ファッション

「LV」「ディオール」など異例のパリコレを取材した2人が明かす現地の裏側

 2021年春夏シーズンのパリ・ファッション・ウイークが9月28〜10月6日に開催されました。フランスが渡航者に対して14日間の隔離や一部の国に対して入国制限を設けていることから、今季は来場者が大幅に減少。「WWDジャパン」「WWD Japan.com」も日本からの記者の渡航は見送ったため、現地でのパリコレ取材はベルリン在住の藪野淳「WWDジャパン」ヨーロッパ通信員とパリ在住のフリーライターの井上エリさんの2人に託しました。街の様子から来場者、現地取材したからこそ感じたことまで、2人がざっくばらんに対談形式で振り返ります。

フロントローの顔ぶれが激変

藪野淳「WWDジャパン」ヨーロッパ通信員(以下、藪野):なんとも奇妙なシーズンでしたね。いろんな理由がありますが、とにかく来場者が少なかった。アジア、アメリカからの渡航者が皆無なのは想定していましたが、イギリスやイタリアといったヨーロッパ隣国から来る常連組がいなかったのは意外で驚きました。フランス拠点以外の人で見かけたのは、イギリス版「ヴォーグ(VOGUE)」のファッション批評家アンダース・クリスチャン・マドセン(Anders Christian Madsen)くらい。イギリスのスージー・メンケス(Suzy Menkes)やサラ・ムーア(Sarah Mower)、ティム・ブランクス(Tim Blanks)らたくさんのアイコニックなジャーナリストが不在で、フロントローの顔ぶれは大きく違いました。

井上エリ(以下、井上):ドイツからは元「グラムール(GLAMOUR)」編集者でフリーに転身したヴェロニク・トリストラム(Veronique Tristram)をはじめ、数人見かけました。私はパリコレの前にミラノ・ファッション・ウイークにも参加しましたが、ミラノにはイギリスから訪れた業界人は結構いましたよ。雑誌「タンク(TANK)」の編集長キャロライン・イッサ(Caroline Issa)とミラノで話したときは「パリに行くから」と言っていたのですが、直前でキャンセルしたそうです。フランスの感染者数が増加しているため、パリから自国に戻ったら隔離が義務付けられていることが要因のようです。

藪野:ヨーロッパ在住の僕らにとって、日本のプレス担当者や業界関係者、そして世界から集まる友人に会える機会という意味でも年2回のパリコレは大事だから、顔を合わせられなかったのがとても残念。同時に、パリコレというのはこの業界に携わるさまざまな人にとってのコミュニケーションの場なのだと実感しました。

井上:良かった点といえば、ショーが遅れないからスケジュールが後ろ倒しにならず、渋滞も少なかったことぐらいでしょうか。アフターパーティーのようなイベントも開催されなかったため、夜も街中静かでした。予約必須のレストランも、人がまばらで閑古鳥が鳴いていましたし。例年なら、ファッション関係者でなくても街の誰もがパリコレシーズンだと気付くのに、今回はタクシーの運転手に「今パリコレやってるの!?」と驚かれました。

藪野:確かに通常ならショーはだいたい30分遅れるけれど、今回は遅れても15〜20分という感じで何度かヒヤッとしました。それに今回パリに来て、道路に自転車レーンが増えていることにびっくり!ロックダウン後にフランス政府が車線を減らして自転車レーンを設置しているみたいですが、もしもパリコレが元の規模に戻ったら例年以上の恐ろしい渋滞が発生しそうだなと怖くなりました(笑)。今季は大規模な合同展示会もかなり縮小しての開催で、ショーの来場者だけでなく世界中から集まった業界関係者は例年の5分の1以下ではないでしょうか。ホテルはガラガラでしたし、レストランやタクシーといった他業種にも大きな影響が出ているのではないかと。もちろん観光客がほぼいないというのも大きいですが。

