少し落ち着いたとはいえ、バッグでは“クワイエット・ラグジュアリー”な価値観が引き続き主流だ。一過性のデザインよりも、上質な素材と実用性を重視する傾向は定着しつつある。そうした潮流を背景に、着実に支持を広げているのがニューヨーク発の「サヴェット(SAVETTE)」だ。控えめながら緻密に計算したデザインとイタリアの職人技を融合し、彫刻的なハードウエアや洗練のプロポーションによって独自のアイデンティティーを築いてきた。エイミー・ズレック(Amy Zurek)「サヴェット」創業者兼デザイナーは、「ザ・ロウ(THE ROW)」と「コーチ(COACH)」で経験を積み、「ケイト(KHAITE)」ではハンドバッグラインの立ち上げに携わった。その経験を経て、自身が求めるタイムレスでモダンなバッグを形にするため、2020年に「サヴェット」を立ち上げた。
現在は世界各地の有力小売店の約80アカウントに卸している。製品は約20万〜50万円とラグジュアリーブランドにも迫る価格帯ながら、グローバルで販路を拡げている。今回はズレック創業者に、独自の美学を貫きながらブランドを育てる戦略と、日本市場への思いを聞いた。
PROFILE: エイミー・ズレック「サヴェット」創業者兼デザイナー

眺めている時と同じくらい
生活の中で使うときにも満足感を
WWD:「サヴェット」を立ち上げたきっかけは?
エイミー・ズレック=「サヴェット」創業者兼デザイナー(以下、ズレック):時間をかけてさまざまなバッグに向き合う中で、自分が求めているのに、なかなか見つけられないタイプのバッグがあることに気づいた。控えめでありながら細部まで緻密に考え抜かれ、伝統あるラグジュアリーメゾンのようなクラフツマンシップと普遍性を備えつつ、よりモダンな感覚を持つバッグ。ロゴやトレンドに左右されるのではなく、プロポーションや素材、構造で成立するバッグを作りたい。
WWD:バッグのデザインで大切にしているのは?
ズレック:バッグは美しくあると同時に、身体に自然になじみ、直感的に使えるアイテムでなければならない。優れたプロダクトでは、美しさと機能性は切り離せない。究極的にはラグジュアリーな製品とは、眺めている時と同じくらい、実際に生活の中で使うときにも満足感を得られるべきだ。立ち上げた際に発表した “シンメトリー ポシェット”、 “シンメトリー 19(”、“トンド 22”の3型には、そんな私の美学が凝縮されている。中でも“シンメトリー ポシェット”は、ブランドを象徴する存在へとすぐに成長した。無駄を削ぎ落とした幾何学的なシルエットに、シグネチャーとなるモダニズム的なハードウエアを組み合わせ、目立つロゴに頼ることなく、ひと目でそれと分かるアイデンティティーを与えた。洗練されていながら実用的で、ミニマルでありながら匿名的ではないという、私が常に追求してきたバランスも体現している。
WWD:さまざまなブランドで働いた経験から得た学びは?
ズレック:性質の異なる企業で働いたことで、ブランド運営の正解は一つではないと学んだ。「ケイト」で新たなカテゴリーを立ち上げた経験は、とりわけ貴重だった。そこで改めて実感したのは、プロダクトは決して単独で存在するものではないこと。一つひとつのデザイン上の判断が、より大きなブランド・アイデンティティーにつながる。その経験を通じて、美しい製品を作ることだけでなく、その周囲に一貫した世界観を築くことも考えるようになった。プロダクト、ビジュアル、リテールパートナー、成長のペースまで、全てが同じ視点や価値観を支える世界だ。
WWD:一方で、自身のブランドではあえて取り入れなかった考え方はあるか?
ズレック:避けたいと考えていたことの一つは、求められるからという理由だけで、新しさを生み出さなければならないというプレッシャー。ファッションには、毎シーズン新しいストーリーを提示しなければならないという暗黙の前提があるように思う。「サヴェット」では、それとは距離を置き、異なる方法でブランドを築こうとしてきた。私達のスタイルの多くは、何年にもわたってコレクションに残り続けている。それらが今も顧客の心に響いているからだ。だからこそ、既存のデザインを変化のためだけに置き換えるのではなく、新しいプロダクトが本当にコレクションに何かをもたらすと感じた時にだけ開発する自由を持つことができる。
「まだ満たされていない」と感じる
機能的なニーズから始まる
WWD:新しいバッグの制作はどのように進めている?
ズレック:決まった一つの出発点があるわけではない。時には、一人の消費者としての自分自身の衝動から始まる。今、自分が何を探しているのか、何に惹かれているのかを「サヴェット」を通してどう再解釈できるかを考える。もしくは「まだ満たされていない」と感じる機能的なニーズから始まることもある。「より柔らかな日常使いのバッグが欲しい」「もっと容量のあるトートが欲しい」からデザインが発展する。最初のアイデアが定まると、そこからディテールを磨いていく。その段階では、より具体的なものを参照することが多い。ビンテージのハンドバッグ、ファインアート、彫刻、ジュエリー、さらには日用品なども。ただし、何かを文字通り引用することにはほとんど興味がない。あるプロポーションや構造上のディテール、あるいはそこから感じ取った感覚を取り入れ、「サヴェット」らしいデザインへと落とし込むことが重要だ。
WWD:ロゴの代わりに、特徴的なハードウエアがブランドのシグネチャーになっている。このハードウエアのデザインはどのように生まれた?
