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映像ディレクター・上出遼平の「ありえない仕事術」 「10年先、20年先を見据えて、今からどうあるべきかを考える」

PROFILE: 上出遼平

上出遼平
PROFILE: (かみで・りょうへい)ディレクター、プロデューサー、作家。1989年東京都生まれ。ドキュメンタリー番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズの企画から撮影、編集まで全工程を担う。同シリーズはポッドキャスト、書籍、漫画と多展開。ほかにも担当作品としてポッドキャスト番組「上出遼平 NY御馳走帖」や小説「歩山録」(講談社)などがある。

フリーのディレクターとして、テレビ番組からファッションブランドの動画制作まで、精力的に活動する上出遼平が、「これまで何度も依頼はあったが、全て断ってきた」という仕事論をテーマにした本をついに上梓。そのタイトルは「ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方」(徳間書店)。

2022年6月におよそ11年間勤めたテレビ東京を退社し、2023年の夏にはニューヨークへ拠点を移した。テレビ東京時代にはディレクター/プロデューサーとしてドキュメンタリー番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」や、深夜の停波枠に放送された「蓋」を手掛けたほか、作家としても書籍版「ハイパーハードボイルドグルメリポート」(朝日新聞出版)に、山岳小説「歩山録」(講談社)といった著作もある。

今回、断り続けてきた仕事論を執筆することに決めた経緯も含め、その生い立ちから仕事への向き合い方まで、現在の上出遼平がいかにして形づくられたのかを探る。

——ニューヨークでの暮らしぶりはいかがですか?

上出遼平(以下、上出):昨年の夏に引っ越して、ようやく半年たったくらいなので、暮らしぶりを語れるほど住んではいないんですよ。何の予想もせずに行ったので、とくに予想外の話とかもなく。強いて言うなら、思いのほか東京にいる時間が長くて家賃がもったいないなと。

——差し支えなければ、住んでいるエリアはどんな雰囲気なのでしょうか。

上出:マンハッタンの南東で高層ビルが立ち並ぶ経済エリアと、若者が集まるような文化エリアのちょうど狭間ですね。なので、スーツを着たビジネスマンもいれば、その間をスケーターがすべっている感じで、居心地はいいです。

——改めて、ニューヨークへの移住を決めた理由としては?

上出:自分も会社を辞めて、妻も会社員ではないので、東京に住む理由もないな、というくらいで、本当に何の計画性もないんですよ。

——ニューヨーク市民から日本人へのまなざしは、どう感じていますか?

上出:そこは本当に人によるというか、コミュニティーによりますね。僕が仕事で関わっている食やファッションのコミュニティーにいる人たちは日本にも興味を持っていますが、それ以外のコミュニティーの人たちにとっては、それほど関心もなさそうで、良くも悪くも特別な視線はないと思います。

ファッション関係者には「ギャルソン」や「ヨウジ」の服を着ている人はたくさんいますし、日本食のお店も次々にオープンしています。文化的なところだと、アニメが強いのは間違いないですが、話題にされるのは「AKIRA」とか「ポケモン」とか定番の作品だったりするので、最新作が注目されている、という感じではなさそうです。

仕事本ってどんだけ需要あるんだよ、そんなに売れるのかよ

——このたび刊行された「ありえない仕事術」について、なぜ仕事術をテーマにした本を書こうと?

上出:仕事術やビジネスをテーマにした本の執筆自体は、これまでに何社からも依頼をいただいていて、僕自身はそんな本を書く気はさらさらなかったので、全て断っていたんです。ただ、依頼が来ては断る、みたいなフェーズも1周したかな、というタイミングでまた依頼が来たので、どんだけ仕事術の本って需要あるんだよ、そんなに売れるのかよ、と思いまして。もともと僕は文章を書いて飯を食っていくことに強い憧れがあり、そういう意味でも、仕事本を書くことは避けて通れないんだなという感じもしたので、それなら自分なりのやり方で書いてみようと思いました。

——その「自分なりのやり方」というのが、本書における2部構成、第1部が仕事との向き合い方を綴った仕事論で、第2部が「死の肖像」というドキュメンタリーシリーズを制作する現場の“ルポルタージュ”という形式になったと。

上出:あえて簡単に言うと、僕自身が本に期待するのは物語を読むことで、自分が書きたいのも物語なんです。それは一般的な仕事術を記した本とは真逆のものなので、そこにどう折り合いをつけるか、というのがこの本でやったことですね。

