PROFILE: 安部真理子 / 「シャランポア」「アドリン ヒュー」「ヴァレー オブ ムーンフラワー」デザイナー

ジュエリーブランド「シャランポア(SHARAMPOI)」や「アドリン ヒュー(ADLIN HUE)」を手掛ける安部真理子が新たにファッションブランド「ヴァレー オブ ムーンフラワー(VALLEY OF MOON FLOWER)以下、ムーンフラワー」をスタートした。きっかけは、彼女がジュエリー制作のために訪れるインド・ジャイプールで交流を続けているプリティ・ブガリアとの出会いだ。ブガリアは、繊維くずをアップサイクルしたペーパープロダクト「クラフトボート(CRAFT BOAT)」を主催する他、欧米向けに天然素材を用いたウエアなどのOEM生産を行っている。モノづくりやビジネスについて意気投合し、今までもジュエリーボックスなどを一緒に作ってきたが、「何か新しいことができないか」と2人で「ムーンフラワー」を立ち上げた。安部にとって、インドの工場や職人は大切なビジネスパートナーだ。彼女に「ムーンフラワー」に込めた思いやインドでモノづくりをする理由について聞いた。
自分の好きを突き詰めたクリエイション
安部が「ムーンフラワー」で目指したのは、既存の洋服ブランドにはない、自分自身が欲しいと思える服だった。彼女は、「オーガンジーやシルクが好きだが、日常的な価格帯のブランドで使用されるのは化繊素材が多い。かといって、高価でエレガントなシルクのブラウスが欲しいわけでもない。自分が欲しいと思っても、なかなか見つからないものを作りたかった」と話す。素材にはシルクやコットンなど上質な天然素材を使い、インドの伝統技であるブロックプリントや刺しゅうを施した。プリントも刺しゅうも全て手仕事だ。刺しゅうのモチーフにはインドで聖なるものとされている牛やヤシの木を採用するなど、遊び心のあるオリジナリティを盛り込んだ。安部が「ムーンフラワー」で表現したかったのは、“日常で楽しむラグジュアリー”だ。彼女は、「日本はドレスアップする機会が少ないが、私はキラキラしたものが好き。普段着として着ることのできるカジュアルだけど、上質の天然を使用した煌びやかなウエアだ」と話す。ラインアップはジャケットやパンツ、タンクドレスなど、ラウンジウエアのようなリラックスしたアイテム。「シャランポア」の顧客に着てほしいという思いもあるが、自分の“好き”がクリエイションの出発点。それは、安部がジュエリーでも貫いてきた姿勢だ。
文化の記憶としてのクラフトの継承
安部が「ムーンフラワー」を立ち上げたのは、ブロックプリントや刺しゅうを単なる装飾ではなく、文化的な記憶と捉え、残していくのが目的だ。安部は、「手仕事は、職人のアイデンティティの表現であり生計の手段でもある。その技術と文化を守る必要がある」と語る。インドの手仕事は安価であるというイメージがある中で、安価なクラフトとして消費するのではなく、手仕事の価値を見直して現地の女性の仕事につなげる必要がある。生産を行うブガリアの工場には刺しゅう部門はなかった。だが、外注に出すと目標の上代設定ができない。そこで、ブガリアは刺しゅうができる女性を集めて自社に刺しゅう部門を立ち上げた。インドには、学校で刺しゅうを学んでも、それを仕事にできない女性がいる。安部は、「インドでは、生産工程を内製化することが多い。人を育て、工夫しながらコストを抑えつつクオリティを維持できる。手仕事だから高価になるという単純な話ではない。工夫を重ねて『いいものを、妥当な価格で届ける』ことが大切。ブガリアと組んだのは、それを理解してくれるからだ」と話す。「ムーンフラワー」の設立を機にブガリアの工場には新しい部門ができ、新たな雇用を生んでいる。
インドの職人と作る手仕事の価値
ジュエリーでもウエアでも、安部のクリエイションを語る上で欠かせないのが、インドとの関係だ。インドの職人とのものづくりにこだわる理由は、生産コストが安いからではない。安部は、「いいものを作りたいという思いは、私も職人も同じ。職人に敬意を示せば、きちんと応えてくれるインド人とのビジネスが好き」と話す。インドの職人との仕事では、会話の中から新しいアイデアが生まれることも多い。ジュエリーの制作で、スライスダイヤモンドを探していると伝えれば、ローズカットダイヤモンドを提案してくるなど、職人自身の経験やセンスがクリエイションに加わり、より良いものや新しいものが生まれる。「日本の工場は、100を投資したら100が返ってくる。でもインドは、工場や職人といい関係性が築ければ、100投資したらその2倍、場合によっては5倍になって返ってくることもある」と話す。
古いものを未来につなぐクリエイション
ジュエリーブランドの「シャランポア」では、インドの伝統的なポルキダイヤモンドや日本の甲府の細工などを組み合わせたジュエリーを提案。「アドリン ヒュー」では、デッドストックの石や廃棄される予定だったパール、割れた九谷焼、さらには災害で大量に出たアワビの殻など、通常なら捨てられてしまう素材に光を当て、ジュエリーとして新たな価値を生み出している。古いものを生かし未来につなげるのが、安部のクリエイションだ。「世の中、モノで溢れている。既にあるモノを使ってデザインだけではない価値を作りたい」と安部。伝統工芸についても、単に“残す”ことが目的ではない。職人の生計が成り立たなければ、技術は続かないからだ。「伝統工芸だから取り入れるのではなく、どうすれば残るかということを考えるのが大切。職人側は、消費者が欲しいものは何か考えるべきだし、協業する側は、職人の立場を考えて工夫をすることも必要」と言う。彼女が考えるクラフトの未来は、過去の形をそのまま維持するのではなく、現代の生活に合うものへ変化させることだ。
モノづくりの価値を高め、分かち合い、次の世代に繋ぐ
安部のインドでの活動は、モノづくりだけにとどまらない。インドの人々と何が必要か話し合いながら、学校への寄付を続けている。寄付金が確実に改善に反映されるよう、自身のネットワークを使って学校の壁の修繕やトイレの設置など一つずつプロジェクトを進めている。今後は、インドに図書館を建設するチャリティープロジェクトも計画している。「利益が増えるのはいいことだが、それが目的ではない。インドの女性や職人に仕事を与え、クラフトの価値を高めることができれば満足」と微笑む。ジュエリーもウエアも、単なる商品ではない。安部が好きだと思うものを作り、消費者に喜んでもらうのはもちろん、職人や地域とその価値を分かち合う。その積み重ねが、クラフトを次の世代につなげる力になっている。