デムナ(Demna)就任の直前、デザインチーム体制ではおそらく最後となる「グッチ(GUCCI)」の2026年クルーズ・コレクションが、ブランドの古里とも言えるイタリア・フィレンツェで開かれた。
会場は、「グッチ」がトランクからバッグ&シューズ、スカーフ、ウエア、雑貨など約4万6000点のアーカイブを収めているパラッツォ・セッティマンニ。さながら博物館のような設えの施設だ。ブランドの過去から現在を収め、未来を想像させる空間は、ビジネスにおいて低迷したサバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)体制という過去をリセットし、デムナが牽引する未来に向かって歩みを進める、現在の「グッチ」を表現するにおいて最高の舞台と言えるだろう。
コレクションは、過去のさまざまをパッチワークし、デザインチームが解釈したデムナの現在のフレーバーをプラス。デムナが「グッチ」の次代のトップに就任することが発表になった際、「グッチ」との親和性や、デムナの一端ではあるディストピア(暗黒世界)な世界観に対する懸念を払拭し、明るい未来を明示するかのようだった。「バレンシアガ」におけるデムナのクリエイションを定義する、コントラストを効かせたシルエットや、ハイウエストのスキニーパンツ、ストレッチ素材にプリーツを施して体を撫でるドレス、時にはショッキングなカラーパレット、大ぶりのアイウエアなどを交えながら、「グッチ」らしいクラフツマンシップと高級素材で、1960〜70年代のイタリアンセクシーを再解釈する。
キールックの1つは、シルクのブラウスにスキニーパンツのスタイルだろう。デムナも度々提案してきた肩を誇張したトップスに対して、レギンスのように密着するベロアなどのパンツを合わせている。シルエットだけなら、「バレンシアガ」で出てきてもおかしくないスタイルだ。そこにデザインチームは、例えば肩にはプリーツを丁寧に仕込み、素材ではアーカイブから選んだのだろうレトロな幾何学モチーフを選び、デムナなら艶やかな化繊だろうが起毛感のあるベロアやシアーなレースなどをチョイスして、「グッチ」のデザインコードをプラス。デムナが今後「バレンシアガ」同様のスタイルコードを選ぶとは限らないが、少なくとも彼の世界と「グッチ」の世界は融合し得ることを示した。パフスリーブにタイトスカートのスタイルも同様。こちらは目の覚めるようなショッキングカラーや誇張したパフスリーブがデムナっぽいが、ウェブストライプとGGモチーフの組み合わせや重ねたレースのタイトスカートは「グッチ」らしい。トレンチコートやジャケットには、大きな肩パッドを入れた。7月以降移籍するデムナが「グッチ」に自身のスタイルコードを注入したと言うよりは、デザインチームが彼を迎え入れようとしている、そんな印象だ。
もちろん、過去から未来を見据えるコレクションには、サバトを思わせるクリスタル付きのレギンス、フリーダ・ジャンニーニ(Frida Giannini)風のミニドレス、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)由来を思わせるボウブラウスや動物を模したコスチュームジュエリーなども登場し、なによりトム・フォード(Tom Ford)時代のように時には官能的だ。全てのアビエイターサングラスもトム・フォードを想起させる。
もう1つのハイライトは、2025-26年秋冬コレクションでも示した「スプレッツァトゥーラ」、完璧さの中にある意図的な抜け感や計算された自然体を意味するイタリア独自の美意識だ。シアーなレースのボディスーツ&レギンスのスタイルには、豪華なファーコートをプラス。上述したショッキングカラーは、レトロなブラウンやグレーと組み合わせた。ファーの襟をあしらったオーバーコートにはパテント素材のレザースカートなど、素材でもコントラストを効かせている。こうした意図的な“不調和”は、自然体の女性像を描き、彼女の自信と滲み出るセクシネス、そしてイタリアならではのフェミニニティーを発信した。フィレンツェへのオマージュとして、イタリア語でユリを意味する「ジリオ」をモチーフに中世に誕生したフィレンツェの紋章から着想した新作バッグ“グッチ ジリオ”を筆頭に、多くのバッグを無作為に掴んだり、少し汚したバレエシューズを“つっかけ”のように履くスタイルも、「スプレッツァトゥーラ」の表現方法なのだろう。と同時に、そんなスタイリングはこれまでのデムナらしくもある。
繰り返すが、9月に発表する26年春夏コレクションで今後の“ヒント”を発表するとされるデムナが、今回デザインチームが融合を試みたこれまでの自身のデザインコードを踏襲するかはわからない。その“ヒント”は、全く別のものになる可能性もあるだろう。しかし、「グッチ」とデムナの親和性に懐疑的な見解に異を唱えるには十分な出来栄えだった。