ファッション

「徹底した現場主義」が世界で評価【NUNO 須藤玲子の見果てぬ布の旅 vol.5】

PROFILE:須藤玲子/「NUNO」代表兼ディレクター、東京造形大学名誉教授(手前)

(すどう・れいこ)1953年茨城県石岡市生まれ。日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術を駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。作品は、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ロサンゼルスカウンティ美術館、ビクトリア&アルバート博物館、東京国立近代美術館など、世界の名だたるミュージアムに収蔵されている。2022年第11回円空大賞受賞。主な書籍に『日本の布(1〜4)』(MUJI BOOKS 2018, 2019)、『NUNO: Visionary Japanese Textiles』(Thames & Hudson 2021)など。写真は桐生の兵藤織物での須藤氏 PHOTO:Kosuke Tamura

世界的なテキスタイルデザイナーの一人である須藤玲子「NUNO」代表兼ディレクターにとって、日本の繊維産地は非常に深い関係がある。1987年に「NUNO」のディレクターに就任以来、ずっとほぼ全てのアイテムを日本で作り、須藤ディレクター自身が自らの足で産地を歩き、文字通り彼ら/彼女らと一体となってモノ作りを行ってきた。まさに“共創”と呼ぶにふさわしいモノ作りのこれまでを語った。(文中敬称略)

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1987年以来、「徹底した現場主義」を貫く

須藤は1987年にNUNOのディレクターになったとき「できる限り全アイテムを日本生産にする」と心に決め、以来ずっとそのルールを頑なに守っている。さらに「工場や職人と協業し、チームワークでモノづくりを進める」という信条を抱いている須藤にとって、全国各地にある産地で布づくりを行う工場や職人は、かけがえのない存在だ。繊維工場の場合、いわゆる中小・零細企業が多く、社長=職人という場合も多い。徹底した現場主義を貫き、積極的に工場へ赴き、ずっと職人と直にやりとりしてきた。

実際には産地ごとどころか、工場ごとに得意分野があり、どんな機械を持っていて、どんな技術を持っているかは異なっており、いわゆる産地の外にいるとそれを把握するのは実はかなり難しい。須藤の凄みは、非常に高い解像度でそれらを把握していること。つくりたいテキスタイルに対して、須藤の頭のなかにのみ存在する“日本産地マップ”があり、「この人に頼めばできるはず」「この産地に相談してみよう」と算段しているのだ。

1998年のMoMAによる「日本素材の展覧会」の衝撃

1998年9月12日から99年1月26日にかけてニューヨーク近代美術館(MoMA)が開催した「Structure and Surface: Contemporary Japanese Textiles」は、日本の布づくりの偉大さとユニークさを世界に発信し、世界の繊維・アパレル関係者、アート、デザイン分野で高い評価を得た。加えて、これまで日本国内ですらあまり表に出てこなかった「産地企業」が名前付きで大きく前に出たことで、その後の日本の繊維産業に衝撃を与えた。

この展覧会は、須藤にも大きく、そして深く影響を与えている。実はこの展覧会の実施から10年前にさかのぼるある日、須藤の元を後に同展覧会担当キュレーターになるカーラ・マッカーシー(Cara McCarty)とマチルダ・マクエイド(Matilda McQuaid)が訪れた。聞けば、当時「イッセイミヤケ」「コム デ ギャルソン」などを通して、欧米で関心の高まっていた日本のテキスタイルにフォーカスした展覧会をしたいという。「私に案内役になって欲しいというんですよ。それなら、ということで北は青森から、南は沖縄まで、彼女たちを案内して回ったんです。当時はインターネットなんてない時代です。それこそ、産地ごとに組合の電話番号を調べて、その産地の工場を紹介してもらって、電話してアポを取り付けてカーラとマチルダと一緒に回って、ということを繰り返しました」と須藤は語る。

