
2025-26年秋冬からスタートした、山岡寛泳デザイナーによるファッションブランド「カネイ(KANEI)」は、「旅人のコンパスとなる服」をコンセプトに掲げ、自身が旅をする中で得た感覚をインスピレーション源に、日本の伝統文化を織り交ぜながらコレクションを展開する。
そんな「カネイ」27年春夏コレクションのテーマは“クワイエット モーニング レイク(Quiet Morning Lake)”。早朝の湖を着想源に、静けさと生命感が同居する世界観を表現したという。7月26日まで開催中の展示会で、山岡デザイナーに話を聞いた。
PROFILE: 山岡寛泳/「カネイ」「泳泳」デザイナー

“スーツを着た幼稚園児”が
鯉のぼりブランドを立ち上げるまで
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WWD:2017年、14歳で東京大学の異彩発掘プロジェクト「ROCKET」に選出された。どんな幼少期だったのか?
山岡寛泳「カネイ」デザイナー(以下、山岡):幼稚園から帰るとスーツに着替え、リサイクルショップで古着を買い漁ったり、大仏の絵を描き続けたりしているような、少し変わった子どもでした。その後も日本ではあまり流通していない植物や野菜の種を買って栽培したり、絵を描いたり、写真を撮ったりなど、多趣味だったと思います。そんな自身の活動をプレゼンし、14歳で東京大学の異才発見プロジェクト「ロケット」に選出していただきました。プロジェクトではインドや北海道など国内外を巡り、地域の伝統や文化を学んだほか、東京大学で講義を受けたりなど、さまざまな経験をさせていただきました。
WWD:16歳で鯉のぼりブランド「泳泳(EIEI)」を立ち上げた。
山岡:元々鯉のぼりが好きだったのですが、小学生のときにたまたま見た、岐阜県で400年以上の歴史を持つ渡辺染物店が郡上本染という手法で作った鯉のぼりに衝撃を受け、自分でも作ってみたいと思うようになりました。
鯉のぼりを作り始めたのは、小学4年生の夏休み。最初は手染め、手縫いで鯉のぼりを作り始めましたが、作り続ける中で「もっと本格的にやりたい」と思うようになり、京都の西田染工という染色工場に直談判し協力してもらえることになったんです。西田染工では手捺染(てなっせん)という手法を使っていて、50メートルほどの大きな生地も染められます。
そうして工場の人に色々教わったり、東大の先生にサポートしてもらいながら、ブランド「泳泳」を立ち上げました。ブランド名「泳泳」は、子どもでも言いやすく、覚えやすい名前を意識しました。
コンセプトは「旅人のコンパス」
ブランド「カネイ」を立ち上げ
WWD:そこからファッションに興味を持った経緯とは?
山岡:実は後から知ったのですが、鯉のぼり製作でお世話になっている西田染工では、アパレルブランドの染色を多く手掛けていたんです。「どのように服ができているのか」「こんなブランドもあるのか」と色々なことを教えてもらいました。僕が好きな「ミナペルホネン(MINA PERHONE)」のこともそのときに知りました。
衣服は鯉のぼりよりももっと人々の生活に近く、何かを伝えるにはぴったりだと思いました。そうして高校在学中から服作りに興味を持つようになったのですが、さすがに独学だと難しいと思い、「ミナペルホネン」の皆川明デザイナーが通っていたことから文化服装学院に進学しました。
在学中には、ずっと憧れていたポール・スミス(Paul Smith)に自分の鯉のぼりをプレゼントすることができたり、「ミナペルホネン」でインターンをすることもできました。そして東京都が主催するファッションコンクール「Next Fashion Designer of Tokyo 2024」に応募し、受賞したことがきっかけで、卒業後にブランド「カネイ」を立ち上げることができました。応募したのは3体の刺子のコレクション。あえて伝統的ではない図柄を描き、刺子に見せないよう工夫しました。
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WWD:「カネイ」のコンセプトとは?

山岡:僕自身が旅が好きなので、旅に重きを置いているブランド。「旅人のコンパス」をコンセプトに、着用する人が人生を旅する中で、道に迷わない指針になるような服を作りたいと思っています。技術的な部分で大切にしているのは、伝統的に伝わるクラフツマンシップ。昔からものづくりが好きなので、伝統技術を取り入れた表現を大切にしています。
今後の目標について「海外顧客の割合を増やしていくこと。そして少し遠い未来ですが、店舗を持つこと」と山岡デザイナー。再来年で10周年となる「泳泳」、昨年ローンチした「カネイ」とともに、デザイナーとしての歩みを着実に進める。