ファッション
連載 ギョーカイ人の社会科見学

個人の関心と会社の業務、社会課題をつなげるには? 編集長、業界外の挑戦者に直撃

 インクルージョン(包摂・包括性)やダイバーシティー(多様性)、サステナビリティなど、ファッション&ビューティ業界は今、他業種同様に社会的課題と直面している。ゆえに課題解決のヒントは、ほかの業界でも発見できるのではないか?そう考えた「WWD JAPAN.com」編集長のムラカミは、ギョーカイ人の社会科見学をスタート。他の業界の先駆的挑戦者の話を聞きながら、ファッション&ビューティ業界が向き合う課題解決のヒントを考える。

 初回は、Illustrator(イラストレーター)やPhotoshop(フォトショップ)など、ファッション&ビューティ業界にも欠かせないコンピューター・ソフトウエアを提供するアドビの日本法人で、日本オフィス唯一のコミュニティーマネージャーを務める武井史織さん。「利益ばかりを追求してはダメ」と考え、企業と社会の接点を創出すべく、デザインの力で地域活性を考えるワークショップ「Design Jimoto」などを開催している。「社会に良いコト」をCSR(企業の社会的責任)と捉え、これをビジネスと繋げるのに苦労している印象のファッション&ビューティ業界を思いながら、大崎のオフィスに向かった。

ムラカミ:今日はよろしくお願いします。早速ですが、武井さんは一体、何者なのでしょうか(笑)?

武井史織アドビ クリエイティブ・クラウド・コミュニティー・マネージャー兼ソーシャル・デザイナー(以下:武井):分かりにくいですよね(笑)。コミュニティー・マネージャーというのは、アメリカには以前から存在したポジションなんです。私たちアドビは、アイデアを形にする人たちに使って欲しいツールを提供しています。「すべての人に作る力を」と考え、フォトショやイラレ、最近ではAR(拡張現実)にまつわるサービスを手がけています。私の仕事は、想像力を育むクリエイティブ・コミュニティを創出するコト。コミュニティーって、イヤイヤ加入したり、勧誘したりするものではないですよね?私たちは大事に思う哲学を掲げ、共感してくれる人を渦に巻き込むことでビジネスを広げています。その渦を作り、大きくするのが私の役目です。アドビに入社したのは、2015年。まさに今のポジションが必要に迫られていた時でした。「企業の顔の見える化」が必要で、「体温を感じられる企業か否か?」がビジネスの成否を分けるようになるタイミングだったんです。イラレやフォトショップは、サブスクリプションのようなビジネス。ゆえにユーザーとの関係性を構築することが大事で、会社全体でそれをプライオリティに据えるよう努力し始めた時でした。

ムラカミ:「体温が感じられる企業」って、どういう意味でしょうか?

武井:「エモーションが動く企業かどうか?」ということです。企業活動って、冷たくなろうと思えば、いくらでもなれるんです。特にデジタル業界は、そうかもしれませんね。この仕事に就いて最初に考えたのは、「困ったユーザーが、誰かに相談してみようと思える会社か否か?」ということでした。ツールの使い方だけでなく、「うまく言えないけれど、ココに困っているんだ」と打ち明けられる人がいるかどうか?それが私の場合、「体温」という感覚なんです。

ムラカミ:「体温が感じられる企業」を目指して、地域活性などのソーシャル・グッドに取り組んだ、ということですか?

武井:自分のやりたいことと、会社の人間としてすべきことの“重なり”を、個々人が自分で作って、大きくすることができたらと考え、私は地域活性を選んだんです。まずは会社で同僚たちに「“重なり”を大きくする作業に取り組んでいいんだ」と思ってもらうことが大事でした。会社って「こうじゃないといけない」というルールを作り、そこに“当てに行く”作業をしてしまいがちですから。

ムラカミ:ソーシャル・グッドと会社のビジネス、そして自分の興味・関心が一本の線の上にあるカンジですね。特にファッションかな?ソーシャル・グッドをCSRとしか考えられない企業がモノすごく多いんです。「責任」だから、アクションがやりたい事と違って、ゆえに義務感を抱いている。だから自分もシンドいし、周りも“自分ごと化”できないから協力してくれない。結果、社会的意義があっても行き詰まってしまう。そんな企業が多いんです。

