ファッション

大手企業に競り勝ち「マンダリン オリエンタル 東京」を彩る【NUNO 須藤玲子の見果てぬ布の旅 vol.6】

PROFILE:須藤玲子/「NUNO」代表兼ディレクター、東京造形大学名誉教授(手前)

(すどう・れいこ)1953年生まれ、茨城県石岡市出身。1984年に新井淳一氏が設立した「NUNO/布」に参画、87年に「NUNO」ディレクターに就任。以来、日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術を駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。作品は、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ロサンゼルスカウンティ美術館、ビクトリア&アルバート博物館、東京国立近代美術館など、世界の名だたるミュージアムのパーマネントコレクションとして収蔵されている。2022年第11回円空大賞受賞。主な書籍に『日本の布(1〜4)』(MUJI BOOKS 2018, 2019)、『NUNO: Visionary Japanese Textiles』(Thames & Hudson 2021)など。写真は桐生の兵藤織物での須藤氏 PHOTO:Kosuke Tamura

須藤玲子「NUNO」代表兼ディレクターの大規模個展が2月17日から、水戸芸術館でスタートした。須藤「NUNO」代表はデザインしたテキスタイルを東京・六本木の「NUNO」本店などでの販売するだけでなく、企業との取り組みも多く行ってきた。その中でも屈指の大型プロジェクトが2005年に開業した「マンダリンオリエンタル東京」のプロジェクトだ。大手企業とのコンペにも見事に競り勝てた背景には、「NUNO」だけが成し得る「モノ作り」があった。(文中敬称略)

香港からロンドン、スイス、丸亀を巡回し水戸へ「里帰り」 須藤玲子の「NUNO展」が2月17日から水戸芸でスタート

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「マンダリン オリエンタル 東京」のインテリアファブリックの全てをデザイン

須藤は永い時間をかけて、日本国内の布の産地と職人たちとの信頼関係を築いてきた。「できうる限り国内で作る」と心に決めたからこそ、全国の産地を訪ね、その土地ならではの布作りを目の当たりにし、咀嚼することで、オリジナリティあふれるNUNOのテキスタイルにその文化と技術を反映させてきた。家族経営が多い工場の中には、親子2代にわたって付き合いのあるところもある。このネットワークこそ須藤にとっての財産であり、テキスタイルデザインの可能性を大きく拡げてきた。

その強固なネットワークは各プロジェクトに遺憾なく発揮されてきたが、とりわけ顕著なのが、ホテル「マンダリン オリエンタル 東京」(東京・日本橋)だろう。2005年に開業したこのホテルの全てのインテリア関連のテキスタイルデザインを、須藤が手がけた。2000年にコンペで勝ち取ったこのプロジェクト、開業までの5年の歳月のほぼ全てを注ぎ込んだという。マンダリン オリエンタルのホテルづくりの根源には、「その土地の歴史や伝統、文化を取り入れる」という概念がある。須藤は「森と水」をコンセプトに掲げた。森と水、どちらも日本人の生活の根幹をなすかけがえのないものであり、清らかな水が日本の布作りを支えてきた。須藤はホテル全体を大きな樹木に、客室を樹木から伸びる無数の枝ととらえてデザインをすすめた。エントランス、レセプションロビー、レストラン、ボールルーム、179ある客室、その全てである。

デザインしたテキスタイルは約100。全て描き起こしのオリジナルである。個々をデザインしながら、全体の調和も考慮する。エントランスやロビーのような大空間の布はアートワーク的な存在であるのに対して、客室の布はベッドや家具や照明器具、壁や床など、ゲストの時間に直接的に寄り添う。プロジェクトが発足してからは、試作を繰り返す日々が続いた。ホテル側からの要請で、インド、中国、メキシコ、インドネシアなど、海外でも試作したという。それを実寸のモックアップで検証するのだが、どうにもしっくりこない。たとえば多目的室の壁材をモアレ加工した布で仕上げるにあたり、フランスやベルギーからも布が取り寄せられたが、肝心のモアレが美しく見えない。対して日本で制作したそれは、当時可能だった技術を駆使して、杉の木目を写し取ったもの。リピートがないことも手伝って、優美なモアレが目にやさしく映える。多目的室はホテルに隣接する三井本館にあり、重要文化財に指定されている歴史ある建造物だ。その荘厳な空間にどちらがふさわしいかは一目瞭然。そう感じたのは須藤だけではなかった。当時のマンダリン オリエンタル ホテル グループのCEOも、同じように感じた。その直感を信じて「全て日本の布で」と決断してくれたことで、プロジェクトは一気に加速。全国12の地域、40にも及ぶ工場と連携して、さまざまな素材を織り、染め、仕上げていった。

産地の力を結集、文字通り「日本の顔」に

このプロジェクトでは、布以外に和紙も多用している。ベルベットに和紙を貼り付けてクッションカバーに、やはり布と組み合わせて客室の照明のシェードに。シェードの和紙を担った滝製紙所は1875年創業、越前和紙の大紙漉きとして、主に襖紙を扱ってきた。機械漉きも行っているが、「主原料である楮の繊維=テクスチャーをのこした和紙」を須藤は望んだ。機械漉きでは繊維がのこらない。結果、全て手漉きとなった。シェードにふさわしい厚みを実現するのに何度も試作を繰り返したという。機械ができることは機械を、手仕事にしかできない表現のときこそ、その「手」に頼る。どんな布を作り出したいかが須藤には明快にイメージできているからこそ、「産地は、だれに頼むか、織機は、素材は、手なのか機械なのか」といった無限の組み合わせから最適解を見つけ出していく。

開業してから10年の月日がたった2015年、ホテル全体のリニューアルプロジェクトが始動する(2019年完成)。縁あって、このときも須藤がテキスタイルを担当した。ホテルは不特定多数の人が訪れる。さまざまな人がテキスタイルに触れるし、経年変化することは避けられない。それにも関わらず、共用部の多くの布がオープン当初の状態を保っていることに、まず驚いたという。須藤は「そこで働くスタッフのみなさんがホテルに愛着を持ち、手入れなさっていたことのあらわれであり、ホテルが布をケアするスキルを持っている」と敬意を込めて言う。

そのためエントランスの巨大なタペストリーなどはそのままに、客室を中心にリニューアルした。須藤が積極的に取り組んだのが、メンテナンス用にストックしておいた布の再活用である。それらの色を一度抜いて黄金色に染め直し、パッチワークを施した。それをフットスローに仕立てたのである。手間のかかる作業だが、「いちど作った布の命をまっとうさせる」ことに重きを置く須藤にとって、もっともふさわしい布のあり方と言える。

また、ヘッドボードの上部には、群馬・桐生の着物の打掛職人に依頼して、しだれ桜や藤棚を刺繍した。豊かな日本の自然を感じさせるこの刺繍をよく見ると、そこには蜂が飛んでいる。「次の花を咲かせる存在」だ。10年という時間のなかでホテルが育ち、これからの時間でさらに育まれていくことを願った須藤の思いが、小さな蜂に宿っている。そして「森と水」というコンセプトが時間のなかで成長、成熟したさまを、テキスタイルで再現したのだ。

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