ファッション

“ディスリスペクト”することから新しいモノを生み出す ピーター・リンドバーグ × アレクサンドル・ドゥ・ベタック対談

 日本の伝統文化に刺激を受けた世界的アーティストらが着物を新しく解釈した「キモノロボット」展が12月1~10日の会期で、表参道ヒルズ本館・スペースオーで開催された。会場には国宝級の着物13点が展示された。また、2年の歳月を掛けて復元された重要文化財の束熨斗文様(たばねのしもんよう)振袖をロボットが着用し、伝統とテクノロジーの融合を表現していた。1000以上のファッションショーをプロデュースしてきたアレクサンドル・ドゥ・ベタックが会場演出を手掛けた他、会場音楽をビョークが担当。会場の壁一面には世界的に有名な写真家ピーター・リンドバーグや土井浩一郎らが独自の解釈で着物を撮影した作品が映し出された。同展開催にあわせて来日したリンドバーグとドゥ・ベタックに、“伝統とテクノロジーの融合”の意図や、長年のキャリアを通じてファッション業界をどう見ているのかを聞いた。

WWDジャパン(以下、WWD):「キモノロボット」展に参加した理由は?

アレクサンドル・ドゥ・ベタック(以下、ドゥ・ベタック):とても丁寧に頼んでくれたからかな(笑)。個人的には日本が大好きで、仕事を始めた当初は日本で働いていたこともあるし、10代の頃から何度も日本に来ている。今も何かしら理由をつけては日本に来ているよ。素晴らしい職人の技で作られた着物や、江戸時代からの着物がテーマだと聞いて、私が最初にすべきことは着物や伝統についてリスペクトしつつも、モダナイズ(現代風にする)ことだと思った。そこで最初に浮かんだのがピーターの写真だった。

ピーター・リンドバーグ(以下、リンドバーグ):私が参加した理由は2つ。1つは報酬が支払われたから(笑)、もう1つは、着物という歴史が詰まったクラシックなモノを好き勝手にできたからだ。これは私がいつも使う手法だが、クチュールを撮る時も、ヴェルサイユ宮殿ではなく、サッカーチームのロッカールームとかで撮影する。伝統が持つ要素と現代が持つ要素のコントラストに焦点を当て、ごちゃ混ぜにする。しかも全て即興で撮る。今回も、通常は着物と合わない、ごつくて古いブーツを履かせることは事前に決めたけど、その他は即興だった。

WWD:このプロジェクトを通してお互いどんな刺激を受けた?

ドゥ・ベタック:どのプロジェクトでもそうだけど、私もピーターと同じでコントラストを出したいんだ。だからピーターは着物を着たモデルにごついブーツを履かせて通常は着物の撮影で使わないロケーションを選んだ。私は職人が伝統的な場所で着物を作っている写真を見て、「逆のことをやろう」と思った。その時にパッと思いついたのが“ロボット”と“未来っぽい感じ”だった。私は即座に着物をロボットに着せたり、空間を未来的にするアイディアと、現代ファッションの世界と着物を融合させることでコントラストを表現することを思い付いた。

WWD:“国宝級の着物”から何を感じた?

リンドバーグ:実はあまり感じなかった。というのも、“コントラストを出す”ということは、ある意味その伝統を“ディスリスペクトする”ということになるからだ。今回は着物の持つ価値やクラシックな要素を一旦忘れることから始めなければいけない。全く異なるものを交ぜるには“ディスリスペクト”が必要だ。着物をリスペクトしてしまったら、ダイナミックな動きができず、コントラストは出ない。だから、大いに敬意を示して“ディスリスペクト”しなければいけない。

ドゥ・ベタック:伝統的なモノが生きながらえるには、関心を持ってもらえるように変化しならなければいけない。つまり、あまり言いたくないけれど、現代では“SNS映え”しなければいけない。そのために、ピーターやビョークに参加してもらった。さらに、ロボットに着物を着せることでさまざまな解釈ができるからこそ、感動を与えられる。

リンドバーグ:私にとって“ディスリスペクト”は誉め言葉。大昔から存続しているこの着物に誰も触れないことは、ある意味では“リスペクト”だと言えるだろう。しかし、“ディスリスペクト”しなければ、この着物はずっとこれからもこのままだ。だから“ディスリスペクト”はポジティブな意味合いで使っている。

ドゥ・ベタック:彼はずっと私のことを“ディスリスペクト”してるよ(笑)。だから彼のことが大好きなんだ。

ファッションはビジネスか?

WWD:ドゥ・ベタック氏はこれまでいくつのショーをプロデュースした?

ドゥ・ベタック:1050くらいかな。

WWD:どのショーが一番ベストだった?

ドゥ・ベタック:常に未来のもの、次にやるものがベストだ。

WWD:常に最新のものが印象的か?

ドゥ・ベタック:最も“impressive(印象的)”ではないかもしれないけど、最も“interesting(おもしろい)”ものではあるだろう。必ずしも印象的である必要はないと考えているが、おもしろいものであるべきだ。

リンドバーグ:印象に残るものを作るのは簡単だからね。今は爆発とか起こせば、テロと勘違いして招待客はみんなシートの下にもぐるだろう。そういう体験は印象的だ。一方でおもしろいものを作るのは、ずっと難しいことなんだ。

WWD:ファッションはビジネスだと思うか?