ズレック:当初から、ロゴに頼らずとも「サヴェット」のバッグだと認識できる何かを作りたいと考えていた。そこで興味を持ったのが、ハードウエアをジュエリーのように機能させるという発想だった。小さいながらも記憶に残るディテールによって、バッグにアイデンティティーを与えたい。多くのフォルムは、モダニズムの彫刻やジュエリーから着想を得ている。ハードウエアの重さ、留め具を動かす際の抵抗感、使い込むにつれてレザーが柔らかくなっていく様子。こうしたディテールは、意識の上では気づかれないことも多いが、そのプロダクトと暮らす感覚を大きく左右する。本当に考え抜かれたデザインとは、しばしば目に見えないものだと思う。すべての要素が丁寧に解決されていれば、バッグを使うという行為がごく自然に感じられる。ハンドバッグは、日々その人と行動を共にする数少ないラグジュアリーアイテムの一つだからこそ、小さな動作や感覚の一つひとつが非常に重要。視覚だけではなく、実際に使うことで体験できる要素があってこそ、ラグジュアリーは成立する。
WWD:設立から6年間で最も挑戦的だった経験は?
ズレック:まだ知られていない独立系ブランドとして「サヴェット」を立ち上げるにあたり、適切な生産パートナーを見つけることは最大の課題の一つだった。多くの工房が、実績あるメゾンとの仕事を優先するのは当然のこと。私には幸運にも、フィレンツェ郊外にある家族経営のアトリエと出会うことができた。彼らは、私が何を作ろうとしているのかをすぐに理解してくれた。卓越した職人技はもちろんだが、特に印象的だったのは、私達が同じ姿勢でプロダクトに向き合っていたこと。ディテールが重要であり、正しい製品に仕上げるためには時間をかける価値があるという考え方だ。共通する哲学は、今では技術的な専門性と同じくらい重要になっている。
WWD:卸売とDtoCの役割、その中で日本市場をどう位置づけている?
ズレック:卸売とDtoCは、私達にとって互いを補完する役割を担っている。リテールパートナーは世界各地の新しい顧客にブランドを紹介してくれる一方、自社チャネルではコレクションのより広いストーリーを伝え、コミュニティーと直接的な関係を築くことができる。
アジアは私達にとってますます重要な市場になっており、中でも日本は以前から特別な意味を持つ。日本にはクラフツマンシップやプロポーション、時間とともに魅力を感じられるプロダクトに対する素晴らしい理解がある。これらは「サヴェット」が当初から大切にしてきた価値でもあるため、日本とは自然な親和性がある。日本では幸運にも「ドゥーズィエム クラス(DEUXIEME CLASSE」や「トゥモローランド(TOMORROWLAND)」をはじめとする、信頼ある複数のリテールパートナーと仕事をしている。彼らの丁寧に考え抜かれたキュレーションへの姿勢は「サヴェット」の視点とも重なっている。丁寧に作られ、長く使い続けられるプロダクトの魅力が、文化の違いを超えて伝わっているように感じられることは、とても刺激的だ。
速く成長することよりも、
慎重に、意図を持って成長したい
WWD:日本の市場にはどのような印象を持っている?
ズレック:初めて日本を訪れた時、特に印象に残ったのは、専門性の高い店の多さだった。紙製品だけを扱う店、刷毛やブラシだけを扱う店、包丁だけを扱う店など、一つのカテゴリーに特化した店が数多く存在していた。そうした専門性、クラフトや歴史、絶え間ない改良に対する深い敬意は、アメリカではそれほど一般的ではない。デザイナーとして、非常に大きな刺激を受けた。多くの人なら見過ごしてしまうかもしれないディテールを何カ月もかけて磨き上げる者として、その繊細な違いに気づき、所有する時間が長くなるほど意味を増していくプロダクトを評価してくれる顧客がいることは、特に大きな喜びである。
WWD:今後の展望は?
ズレック:速く成長することよりも、慎重に、意図を持って成長することを大切にしてきた。私達の目標は、一度にあらゆる場所へ進出することではない。ブランドが本当の意味で共鳴する市場において、顧客やリテールパートナーと長期的な関係を築いていくことだ。長期的には、「サヴェット」を総合的なレザーグッズのメゾンへと成長させたいと考えている。また、ブランドの世界観を表現するフィジカルな空間には、大きな可能性がある。それがニューヨークの旗艦店という形になるのか、あるいは別のリテール体験になるのかはまだ分からないが、適切なタイミングが訪れた時に実現したい。