井上:リアルからデジタルに切り替えたことで、ショーの裏方であるヘアスタイリストやメイクアップ、会場を設営する建築関係や清掃業者、ショー会場にいる警備員などさまざまな業種にも影響があったと思います。展示会場にはキレイな花が飾られていることが多かったのに、展示会自体が少なかったので花屋も出番が限られてしまいました。招待状に書かれたキレイな筆記体を見るのが好きなのに、今回はリアルな招待状も少なかったのでカリグラファーも暇を持て余してそうだなと考えちゃいました。もちろん、デジタルによって仕事が増えた業種もたくさんあるのだとは思いますが。

藪野:特にフランスにとって、ファッションは経済を支える大きな柱の一つです。パリコレというのはファッション業界だけのイベントではなく、経済を動かす重要な役割を果たしていることが分かりますね。

従来との違いは“親密さ”

井上:コレクション取材を8年間続けている藪野さんにとって、今季に感じたこれまでとの大きな違いは何でしたか?

藪野:“親密さ”というキーワードがまずは浮かびました。デザイナーやブランドの関係者が何度も口にしていた言葉でもあるのですが、僕自身、いつも以上にデザイナーと直接もしくはZoomで取材する機会がありました。ショー会場の規模も小さかったので、例年ならショー後のバックステージで何人ものジャーナリストがデザイナーを囲んで3分ほどコメントをもらうのですが、普段はなかなかアポイントメントが取れないデザイナーと話せたのは貴重な機会でしたね。あとは衛生基準に準じて招待枠や座席数は限られているものの「パコ ラバンヌ(PACO RABANNE)」が3回、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」が2回に分けてショーを行うなど、可能な限り多くの人にショーを見てもらおうという工夫もありました。

井上:リアルクローズを提案するブランドが多く、コレクションからも“親密さ”を強く感じました。「クロエ(CHLOE)」はパリジェンヌが街を行き交う日常の光景をショー会場で演出したり、「パコ ラバンヌ」のジュリアン・ドッセーナ(Julien Dossena)クリエイティブ・ディレクターはロックダウン中に恋しくなった、近所の通りを行き交うパリジェンヌの日常着から着想を得たと話していました。柔らかい素材やニュートラルなカラー、体を締め付けないシルエットなど安心感や快適さのある衣服で、優しい提案が多かったように思います。デザイナーが消費者の心に寄り添う“親密さ”がありましたし、日常がいかに貴重であるかを感じられました。

藪野:そうですね。今は皆、無意識に“安らぎ”や“優しさ”を求めているし、それに応えるようなクリエイションが圧倒的に多かったです。また、パリという街へのオマージュを示すブランドも多かったですね。井上さんが前途したブランドに加え、「アミ アレクサンドル マテュッシ(AMI ALEXANDRE MATTIUSSI)」はセーヌ川沿いをランウエイにしたり、プレゼンテーションを行った「ロンシャン(LONGCHAMP)」も“現代のパリジェンヌ”をテーマにしたりと、デザイナーが暮らすパリという街の日常を改めて見つめ直し、その魅力を表現してくれました。

井上:衛生面への配慮なのか、屋外を会場に選ぶブランドも多かったです。でもミラノに比べると会場入場時のチェックなどは甘かった。ミラノコレは入り口で風邪や熱の症状などを申告する書類のサインに加え、体温計測やマスク着用、消毒液の使用が必須でした。でもパリコレではマスク着用と消毒液くらいで、ショー会場で体温計測を求められたのは「ディオール(DIOR)」だけでした。

藪野:ソーシャル・ディスタンスに関しても、座席は区切られているものの長椅子の場合は真横に座ってくる人もいました。どこにでもルールを守らない人はいるんですよね……。1人用のイスの配置も十分に距離が確保されているのか微妙な会場もありました。逆に会場内を衛生担当のスタッフが見回りして、きちんと観客同士が距離を置いているかをチェックしているところは好感が持てましたね。もしも会期中に体調を崩したら取材を続けられないため、体調管理にはいつも以上に気を配り常に緊張感を持っていました。このような状況下での開催が続くのであれば、衛生面の徹底は今後も改善が必要かなと思います。

井上:今後の課題といえば、リアルとデジタルの両軸で開催されるファッション・ウイークについても多々見えてきたと思います。藪野さんはどのように感じましたか?