当時、須藤もキュレーターのふたりも、気力、体力ともに充実した30代で、「日本のテキスタイルのものづくりの現場を知り尽くしてやろう」という熱い野心に燃えていた。「当初は10年も続けるとは思いませんでしたけど(笑)」。このリサーチは須藤に単に産地ごとの特色やものづくりの知見をもたらしただけでなく、全国津々浦々に存在する職人やテキスタイル会社とのつながりも構築した。「京都には軽自動車に布を積んで、河原で染色したり、晒しをしたりする染色工場のCBU工芸の梅谷和夫さんや、当時最先端の加工技術だった『スパッタリング』をテキスタイルに加工してやろうという愛知県蒲郡市の鈴寅(現・積水ナノコートテクノロジー)、沖縄では八重山上布の作家など、色々な人に出会いました」。ハイテクから工芸、織物から編み物、シルクから綿、ポリエステルまで、バリエーション豊かで、様々な要素が絡み合って成立していた「日本の布」は、当時実は世界的にもユニークなポジションにあった。そのモノづくりの現場と直接つながったことは、須藤を唯一無二のテキスタイルデザイナーに押し上げる一因になったのだ。

現場との結びつきが新しいデザインやテキスタイルを生み出す

ただ、現場の産地企業の経営者や職人と、「最初からスムーズにやりとりできたわけではない」と須藤は言う。産地を訪れ始めた1980年代後半、工場のガードは堅く、簡単に受け入れてはもらえなかった。しかし諦めることなく、何度も依頼を繰り返す。「機械を理解することは、布を理解することと同じ。布がどのようにつくられるのか、その構造を知るためには、機械を知らなければなにも理解できない」。絶対に撮影しないと誓い、ようやく工場の扉が開くこともあったという。そうして時間をかけて全国各地の工場を訪れ、多くの職人との交流が生まれた。

機械を知ることで、新たな試みも提案できるようになる。その工場では扱ってこなかった素材を試したり、技術を転用するアイデアも持ち込める。職人たちにとっては布づくりのプロセスに過ぎないからと放り出されているサンプルが、デザインを触発することもあった。また、職人たちがどのような環境で布をつくり出しているのかを目の当たりにすることで、課題と同時に可能性も見いだせる。工場のこと、機械のこと、職人のことをきちんと理解した上での提案だから、聞く耳を持ってもらえる。ときには職人の方から「こういうつくり方はどうか」と提案を受けることもあるという。自らが現場に飛び込むことで培ってきた信頼関係があってこそ、である。

また、布以外の要素にも、産地の特色を積極的に採り入れている。たとえば大分県立美術館(設計:坂茂)の巨大なオブジェを制作した際には、大分の伝統工芸である竹編みの作家を訪ね、構造に転用。NUNOが編み出した折り紙プリーツを立体的に浮かばせている。「布を知ることで、その地域の文化や歴史、そして日々の生活が見えてくる」と須藤は言う。

「Found MUJI」店頭で「日本の布」プロジェクト、4冊の本にも

2013年にはアドバイザリーボードを務める無印良品で「日本の布」プロジェクトを立ち上げ、山形から沖縄まで数多くの産地を訪れ、その産地や工場の特性を活かした商品をつくり、東京・青山のショップ「Found MUJI」で展覧会を開催。4冊の本にもまとめた。

日本の布づくりの現場は、国際的な価格競争や後継者難など、厳しい現実と戦っている。着物産業を背景に技術を伝承してきた産地は、未来をどう描けばいいのか、模索している事項も多い。また、布は我々の生活に対してとても身近である存在でありながら、産地ごとの特徴や、布づくりの構造や仕組みはそれほど知られてこなかった。そのことに須藤は危惧を抱いている。打破すべく、展覧会などを通して布の成り立ちを積極的に紹介し、職人たちの姿を浮かび上がらせる。伝統的な布づくりを行ってきた産地の魅力を、現代の生活に通じるものとして引き出して商品化し、多くのひとの眼に触れるようにする。生産者と消費者をつなぐことで、ものづくりの未来を少しでも明るいものにしたいと願っているからこそ、いまなお全国の産地に赴く。

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