——文筆業への憧れ、あるいは物語への関心は、いつ頃から芽生えたのでしょう。

上出:本を読むことの喜びは幼少期から感じていました。子どもの頃に買ってもらった、半分絵本みたいな「十五少年漂流記」は擦り切れるほど読みましたし。たとえ家のベッドの中にいても、本があればどこにでも行ける、その“旅”への没入感に完全にほれ込んだんです。もはや、それ以上の喜びはないんじゃないかっていうくらいに。その原体験があるので、一度はテレビ局の社員になりましたけど、今こうして文章を書くことを仕事にできているのは、むしろテレビ番組を作るよりも自然なことだと感じています。

勉強でガチガチの中学時代、パンクに出会ってしまった

——読書だけではなく、学生時代にはパンクバンドを組んだり、音楽にも夢中になっていたんですよね。

上出:高校生の頃にはバンドまがいのこともしていましたが、それはパンクの態度に憧れていたんです。一般的な正しさの外側にある価値観というか。というのも、中学時代、僕めっちゃ勉強してたんですよ。普通に公立中学に入って、人生で最初の試験、1年生の中間テストで学年1位になったんです。そうしたら親が大喜びで、これが正解なんだと思ってしまった。呪いの始まりです。それからは、中学生のくせにテスト前には徹夜して、教科書は全て暗記、校内1位を維持するために勉強しまくり。もう頭の中それしかない、みたいな。

そんなガチガチになっている時に、パンクに出会ってしまった。例えば、オナニーマシーンという名前からしていかがわしいバンドがいるのですが、メンバーは自分の父親と同じ歳くらいの大人なのに、ライブでは全裸になって酒を飲みながらステージで大暴れするんです。しかもお客さんたちはその光景に熱狂している。勉強ばっかりしていた自分にはあまりに衝撃で、その落差にやられました。

——1つ文化の扉が開くと、次々に連鎖していきますよね。

上出:パンクと出会ったのは兄の影響なのですが、兄はいわゆる伝統的な不良文化もかじっていたので、漫画の「特攻の拓」とかを借りて読んで、バイクにも興味を持ちました。パンクとバイクは隣接しているので、ヤフオクで安い革ジャンを買ったりして。それで、高校1年の時だったかな、池袋の手刀(チョップ)というライブハウスで、「革ジャン反抗期」なるイベントがあって観に行ったんです。そこで、ザ★ダッチワイフというパンクバンドをやっている不良の先輩と出会いました。その人は和彫にアイパーみたいな、普段は伝統的不良ファッションなんですけど、ライブハウスに行く時は革ジャン、みたいなスタイルで、かっこよかったんです。クリスマスに彼の家に泊まり込んでバイクの改造をしたり、集会に連れて行ってもらったりもしました。

ただ、高校にはほとんど友達いなかったですけどね。金髪にツナギや革ジャンで学校に行っていたので、明らかに浮きまくってました。夜はライブハウスに行って、明け方まで打ち上げにも参加して、駅のベンチで寝て、それでも勉強はちゃんとして。とはいえ、高校の後半はだいぶ不良文化からは離れていったんです。このまま極まっていくとまずいぞ、とも感じていたので、大学にはちゃんと行こうと。

——その後、早稲田大学の法学部に進学、少年犯罪や少年非行の事例を研究していたと。

上出:はい。10代の頃に自分が非行の道に片足を突っ込んだ経験もあって、まわりには逮捕されたりする仲間もいましたし、僕自身かなりの人に迷惑もかけました。そのことはもう取り返しがつかないので、せめて、なぜそういう少年が生まれるんだろうとか、悪ってなんだとか、少年犯罪や少年法について勉強してみようと思ったんです。他人事ではなく、犯罪傾向のあったかつての自分を肯定したかった、自分が非行に走った理由を知りたかった、というのも大きいです。

——少年院へ取材に行ったりもしたんですよね。

上出:少年院にも行きましたし、あとは、日本全国にある薬物依存症の自立支援施設、ダルクやアパリもまわったりしてました。足を運んで話を聞いたり、現場を見に行けるのは大学生のうちだけだろうと思っていたので。

トラブルが起きると上の人間が現場からさっといなくなる

——そんな大学生活から、テレビ東京へ入社することになった経緯は?

上出:少年犯罪の研究のほかにも、中国の山奥にある元ハンセン病患者が隔離されている村へ行ってボランティアをしたりもしていたんです。そのつながりで、大学3年の時に出入りしていたコミュニティーが、学生によるNGOだったりもしたので、そういう学生は新聞社とかメディア企業との親和性が高いんですよね。それでまわりが就職活動を始めた時に話をいろいろ聞いて、自分もやらなきゃと思って、採用の時期が最も早かったテレビ局を受けることにしました。日本テレビの選考は合宿に行ったりもしたんですけど、最終選考で落ちましたね。結局、受かったのがテレビ東京だったと。

——テレビ局の面接では、どういう志望動機を話したのですか?