藪野:リアルなショーは今後も必要で、デジタルが取って代わることはできないと思います。ストーリーを伝えるという目的ではデジタルも適しているから、テクノロジーの進化によって今後さまざまな見せ方の可能性が広がっていくことには期待大。しかし、映像でいかにキレイに見えたとしても、リアルほど感情を掻き立てられたり、心が動かされたりすることはないと感じました。「リアルのショーはオペラやコンサートのようなもの。テレビでも確かにオペラは見られるが、生で見るのと同じではない」。これはシドニー・トレダノ(Sidney Toledano)LVMHファッショングループ会長兼最高経営責任者(CEO)の言葉ですが、まさにその通りだと思いますね。

「ルイ・ヴィトン」はやっぱりすごかった

井上:デジタル発表で印象的だったブランドはありますか?

藪野:「マリーン セル(MARINE SERRE)」がパリの映画館で上映会も開いたのは良かった。デジタルは、画面のサイズや音響設備、電波状況など視聴者の環境によって体験の質が大きく変わりますよね。「プラダ(PRADA)」と「ミュウミュウ(MIU MIU)」が主要都市で先行視聴会を開いたように、デジタルで発表しながらコミュニティーを体感できるローカルイベントを開くというのは今後広がるのではないかと思いました。そして、さすが!と感心したのは「ルイ・ ヴィトン」。不参加の一部ゲストには会場に座席を用意して、バーチャルではあるけれどそれぞれの視点でショーを見られるようにしていましたし、一般向けの配信では会場の緑の壁や椅子に映画「ベルリン・天使の詩」のシーズンを合成して全く異なる体験を用意していました。さらに、「ロエベ(LOEWE)」が大掛かりなキットをプレス向けに送り、ルックの等身大ポスターを壁に貼ってコレクションを見てもらうというアイデアもユニーク。“目”だけではなく“手”も使うというところでエモーショナルな体験を生み出していると感じました。井上さんはどうですか?

井上:リアルのショーの現場で来場者を観察し、座席の座り心地や会場に響き渡る音楽など、五感をフルに使うからこそ感じられるものがありますよね。そして、そこでしか得られない感覚を伝えたいという思いが原稿に向かう糧にもなります。個人的には、ジャーナリストの役割って何だろう?と自問しました。同じ瞬間に同じショーを見ていても個々に異なる視点を持ち、それぞれのフィルターを通して生まれる感情が違って、だからコレクション記事を読むのが好きです。今後もジャーナリストを続けていきたい私としては、記事を通して情報を届けるというよりも、感情と体験の共有を読者としたいと思いました。デジタルの場合は全ての人が全く同じ映像を視聴できるため、意見交換する場を設けることで一緒に楽しめるという感覚があるのが魅力です。

藪野:これまではリアルなショーやプレゼンテーションを行うのが“常識”というか“正解”という考えがファッション・ウイークにはありましたが、今シーズンを機に表現方法に対するより柔軟な考え方が広がったことはよかったです。もちろんリアルなショーの魅力は大きいですが、実際、今はやるべきタイミングではないとあきらめたブランドもありました。そこに正解・不正解はなく、それぞれの考え方があっていいし、それぞれにとって適した表現方法を模索していけばいいと思います。リアルでもデジタルでも、今後はいろんな表現方法が出てくることが楽しみですね。

井上:デジタルの成長は今後も確実でしょうし、ブランドにとってはリアルかデジタルの二者選択ではなく、両方での見せ方を考慮する必要があるということですね。ファッション・ウイークの在り方は変化し模索は続きますが、今後もファッションが持つポジティブなパワーで世界を明るい方向へと導いてほしいもの。先行き見えない現状ではありますが、来季はどんな発見があるのか早くも楽しみです!

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける

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アウトドア消費の現在地と未来 ブームは一過性か、それとも日常に定着するか

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