企業が期ごとに発表する決算書には、その企業を知る上で重要な数字やメッセージが記されている。企業分析を続けるプロは、どこに目を付け、そこから何を読み取るのか。この連載では「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」(共に日本経済新聞出版社)の著者でもある齊藤孝浩ディマンドワークス代表が、企業の決算書やリポートなどを読む際にどこに注目し、どう解釈するかを明かしていく。今回はCEOが突然辞任したH&Mの決算を読み解く。(この記事は「WWDJAPAN」2024年3月11日号からの抜粋です)
H&MのCEOだったヘレナ・ヘルマーソン(Helena Helmersson)氏が1月末に突然辞任して話題になりました。「(比較的ボリュームが大きい)冬の売り上げの落ち込みや競争が激化する中、続けるエネルギーを失った」といった退任コメントでしたが、そもそも私は、この経営者が、どういう人で、何を考えて経営していたかというのに興味を持ちました。今回は財務諸表から、同前CEOが率いたH&Mの4年間を振り返ってみたいと思います。
H&Mは上場していますが、パーション一家が大株主です。ヘルマーソン前CEOは創業家3代目でもあるカール・ヨハン・パーション現会長の後任として2020年1月に着任しました。H&M歴が26年と長く、アジアのバイイングオフィスなど、商品調達の方のキャリアの持ち主でサステナビリティ・マネジャーも務めていました。これは私の臆測ですが、13年のラナプラザ事件の前にバングラデシュに駐在していたこともあり、彼女は調達側のサステナビリティにかなり力を入れたのだろうと考えました。

23年11月期は、売上高が3兆30億円で前期比15.6%増です。10年前と比べると83%増。営業利益額ピーク時の15年と比べても30%増。コロナ前の19年比でも上回っています。一方、営業利益に関しては、前年の2倍にはなりましたが、10年前比で35%減。15年比で46%減、コロナ前と比べても16.2%減というのが実態です。
そもそもヘルマーソン前CEOが着任後、すぐにコロナになり、その後、ロシアのウクライナ侵攻問題があったので、かなりのハードタイムだったとは思います。
粗利率低下のさまざまな要因

H&Mはかつては50%台の後半の粗利率が取れ、10%台後半の営業利益率が取れていました。この頃は間違いなくインディテックス(「ザラ(ZARA)」)がライバルだったんです。ファストファッションのビジネスモデルは、比較的鮮度の高いもの、旬なものを入れて、すぐに売り切っていくという、ハイリスク・ハイリターンなビジネスモデルです。ですから、上手く回せれば、比較的粗利は取りやすいのですが、H&Mの直近の粗利率は50%強。かつてと違うモデルになってしまっています。
要因はいくつかあります。ドル高が調達コストを上げています。それから人件費や原材料費の高騰により、生産地を中国やトルコ中心から、カンボジアやバングラデシュの方に移したことから、短期間で作って、短期間で売り切るというオペレーションがやりづらくなり、ベーシックにならざるを得なかったというのもありそうです。リードタイムが長くなると、見込み生産が多くなるので、値下げが増えるんです。おそらく原価も上がっているし、値下げも増えているんじゃないでしょうか。今は売り場を見ると、ベーシック寄りのものが増えています。
ラナプラザ事件や15年のSDGs採択をきっかけに、企業体制を変えようという動きが絶対にあったと思います。販管費率を抑えるのは限界があるので、利益率を高めるのはなかなか難しかったでしょう。
期末店舗数ですが、ピークは19年の5076店舗です。インディテックス(INDITEX)は、14年ぐらいからECの方に舵を切り始めて、店舗のリストラを始めていたのですが、その頃、H&Mはインディテックスを抜こうと、アメリカと中国に大量出店していました。その後、遅れてECに舵を切り始め、コロナ禍で一気に不採算店舗を撤退。EC化率を高め、直近は4369店舗になっています。
店舗の売上高も19年がピークで、それと比べると今はだいぶ落ちていますが、一方でECはコロナ前の倍になっています。1店舗あたりの売上高は開示されていませんが、財務諸表にある数値から計算すると、17〜18年以前の水準に戻ってきているようです。

1店舗あたりの売上高を戻しつつ、ECを増やしたことで、かつて2400万円ぐらいだった従業員1人当たりの売上高は、同3200万円にまで上がっています。一般的に、店舗よりも、ECの方が効率的です。ユニクロ(UNIQLO)国内事業の1人当たりの年間売上高の標準が3000万円。この点では、ユニクロ並みにしてきたイメージと言えましょう。
在庫日数も改善しているように見えます。コロナ中は仕方ないかなと思いますが、直近はコロナ前よりも在庫日数が短くなっているのが分かります(130日台→120日前後)。ソーシングが専門なのでそのあたりの改善に注力したと思われます。加えて、実は期末キャッシュ(現預金)は過去最高になっています。
以上の数値を見る限り、脇固めはできたように感じます。もちろん利益率はまだまだですが、CEOとして、それなりに役割は果たしてバトンタッチできたと考えていいのではないでしょうか。
一方、今度CEOに就いたダニエル・エルベール氏は、前職が前H&Mディビジョンのプレジデントで、アメリカなどの主要国の品ぞろえや在庫や損益をコントロールしていたMD肌です。なので、今後、商品的に攻めに出てくるかなと私は思っています。過去4年間よりも、よりファッション的なニーズに応えるようなMDに変えていくのではないかと。今やシーイン(SHEIN)という強烈な競合はいますが、でもリアル店舗ならではの反撃ができるのではないかと楽しみです。
やはりファッションを扱っているのだから、お客さまをワクワクさせなきゃいけないですよね。ヘルマーソン前CEOは、そこが少し足りなかったのかもしれません。しかし、この4年間は急速に変わる社会環境や競合環境に向けて、体制を整え直す過渡期だったといえそうです。
最近気になっているのは
「高円寺の古着街」
以前、下北沢に古着店が増えていることを取り上げましたが、高円寺にも古着店が増えていて、ふらっと入った古着店が面白かったです。下北沢に比べて大人の街で、高めな感じですが、「ラルフ ローレン(RALPH LAUREN)」の古着の専門店があったり、大人向けの品ぞろえの古着店があったり、結構、見ごたえがあって、楽しいなと思っています。また、個性的でおいしい飲食店がたくさんあるのもこの街の魅力のようです。

齊藤孝浩/ディマンドワークス代表 プロフィール
1988年、明治大学商学部卒業。大手総合商社アパレル部門に勤め10年目に退職。米国のベンチャー企業で1年勤務し、年商100億円規模のカジュアルチェーンへ。2004年にディマンドワークス設立。ワンブランドで年商100億円を目指すファッション専門店の店頭在庫最適化のための人材育成を支援。22年4月、明治大学商学部特別招聘教授就任。著書に「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」「図解アパレルゲームチェンジャー」など。「『アパレルゲームチェンジャー』の第2章ではシーインのビジネスモデルを紹介していますが、非公開ながら、すでに『ザラ』のインディテックスグループに次ぐ、世界のアパレル専門店企業として第二の規模になったようです。ファッションは商品を確認してから購入する消費財ですが、“失敗してもいい?”低価格品になるほど、ECの購入ハードルは下がるもの。今後、リアルのH&Mとオンラインのシーインが世界でどんな競争を繰り広げるのか注目しています」