
僧侶、メイクアップアーティストとして世界を舞台に活動する西村宏堂が、初の個展「Cells - 細胞 -」を伊勢丹新宿店 本館6階 催物場で開催した。本展では、「Cells(細胞)」「蓮の花」「月」「魚」「パズル」の5つのセクションに分け、約150点のアート作品を展示。同性愛者として葛藤してきた経験や、そこで支えとなった仏教の教えをもとに、それぞれの作品にメッセージを込めた。
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父や祖父の袈裟、母の友人から譲り受けた振袖をアップサイクルした衣装に身を包んだ西村は、本展のテーマ「Cells - 細胞 -」について次のように語る。「私は自分が同性愛者であり、メイクアップアーティストであることに自信を持っていたのですが、あるとき九州のお寺にお手伝いに行った際、そこの奥さまに『同性愛はホルモンの異常だ』と言われ、怒りを覚えました。でもその人は、『女性だから』という理由で大学に行けない、ボランティアなどの社会活動を制限されるなど、つらい経験をしてきたというのです。一方で私はアメリカの大学で学び、メイクをして、お坊さんの修行にも行くことができました。その人に言われた一言にはとても苛立ちましたが、大切なことは、みんなが平等に機会を得ることができる、という社会の価値観に変えていくことだと思うようになりました」。
「みんなのことを思いやってこそ、自分も幸せになれる。そんな思いやりの気持ちを忘れないために描いたのが、ここに展示している作品です。私の色や形が違うからこそ、誰かの足りないところを埋めてあげられるかもしれないし、また自分の足りないところも補ってもらえるかもしれない。『嫌なことを言われても、その人の心の奥には、人には言えないつらい思いがあるのかもしれない』。私の絵を見た人がそんなことを考えられるように、人と人がつながっていることを表現しました」。
「縁起」の教えから考える、人とのつながり
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本展のテーマである「Cells(細胞)」は、一つ一つは異なる存在でありながら、互いにつながっていることから着想を得た。それは、すべてのものがさまざまな原因や条件によって生じ、関係し合って存在するという仏教の「縁起」という教えにも通ずる。
「仏教を学ぶ中で、人間には誰しも善い心があるという考え方に出合いました。それでも、『なぜ意地悪なことを言うのだろう』と思うことはあります。でも『縁起』のように、その言葉の裏にある因果関係を考えていくことで、自分が“被害者である”という感覚から少し離れ、わだかまりを乗り越えられることがあります」。
西村が仏教の教えの中で出合ったという、「無知による砂嵐は、知恵の雨によって止む」という言葉も、その考えにつながる。「自分には見えていなかったものも、知ることで怒りが収まることがあります。そうした仏教の考え方を伝えることで、人との関わりをより良くするきっかけにしてもらえたらと思います」。
「自分の色で輝いていい」
蓮の花に込めた仏教の多様性
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「蓮の花」シリーズは、西村が仏教から学んだ多様性の考え方をもとに制作した。かつて西村は、「同性愛者で、おしゃれをしている自分が僧侶であることで、仏教のイメージを悪くしてしまうのではないか」と悩んでいたという。そんなとき、ある僧侶の師匠から教えられたのが、お経に出てくる極楽浄土に咲く蓮の花についての話だった。
「極楽に咲く蓮は、黄色や青、赤、白と、それぞれの色で輝いている。それは私たちも同じように、自分の色で輝いていいという仏教の多様性のメッセージだと教えていただきました」。“普通”や“調和”が重んじられる社会でも、自分の色で輝き、自分なりの幸せを楽しんでいい。そんな思いから色とりどりの蓮を描いたという。
誰もが平等に救われる
宗歌「月かげ」の教え

「月」のセクションは、西村が僧侶の修行中に出合った浄土宗の宗歌「月かげ」に着想。「『月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ』という歌です。月の光がみんなを平等に照らすように、遊女や罪人も平等に救われるという教えがあります」。
当時の西村は、同性愛者であることを理由に「ほかの人のようには活躍できないのではないか」と心を閉ざしていたという。しかし、この歌との出合いを通して、「人としての価値は変わらない」とあらためて感じることができた。「ほかの人と自分を比べてしまうときは、月を見て、『自分も照らせれている』と自分自身を励ましてもらえたらと思っています」。
仏教に学ぶ「問題解決の方程式」
仏教が教えを説く一方で、現代美術は見る人それぞれに解釈を委ねることも多い。西村は、両者についてこう考える。「仏教は答えを教えてくれるものというより、“問題解決の方程式”を教えてくれるものだと思うんです。今の自分には見えていないこと、人と人がつながっていること、人間は常に苦しみと向き合っていること。そうしたことを教えてくれる。それを自分の人生に当てはめて、考えるきっかけにしてくれるものだと思います」。

僧侶、メイクアップアーティストを経て、現代美術家として新たなキャリアに踏み切った西村が、アートを通して目指すものは何なのか?「絵を描くときは、『どうしたらアートで人の気持ちを明るくできるだろう』『どうしたらみんなを励ませるだろう』と考えています。仏教は質素なものと捉えることが多いですが、メッセージを伝えるためには見た目の美しさも大切です。観音様も、ずたぼろの服を着ていたら、人々は見向きもしてくれないかもしれません。“美しくあって、ほかの人を励ます”。それも仏教における、人々を救うための1つの手段だったのかもしれません」。
「美しさ」をどう捉えるか

僧侶として執着を手放すことを学ぶ一方、メイクアップアーティストとして美を追求してきた西村。では「美」についてどう捉えるか。「自分が美しくいないといけない、完璧でなければいけない思う執着は、自分を苦しめてしまうので注意が必要です。だけれど自分のことを美しいと思えて、自信を持てることによって、胸を張って意見が言えるようになったり、美しさをツールとしてメッセージを届けられるのであれば悪いことではないと思います。自分にとって毒になるのか、人々に良い影響を届ける手段になるのか。捉え方が大事なのだと思います」。

最後に、本展の根底にある「人とのつながり」について、西村はこう話す。「ささくれが1つあるだけでも、体全体がこわばることがありますよね。それと同じように、見たくないものを無視し続けることは難しいと思うんです。い思いをしている人がいると、全体に影響を及ぼすことがある。みんなが幸せであることは、自分の幸せでもあります。そして、自分が幸せでなければ、ほかの人に思いやりを向けることもできない。パズルや細胞のように、私たちはみんなつながっています。みんなで幸せになるということが、これから目指すべきことなのではないかと思います」。

PHOTOS:KAZUSHI TOYOTA