武井:会社は、社会に足りないものを補うために存在しているハズだから、基本はグッド・インテンションに基づいているんですけれどね。でも、いつからか主たる事業で当初のグッド・インテンションと逆のことをするようになってしまったから「CSRで許してください」というムードが芽生え、常習化してしまった感がありますね。素晴らしいCSRはたくさんありますが、それが主たる事業で実現できれば、社会にとっても、会社にとっても、社員のハートにとってもプラスなんです。デザイン業界も、社会的課題に直面しているんですよ。今は「エシカルデザイン」が叫ばれ、デザインは人々にどんな影響を与えるかを倫理的に考えながら生み出す必要があります。ダイバーシティーやサステナビリティに直面しているファッションやビューティ業界と同じですよ。

素晴らしい作品が世に出ない。 それでは社会が損している

ムラカミ:ビジネスにつながるソーシャル・グッドに地域活性を選んだのは、どうして?

武井:最初はクリエイター向けのイベントを数多く開き、インスピレーションが得られる「場」を作ろうとしたんです。アドビが2013年に始め、今では世界130都市にまで広がった「クリエイティヴ・ジャム(Creative Jam)」というイベントを日本でも始めました。当日発表するテーマに沿った表現を競い合う、クリエイティブ・セッション・イベントです。でも、クリエイターだけが集まるイベントじゃダメでした。実はクリエイティブ業界は長年“ヒエラルキー問題”を抱えていて、例えば若手にはプレゼンの機会がなかったり、いつの間にか上にディレクターが据えられちゃったりが日常茶飯事なんです。作ったものを責任持ってプレゼンするところまでが勝負の「クリエイティヴ・ジャム」は、そんな問題点を意識しながら企画しましたが、それでもなお、デザインの世界から長時間労働やクレジット問題(作品には著名クリエイターの名前しか付かず、莫大な時間と労力を割いた現場はなかなか報われない問題)はなくならない。イベントでは素晴らしい作品が数多く生まれているのに、大きな社会はおろか、デザインの世界の問題さえ解決できない。これでは、社会は損してる。そう考えて「デザイン・デモクラタイゼーション(Design Democratization)」、デザインの民主化が必要という考えにたどり着きました。

ムラカミ:強固なヒエラルキー、例えばドメスティック・ブランドのバッグを持ってきた女性にはコンテンポラリー・ブランドへの憧れを醸成し、コンテンポラリー・ブランドのファンにはラグジュアリーの世界を夢見させるというヒエラルキーを築くことで「欲望」を駆り立ててきたファッション業界に身を置く人間としては、身につまされるお話です(笑)。

武井:社会問題を解決しなければ、デザインは広がらない。そう考えて地域活性を選んだのは、地元は、それぞれに必ずあるからです(笑)。皆さん、壮大な問題は思い浮かばないかもしれないけれど、地元の課題は想像できるでしょう?私の仕事は、「すべての人に作る力を」という会社の哲学を広めること。だからアプローチ可能というか、近づいてもらえるくらいのプログラムを考えなくちゃならないんです。そこで「地元の課題を、デザインの力で」という取り組みを始めるに至りました。地元の課題を洗い出す段階からデザイナーを集め、地方行政を巻き込みながら、課題解決に向けたデザインに取り組む。ワークショップ「Design Jimoto」は、そんな一連のプロセスの体験の場なんです。

ムラカミ:具体的には、どんなことを?

武井:まずは地元のコミュニティーとともに、1カ月以上じっくり時間をかけて、課題を洗い出すんです。時間をかけるのは、自分たちの内側と向き合う時間を持てない限り、外の課題なんて解決できないから。このタイミングでは、私たちが敢えて問いを投げかけ、さらに考えてもらう作業も行います。こうして対話できる「場」を作るんです。「課題を洗い出す」って、ダメだったことを並べるだけじゃダメなんです。それでは何にも解決しなくて、時間ばかりが過ぎてしまう。「どうして、あんなコト言っちゃったんだろう?」みたいな場面にも遭遇します。だからこそ、私たちから問いを投げかけることが大事。それが、自分を整理するきっかけになるんです。こうして生まれる「場」は、実はプログラムよりも効果的。お互いがセラピストみたいな役割を果たしてくれますから。

ムラカミ:プログラムを手がける上で、意識するのは?