リンドバーグ:思わない――私にとっては違う。1992年にコンデナスト(CONDE NAST)からハーパーズ バザー(HARPAR'S BAZAAR)に移った時、コンデナストのオーナーに「ハーパーズが提示した条件は芸術面で魅力的なオファーだった」と言った。すると彼は「若造よ、われわれはビジネスの話をしているんだ」と返した。だから私は「その“ビジネス”はそれに携わる人たちのイマジネーションに基づいて成り立っている」と反論した。彼には「何でもいいけど、ハーパーズと契約するなよ、さもなければ二度とコンデナストと仕事できないと思え」と言われたよ。ハーパースサインしたけどね(笑)。

ドゥ・ベタック:どんなことでもお金が絡めばある意味ではビジネスだ。しかし、われわれは雇用やビジネスを創出したくて制作しているのではない。イメージや感情を形にすることで人々を感動させられたから、結果的にビジネスになっている。

リンドバーグ:われわれの仕事は“ビジネスを考えない”ことだ。ただし、今と昔ではかなり状況が異なる。私がパリで仕事を始めたのは70年代の古き良き時代だった。「ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)」も「ヴェルサーチ(VERSACE)」も情熱からモノを生み出していて、ビジネスを考えていた人間は一人もいなかった。でも、今は経営者がいるからそうはいかない。

WWD:一つのものを共同で作り上げる時に共通言語は必要か?

リンドバーグ:われわれ2人の間に?われわれの間にあるのは愛だけだよ、ビジネスは存在しない(笑)。

ドゥ・ベタック:2人が共同で仕事をするのはとても珍しい。似たアプローチやクライアント、コンセプトはたくさんあるけれど、2人の仕事は交わることは少ない。交わるととても楽しいけどね。でもファッションの未来では、こうして交わる機会が増えてくると思う。なぜかというと、これまで分業していた印刷、広告、デジタル、ライブの境界線はどんどん曖昧になって、一つの大きな集合体になってきているからだ。個人的にも分かれているべきではないと思う。デジタルは静と動が混在するようになるし、印刷は消えると思う。消えるというか、定義やそれを表現する言葉が変わると思うんだ。“写真”も“ファッションショー”も“クリエイション”もずっと存続すると思うが、その伝え方や見せ方というのは変化する。そして写真と映像と印刷の境目はなくなると思う。

WWD:才能のあるクリエイターは多いが、自分の言葉で伝えるのが苦手な人もいる。

リンドバーグ:今はビッグブランドで働くと、エージェンシーをはじめ多くの人間が関わる。一方で、昔はデザイナーが自分で全てやっていた。80年代の川久保玲も私に直接連絡してきた。玲は「あなたは私の一番好きな写真家です。あなたに私の広告を撮影してほしい」と言うから、私は彼女に希望を聞いた。すると彼女は「あなた次第だ」と言った。今ではエージェンシーが「あれをやれ、ここに行け」と指示をしてくる。それが今と昔で大きく違う点だ。

ドゥ・ベタック:私はピーターよりラッキーだ。私が仕事を引き受ける時は、どれだけ大きなメゾンであっても、基本的にデザイナー本人と話す。他に人がいるとしても、社長かコミュニケーション・ディレクターが同席するだけで、4人以上は絶対いない。だから広告と比べると、ショーに関わる人の数はずっと少ない。企画から決断までこれだけ短期間で決められるのは、今ではファッションデザインナーくらいかもしれないね。私は「ディオ―ル(DIOR)」のショーと展示をかれこれ20年も手掛けている。その間に「ディオール」も大きなブランドに成長した。それでも依然として3人としか話さない。

WWD:今のファッション業界をどう見る?

ドゥ・ベタック:SNSによって24時間365日、世間の注目を浴びることになったこの業界はどんどん難しくなっている。質より量が重要視される現状は、良い面もある。量が重要視されることで質におけるイノベーションが起きる可能性が広がるし、そのニーズも高まると期待している。ショーの場合、みんなが典型的なショーやファッション・ウイークに飽きてしまった。私自身も飽きているくらいだ。だから場所を変え、人を変え、タイミングを変える。ファッションメディアはわれわれに違うことをするようにプレッシャーを掛けてくることもあるけれど、質の高いものを守れるといいなと思う。

リンドバーグ:おそらく私は20年間ファッションショーを見ていない唯一のカメラマンだ。

ドゥ・ベタック:そうなんだよ、招待しているのに彼は絶対に来ないんだよ(笑)!

リンドバーグ:80年代は、ジル・サンダー(Jil Sander)やジョルジオ・アルマーニとか、同時にたくさんのデザイナーと仕事をして、みんなが私をショーに呼ぶ。すると、自分が何をしたいか考えるよりショー会場にいる時間の方が長くなってしまったから行くのをやめた。「おまえはファッションが好きじゃないんだろう」と言う人もいるが、決してそうではない。私は“ファッションと距離を置いている”だけだ。距離を置くことで、ファッションに対してアウトサイダー的な視点を持てる。それはとても健全で、離れた方が気付けることもある。私はファッションが好きだし、何より「これはどうやったら可能なんだ?!」と思わされるデザイナーの才能に触れるのが大好きだ。冷静でいるために、一歩だけ外から見ている。

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