意味での口コミを背景にお客さまを確保して、出店してくれるブランドも多かったんでしょうね。今ではリテールセクションが重要視されているそうです。
――:でも個人的には見慣れてしまったのか、原宿のリニューアルはあまり面白く感じなかったんですよね。
小木:それはよくブランドを知っているからですよ。一般的にはこんな安いものとハイブランドとフレグランスと、多種多彩なブランドがまるで宝探しのように積み上がっている感じは他にない。一緒に並べていいよとは今まで誰も言わなかったし、むしろ今までは小売り側が価格帯でセクションを分けていました。ネットから出てきて小売りの経験がなかったから、「面白そうじゃん、他と同じことをやってもしょうがないじゃん」と、真の意味でのユーザー目線に立って戦略を立案していると思います。
――:でも今回の目玉とされるフレグランスゾーンは疑問が残ります。何がしたいのかよく分からなかったし、ラインアップも謎。
小木:百貨店や小売業出身者ではなく異業種から参入したキーマンたちによる面白い発想だとは言えるけど。違う切り口で再構成すれば、間違いなくまた話題になりますね。そういう意味ではヘアケア製品もまだまだ伸び代があると思う。カテゴリーで考えた場合、化粧品の中で10〜15%はヘアケアというのがあって、効率やMDのバランスを考えたら「ヘアケアで10%は取れる」と計算するのが一般だけど、売り上げがいいからそういう計算をする必要がなく、「このMDを入れよう」という発想にならないんだと思う。フレグランス市場が伸びているというのはいろんなところで言われているからやってみた、ところが3階であることがネックになったのかもしれない。テコ入れの余地がたくさんありますね。クリーンビューティも同様で、これもアットコスメにはない。セフォラにはコーナーがあるし、新しいところではヒュンダイ ソウルが「ビークリーン(B CLEAN)」という100坪くらいのクリーンビューティコーナーを作ってカッティングエッジ的なことをやり始めている。クリーンビューティにおいてもまだまだやれることはいろいろある、と期待したいですね。