武井:肯定から始まるコミュニケーションをルール化しています。「Design Jimoto」は、多様性を受け入れるプログラム。間違っているアイデアは、存在しないんです。「正しいこと」とか「ルール」がありすぎる社会って、息苦しくないですか?「正しいこと」ではなく、哲学をベースに仲間づくりできたら、それが一番強いと思っています。

ムラカミ:そうやって、全国の公務員を対象に家族でフードロスを減らすアイデアを考えたり、群馬県前橋市の方々と地元のお土産について思いを巡らせたりしていますが、アドビは懐が深い会社ですね(笑)。御社のビジネスと直結している印象がありません。

武井:鋭いですね(笑)。私が、常に考えている問題です。おっしゃる通り、私が携わるコミュニティーの活動って、KPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)が決めづらいんです。私こそ「自分の活動の評価基準はなんなのか?」、日々模索しています。でも、それまでクリエイティブのプロに向けた企業というイメージが強かったアドビが、誰もが作る側に回ることができる過程を示すことができたのは、会社への貢献と自負しています。「Design Jimoto」を通じて、アドビが企業として、皆さんと関係性を構築できる可能性は無限に広がりました。課題でつながっている人たちにアドビの製品を使ってもらい、解決した時に寄り添えていたとしたら、とても嬉しいことです。

ムラカミ:ということは、「Design Jimoto」で、「じゃあ、実際デザインしてみよう!」という段階になったら、武井さんは、御社の営業を紹介するカンジですか?

武井:そうやっていきなり営業にバトンタッチされたら、どう思いますか?せっかく築いた関係性に違和感を生むことはしたくないんです。営業だって、オーガニックな関係性であるほど本質に近づけると思っていますから。

ムラカミ:となると、武井さんが営業しちゃう?

武井:幸い、「Design Jimoto」には同志が多いので、最初から弊社の営業もプログラムに参画してくれることが多いんです。

ムラカミ:今後の目標は?やっぱり「Design Jimoto」をもっともっと広げたい?

武井:そうですね。去年から、「Design Jimoto」のプロセスをガイドライン化しています。そうすると過去の「Design Jimoto」で私たちの哲学に共感してくれた参加者が、自主的にコミュニティ・エバンジェリスト(伝道師)となり、同じことを全国展開してくれるので、もっともっと広がると思います。最終的には、仕事にする・しないは自由だと思いますが、「作る」って楽しくて、社会課題を解決するデザインも楽しいと感じてもらえると嬉しいですね。そんな人が増えれば増えるほど、日本は優しくなるでしょうから。今はその夢に向かいながら、会社にとってプラスになることを考えつつ、健やかに生きることを意識しています。それが、クリエイティブの一番の秘訣だと思うので。

ムラカミ:とてもパワフルでいらっしゃいますが、秘密は?

武井:毎朝、詩を音読しています。好きな詩を選んで、自分の“ある姿”に向き合うんです。数行の文字には、計り知れないパワーがあります。絵本も、最強の“愛情の塊”ですよね。それを体内に入れようと思っているんです。

ーー連載では毎回最後に、取材相手からファッション&ビューティ業界はどう見えているかを聞いてみる。外からの客観的な意見は、ファッション&ビューティ業界が前に進むための糧になるだろう。

ムラカミ:武井さんには、ファッション&ビューティ業界はどう見えていますか?

武井:私たちの業界同様、クリエイターは哲学的に思考して商品を作っているような気がします。でも周囲はその商品を、「発信力のある人が使ってくれた」みたいな視点でプロモートしたり、その機会ばかりを探している印象です。商品は素晴らしい志のもとで誕生しているのに、その志は伝わらない。とてもツラそうに見えますね。

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