ファッション

「ラッド ミュージシャン」の1万738日 30周年のショーが“暗かった”理由

黒田雄一デザイナーが「ラッド ミュージシャン(LAD MUSICIAN)」で本格デビューを飾ったのは、1995年4月20日だった。知人のバーのオーナーから何かイベントをやろうと声がかかり、「ファッションショーなんていいんじゃない?」という勢いのままに、新宿のクラブでショーを行った。それから1万738日後の2024年9月11日、東京・恵比寿のガーデンホールで大勢のゲストを前にランウエイショーを開催しているとは、当時の黒田デザイナー自身でさえ全く想像していなかっただろう。25年春夏コレクションは、10年ぶりのランウエイショー形式で披露した。

伏し目がちのナイーブな少年たち

ショー音楽はシロップ16g(syrup16g)のライブで、計6曲の演奏中は轟音が鳴り響いた。対してコレクションは、ダークトーンに徹した内省的なムード。暗い空間を伏し目がちに歩く少年たちは、テーラードジャケットやトレンチコート、シャツ、フーディー、トラックスーツといった普遍的なメンズウエアを身にまとう。華美な要素を削ぎ落とした分、シルエットに込めた微細なニュアンスがにじみ出した。

ボクシーなジャケットは肩をわずかに落とし、背中の首元から裾にかけてのセンターラインは立体的に膨らむ、ピラミッド型の構造だ。ルーズな半袖パーカはスキニーボトムと、オーバーサイズのシャツはフレアパンツと合わせてシルエットのメリハリを加えながら、トップス袖のシャープな形状がクリーンな印象を支えた。全体的に丸みのあるフォームが、少年が大人の服を着た時のような、衣服と肌の隙間にわずかなニュアンスを作り出す。そのニュアンスはナイーブであると同時に、ロックの反骨精神を表現しているようでもあり、「ラッド ミュージシャン」の強みでもある“言語化しづらい曖昧なムード”を10年ぶりのショーでも発揮した。

ミニマルなコレクションにゆるやかなリズムを加えたのは、控えめな装飾だ。ニットにはピラミッドスタッズを模した大小の立体編みを施し、スポーティーなジャージーには可憐な花を描いた。唐突に現れたドラえもんのグラフィックは、2002年春夏コレクション“NEW FUTURE”をリバイバルしたもの。ブランドの転機になったコラボレーションを再現し、進化の道のりをランウエイ上で示した。設立30周年のショーといえど、いつも通りのナイーブな「ラッド ミュージシャン」だった。祝福ムードがあるとすれば、ゲストの顔ぶれが重鎮ばかりの豪華さだったぐらいで、フィナーレで逆光の中から現れた黒田デザイナーのシルエットもほぼ一瞬で姿を消した。

変わらない“核”、進化する“型”

30周年のショーは、「お客さんが喜んでくれるから」と黒田デザイナー。「立ち上げからショーを20年間やり続け、ちょっと飽きてきちゃって、やめることにした。以降もブランドを10年間続けさせてもらったのはお客さんがいるからで、彼らが喜ぶ方法で返したかった」。コレクションの大半が真っ黒だったのは、ショー休止後10年間の内向きな気分を表現したから。そして、シロップ16gを引き立てるためだという。

インディペンデントなデザイナーズブランドの多くは作り手の生き様が服に憑依しており、顧客と共に年齢を重ね、クリエイションも徐々に味わい深さが増していくのが通例である。かつて“ロック系”として名を広めた日本のメンズブランドの多くが第一線から姿を消していく中、「ラッド ミュージシャン」が30年間も若年層顧客を獲得し続けてこれたのは、黒田デザイナーの音楽へのあくなき探究心だろう。まるで少年のような興味関心の強さが、結果的にブランドのビジネスも支えている。だから、クリエイションの“核”は音楽だが、“型”は存在しない。シューゲイザーのように、一音一音を繊細に紡いできたかと思えば突然轟音が鳴り響いたり、フリー・インプロヴィゼーションのように偶発的だったりするときもある。

「ラッド ミュージシャン」は、そんな作り手の自由で鋭い感性と、かつてウェディングドレスや衣装製作で磨いた技術、手に取りやすい価格帯で、時代ごとの若者の感性を刺激し続けている。ストリートカルチャーが浸透し始めた1990年代も、ロックテーラード全盛の2000年代初頭も、トレンドが激しく移り変わった2010年代も、黒田デザイナーは自身の衝動と向き合いながら、仮縫いからグラフィックまで、服作りの全工程を1人で行ってきた。そして、きっとこれからも続けていくのだろう。「自分は馬鹿なんで。若い頃と感覚はあまり変わってないし、それしかできないから」。

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