ファッション

松屋の名物バイヤー宮崎氏が「外商」に異動 サプライズ人事の背景

 松屋の紳士服の名物バイヤー、宮崎俊一氏(55)が3月1日付で外商部に異動した。1989年の入社以来、ほぼ紳士服一筋。コロナ前は年間100日以上の海外出張に飛び回り、人気のスーツ催事「『銀座の男』市」の仕掛け人として知られ、メディアにも頻繁に登場してメンズファッションを語ってきた。そんな「松屋の顔」ともいうべき存在を外商に動かす異例の人事は、百貨店やアパレル関係者の間で話題になっている。

 「自分に何ができるのか。いま走りながら考えている」

 異動から3カ月、宮崎氏は外商のいろはを学びつつ、新しくスタートした外商顧客向けのウェブサイトの更新作業も自ら行う。会社から課せられたミッションは紳士服で培ってきた目利き力を生かし、富裕層を感動させる商品とサービスを提供すること。そのための準備を着々と進める。

 宮崎氏は著書やメディアでの露出を通じて多くのファンがついていた。大企業の経営者らエグゼクティブの顧客も宮崎氏を指名。プレゼンに登壇する経営者の服のスタイリングを頼まれることも多かった。「夫婦でウィンブルドンにテニス観戦に行くので、着ていく服を選んでほしい」といった要望にも応えてきた。すでに一定数のエグゼクティブや富裕層の信頼を得ていることも外商へのコンバートの理由となった。

 百貨店では外商の重要性が高まっている。収益を支えてきた訪日客の消費はコロナで激減した。働き方や生活の変化によって、百貨店が得意とした通勤着や外出着の消費もしぼむ。

 特に松屋は痛手が大きい。2021年2月期業績の売上高は前期比41.3%減の527億円だった。他の百貨店が2〜3割の減収幅なのに対し、銀座本店1店舗に集中する収益構造のため、免税売上高の消失と都心への外出自粛が直撃する。

 コロナが収束しても元通りにはならないと言われる中、例外的に売り上げが伸び続けているのが外商なのだ。

食品、美術品のエースバイヤーも外商に異動

 外商は呉服店の御用聞きをルーツにした日本の百貨店独自の商売形態である。富裕層や法人などの上顧客のもとに出向き、食品から衣料品、宝飾品、美術品まであらゆる商品を売り込む。1人の外商顧客が年間数百万円以上、場合によっては億単位を購入する。百貨店の店舗によっては売上高の30〜40%を外商で稼ぐところもある。優良顧客と長期的に良好な関係を築くリレーションシップ・マーケティングやLTV(ライフタイムバリュー、生涯顧客価値)が注目を集めているが、百貨店の外商はそれを古くから実践してきたといえる。

 小売業ではデジタル化の進展に伴い、顔と履歴の分かる一人一人の顧客に向けた提案力が求められるようになった。館の集客力によってマス層に大きな網をかけるだけでなく、個人に狙いを定めたコミュニケーションが必要になる。その意味で外商のワン・トゥ・ワンのノウハウは富裕層に限らない可能性を秘めている。そう捉えて百貨店各社は経営資源を注ぐようになった。

 松屋はけして外商に強い百貨店ではない。足元の中央区、千代田区、港区の富裕層の支持を集めるものの、売り場面積も競合他社に比べて十分ではなく、ブランドや商品の欠落もある。売上高にしめる外商の割合は5%前後に過ぎない。売り場にある商品を御用聞きで販売する従来型のやり方では限界があった。

 そこで商品とそれを取り巻くライフスタイルにまで造詣が深いベテランバイヤーに白羽の矢が立った。紳士服の宮崎氏のほか、食品バイヤーの始閣(しかく)理子氏、美術品バイヤーの藤原浩二氏も外商に異動した。いずれもこの道30年、その業界では知られたスペシャリストである。

売り場にないものを売る

 宮崎氏らに託されたのは、売り場ではまかない切れないコンテンツ作りである。ファッションに限らず、世界の一流を知るバイヤーとしての経験を生かす。外商の枠にとどまらない業務も必要になるため、宮崎氏は外商部所属でありながら「シニアバイヤー」の役職も兼任する。「売り場の物理的な制約を受けずに何を売ってもいい。僕の外商の仕事は『店にはありません』からスタートする」。

 売り場に置いていない商品を売るために、宮崎氏が培ってきたネットワークと経験が生きる。百貨店の紳士服フロアではオーダーメイドスーツ(フルオーダー)の売り場が少なくなっているが、宮崎氏は技術力のある職人を何人も知っている。既製品のバッグに満足しない顧客には、素材からデザインまで世界で一つのバッグをあつらえることもできる。宮崎氏は長年、商品の買い付けだけでなく、イタリアや英国の生地メーカーやスーツ職人と協業してオリジナル商品を作り続けるなど、モノ作りに精通していることも強みだ。

 いま宮崎氏が力を入れようとしているのが、自身の趣味でもあるアンティークウォッチだ。希少性と資産価値から富裕層のコレクターが増えている。価格は数百万円以上。中古市場から掘り出し物を探すには独自のノウハウがいる。松屋は人気催事「世界のアンティークウォッチ市」の実績はあるが、十分な常設売り場があるわけでない。百貨店の信用力とネットワークを武器に、魅力的なアンティークウオッチを発掘する。競合の百貨店が手薄な分野で独自性を出す。

 「例えばお客さまの生まれ年に作られた時計を紹介すれば、興味を持ってくださるかもしれない。お客さまの顔を思い浮かべながらのバイイングがこれからの百貨店に不可欠になる」

 ベテランの百貨店マンとして新しい挑戦に燃えている。

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