ファッション

生に挑み続ける現代美術家クリスチャン・ボルタンスキーの死者と魂の物語

 フランスのアーティスト、クリスチャン・ボルタンスキー(Christian Boltanski)の展覧会が東京都内の2カ所で開催されています。国立新美術館では9月2日まで回顧展「クリスチャン・ボルタンスキー Lifetime」を、エスパス ルイ・ヴィトン東京(以下、エスパス ルイ・ヴィトン)では彼の2つの作品「アニミタス(ANIMITAS)Ⅱ」の展示を11月17日まで行っています。

 ボルタンスキーは現在、世界のアーティストの中で最も影響力を持つ一人で、最も知られている代表作は写真とフレームと照明で構成した「モニュメント」シリーズです。私はコンテンポラリーアートにはうとく、ボルタンスキーの作品に触れるのは初めてのことでした。回顧展には初日朝から老若男女が来場しており、私もその中に交ざって展示を見ることにしました。その同じ日の午後に、エスパス ルイ・ヴィトンでボルタンスキーのトークショーを取材することになっていたからです。

 予習のつもりでとにかく見てみようと来場したのですが、最初のビデオ作品「咳をする男」と「なめる男」を見てビビりました。延々と苦しそうに咳き込みながら血を吐く男と、等身大の人形をぺろぺろと舐める男の映像は、初心の私にとっては衝撃が強すぎたかもしれません。暗闇の展示室を進むと、天井に影絵のようなものが描かれていたり、心臓音が流れていたり、一面に古着が掛けられていたりと、私にとっては不思議な世界が広がっていました。日本語の“来世”の2文字を電球で描いたものもあり、私は頭の中に大きなクエスチョンマークを浮かべたまま会場を後にしました。

視覚、聴覚、嗅覚に訴えかける
インスタレーション

 エスパス ルイ・ヴィトンのトークショーでは、ボルタンスキーとドイツ人の美術評論家のハインツ・ぺーター・シュヴェルフェル(Heinz Peter Schwerfel)が登壇し、2つの展示作品「アニミタス(ささやきの森)」「アニミタス(死せる母たち)」をはじめ、アートやクリエイションについて語り合いました。

 これら2つの映像作品は、死者を祭る路傍の小さな祭壇へのオマージュとして日本の豊島(ささやきの森)とイスラエルの死海のほとり(死せる母たち)に設置されたインスタレーションの再現で、それぞれ大地に刺した細い棒の先に付けた300個の日本の風鈴が揺れるさまを日の出から日没までワンカットで連続撮影しています。

 これらの作品についてシュヴェルフェルが「作品で残るものは何か?時間と重ね合わせている意味とは?」と問うと、ボルタンスキーは「作品が置き去りにされるような場所をあえて選んだ。見た人の中に作品の跡、思い出が残ることを意図している。意思を持って消えるアートだ。一方で、豊島は小鳥のさえずりが聞こえる幸せな作品で現存していて広がっている」と答えました。他の場所での展示は、風や嵐によって破壊されているそうです。ボルタンスキーは、「『アニミタス』のライトモチーフは個人と集団。風鈴を生まれた星座のように置き、集団で祭壇を作るイメージだ」と続けます。彼がこのような空間と時間によって変化するアートを制作するのは、「作品の前ではなく中に入れるから。異なる要素を組み合わせたインスタレーションの方が長い時間いられる」のだそうです。

 エスパス ルイ・ヴィトンのインスタレーションは、東京の街を背景に豊島とイスラエルの死海の2つの映像が風鈴の音と共に流れ、床に敷き詰められた草花の絨毯が香り立つ、まさに視覚、聴覚、嗅覚に訴えかけるものです。その日の朝の展示を見てビビった私でしたが、このようなポエティックな作品もあるのだとホッとしたと同時に、コンテンポラリーアートの奥深さに触れた気がしました。

アートが巡礼地になるという神話を作りたい

 ボルタンスキーは国立新美術館の回顧展で展示されている作品についても言及しました。「心臓音」に関しては、「新しい神話が作りたかった。心臓音のアーカイブを作ったのは、人々がそれを作ったアーティストの名を忘れ、亡くなった大切な人の心臓音を聞きに来るような新しい巡礼地にしたいと思ったから」と話しています。

 そんな彼が最近究極の作品を作ったといいます。その作品とはアトリエでの彼の生活をカメラで撮影し続け、彼が死亡すると止まるというもの。「私が生きている間はずっと何万というデータが送られるようになっている。オーストラリア・タスマニア州のコレクターが購入した。彼とは私が10年後に死ぬという賭けをしている。アートにもユーモアは必要。彼を破産させるつもりだよ」といたずらっぽく話しました。自分の生活を記録したアートを作るアーティストもいれば、それを購入するコレクターもいるのだと、このことでもコンテンポラリーアートの多様性に驚かされました。彼は、「死は重要ではない。それは伝承であり続いていくことだから。アーティストにとって素晴らしいことは、物理的に離れていても、そして死後も人々の感情を掻き立てられるということだ」と言います。

 トークショーの話を聞くにつれ、私の頭の中のクエスチョンマークは徐々に消えていきました。アートはアーティストの人生の投影であり、強いメッセージが込められているもの。死や追悼、記憶といった哲学的な意味が込められたアートは一見難解ですが、第一印象で「理解できない」と退けてしまうと発見も感動もありません。ボルタンスキーのアートに込められた思いに触れることができたのは私にとって有意義な体験で、コンテンポラリーアートの扉が開いたような気になりました。

■CHRISTIAN BOLTANSKI ANIMITAS Ⅱ SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION
日程:6月13日~11月17日
場所:エスパス ルイ・ヴィトン東京
住所:東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル7階
時間:12:00-20:00
入場料:無料

■クリスチャン・ボルタンスキー Lifetime
日程:6月12日~9月2日
場所:国立新美術館
住所:東京都港区六本木7-22-2 企画展示室2E
時間:10:00-18:00
休館日:毎週火曜日
入場料(税込):当日 一般1600円、大学生1200円、高校生800円 / 前売 / 団体 一般1400円、大学生1000円、高校生600円

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