「エルメス(HERMES)」は、2026年の年間テーマに「冒険の呼び声(L’appel du large)」を掲げる。1987年から毎年設けている年間テーマは、メゾンのクリエイションの指針となるものだ。例えば、今年3月にパリで発表した26-27年秋冬ウィメンズ・コレクションでは、月夜に照らされた山道を思わせる会場を舞台に、未知なる冒険へ踏み出す女性像を描いた。ルックに登場した、空へと向かうまなざしを表現したモチーフをはじめ、メゾンを象徴する“カレ”(シルクスカーフ)にも反映している。この他、レザー製品やメイクアップ、店舗のウインドーディスプレーなど、あらゆるクリエイションは年間テーマを軸に展開する。
その年間テーマを体感する場として、「エルメス」は国内外のメディアを招いたプレストリップを開催した。参加者に事前に知らされていたのは、迎車の時間のみ。目的地もスケジュールも伏せられたまま旅が始まり、「冒険の呼び声」が掲げる未知への一歩を自ら体験する構成となっていた。迎車に乗り込み、パリ・シャルル・ド・ゴール空港に到着して初めて、旅の行き先がフランス南西部トゥールーズであることが明かされた。
インド古典舞踊を鑑賞
先入観を取り払い、未知と遭遇
現地に到着後、最初に向かったのは劇場だった。鑑賞したのは、フランス人演出家オーレリアン・ボリー(Aurelien Bory)が手掛け、インド古典舞踊家のシャンタラ・シヴァリンガッパ(Shantala Shivalingappa)が踊る作品「aSH」。高さ約10mの紙幕を舞台装置に、床に灰で文様を描きながら、南インドの古典舞踊クチプディをベースにしたパフォーマンスが繰り広げられた。紙幕は風を受けて呼吸するように揺れ、生演奏に合わせて舞う動きと呼応する。最後は灰が舞い上がり、劇場全体を幻想的な空間へと変えた。プログラムを知らされないまま作品と向き合う体験は、先入観を取り払い、未知との出合いを通して感覚を開くという「冒険の呼び声」を体現するものだった。
劇場を後にすると、車は満開のひまわり畑が広がる田園風景の中を約1時間走り、世界遺産のミディ運河沿いの宿泊施設ラ・ボンヌ・プランク(La Bonne Planque)へ。夕暮れの水辺を望む会場でディナーが始まった。料理を手掛けたのは、フランス料理界を代表するシェフ、ミシェル・ブラス(Michel Bras)と、彼のもとで修業を積んでトゥールーズ近郊のレストラン、アン・プレン・ナチュール(En Pleine Nature)を率いるシルヴァン・ジョフル(Sylvain Joffre)。ブラスは、フランス南部ラギオールのレストラン、ル・シュケ(Le Suquet)をミシュラン三つ星へと導いた世界的なシェフで、自然や季節の移ろいを生かした料理で知られる。その哲学を受け継いだジョフルもミシュラン一つ星を獲得し、南西フランスの風土や旬の食材を生かした料理を提供している。
「近く」「遠く」「ここ」
3章立てのディナー
二人が手掛けた特別コースは、近く(D’a cote)・遠く(De la-bas)・ここ(D’ici)の3章立て。この日に収穫した野菜をさまざまな調理法で仕立てた前菜に始まり、ラギオール産チーズの生地で包んだヒラメのメイン、アプリコットとアーモンドを合わせたデザートへと続き、土地の食材と季節を感じさせる内容だった。ディナー中は、トゥールーズを拠点に活動するジャズ・マヌーシュのトリオ、ザ・ジャズ・ビクラヴァーズ(The Jazz Bicravers)の生演奏と、ポルトガルを代表するファド歌手カルミーニョ(Carminho)の歌声が、水辺の穏やかな景色とともに特別な一夜を演出した。
動くボートの上でのスピーチというシュールな演出で、ピエール=アレクシィ・デュマ(Pierre-Alexis Dumas)=エルメス アーティスティック・ディレクターはこのように語った。「『冒険の呼び声』とは、山を越え、地平線の向こうへ向かうこと。まだ知らない人々と出会い、未知の領域へ心を開き、新しい感覚を探求し、学び、理解することだ」。そして、夜の航海で船乗りを導く“星”の話を交えながら、「私たちが知っていること、あるいは知っていると思っていることを越え、その星を見つけることが、夢や希望を抱き、人生の美しさを祝い続ける力になる」と年間テーマに込めた思いを説明した。
情報があふれ、AIが瞬時に答えを提示する現代だからこそ、「エルメス」が掲げる「冒険の呼び声」は、予測不可能な体験の中にこそ、新たな発見や創造が生まれることを示す。この年間テーマは上述の通り、店舗空間やイベントなど、ブランドが提供する体験を通して一年をかけて表現される。今年下半期、「冒険の呼び声」がどのような広がりを見せるのか、引き続き注目したい。