上出:テレビはほとんど見てなかったので、それは正直に話しました。その上で、僕が何度も足を運んだ当時の中国のハンセン病隔離施設では、さまざまな誤解や知識の欠如によって、患者さんたちの人生が大きく狂わされていました。感染の要因も明らかになり、治療薬もある、もし正しい知識さえ伝わっていれば、いつまでも隔離されている必要はなかった。そういうことをメディアを通じて伝えたい、といったことを話したと思います。その意味では、当時面接で話したことは、そのまま「ハイパー ハードボイルド グルメリポート」の構想と同じなんですよね。

——テレビ東京とはいえ、放送までこぎつけた「ハイパー ハードボイルド グルメリポート」はかなりの異端で、報道局を除けば、テレビ局員の本流仕事は、いわゆる芸能人とのあれこれだったりしますよね。

上出:そうですね。どんなに評価されたとしても、「ハイパー ハードボイルド グルメリポート」みたいな番組だけを作っていればいい、ということには絶対にならないです。おっしゃる通り、芸能人が出演するようなバラエティーの方が主流で、僕もADの頃はそういう番組を担当していました。

そんな仕事をしていく中で、自分の中ではこういうことが面白い、こういう番組を放送するべきだ、という信念と具体的な企画もあるのに、それはまったく通らず、意に反する番組を担当して、毎日毎日怒られる。そりゃあくじけますよ。番組の内容だけじゃなく、制作現場の体制についても疑問を感じていました。漫画的な不良の世界では、何かトラブルが起きた時に、たとえそれが下の者が起こした問題であっても、上の人間が出てきて責任を取ることが当たり前だった。なのにテレビの世界では、トラブルが起きると上の人間がさっと現場からいなくなり、最下層のADが全ての責任を負わされる。一体これは何なんだ。

——テレビの制作現場に限らず、間違った縦社会の構造ですね。

上出:そもそも、総務省から電波を与えられた免許事業社の一員というだけなのに、偉そうにできる意味が分からない。それに、どう考えても芸人さんやタレントさんのおかげでおもしろい番組として成立しているのに、なぜ制作者の方が偉そうにしているんだ、というのもずっと疑問でした。キャスティング権だったり、放送局員という立場だったり、たまたま権力的なものを手にした人間が、たたき上げで芸能の世界に生きている出演者に対して偉そうにできる道理はひとつもないですよ。

——なぜテレビ制作者はそんなに偉そうになってしまったと思いますか。

上出:今はだいぶ弱まっていますけど、やはり一昔前は、その影響力も含め、テレビが強かったからじゃないですかね。あとは、身一つで仕事をしている芸能人と一緒にいると、立場がないと何者でもない自分のコンプレックスを刺激されるのか、どうしても立場でものを言うようになってくる。そういう嫌な現場をたくさん見てきたので、僕はだいぶ声を上げてきた方だと思います。ADだった時でも「あなたの振る舞いや仕事のやり方には賛同できません。今すぐ改善するべきです」みたいなメールを送ったりしましたが、翌日には会社中にそのメールが知れ渡った結果、僕のほうがヤバいやつ認定されて終わり、みたいな感じでしたね。

目先の利益ではなく、長い目で見た時の経済合理性

——仕事について語られる時の定型として、「儲けるため」という視点と、「たとえ儲からなくてもやりたいことを」という視点の対比がありますが、上出さんはどう考えていますか。

上出:僕自身は幸運なことに、経済的に困窮していた経験はないのですが、まわりの人たちや取材で出会った人たちを見るに、お金というのが人間にとってどれほど重要か、というのは理解しているつもりです。その意味で、作品なり、仕事の成果を商業的に成立させることが重要だということに異論はありません。

ただ、僕が比較的安定していると言われるテレビ局を辞めて、お金にとらわれずにやりたいことを自由にやっているように見えているのだとしたら、それは、ほかの人たちとものを見るスパンが違うからだと思います。目の前の稼ぎだけを見たら、そりゃあこうなりますよね、という悲惨な現場は何度も目にしてきました。テレビ局はこうあるべきだ、という提案を常にしてきたのも、10年先、20年先を見据えて、今からどうあるべきか、という視点で語ってきたつもりです。

——「ありえない仕事術」の中でも<善きことをしようと努めれば努めるほど、ビジネスはうまくいく>と書かれていました

上出:例えば、SNSの登場で“フォロワー”という概念が生まれ、その価値がどんどん高まり、ビジネスにもつながるようになりましたよね。いわゆる炎上商法というのは、悪名は無名に勝るという考え方で、多くの人が飛びついた。炎上商法に限らず、SNS上の知名度を指標にしたり利用したりは、どこの企業でもやっています。でも長い目で見た時に、炎上上等の暴論や中身のない企画が、一体何になりますか? 目先の利益を求めてそういう仕事ばかりしてきた人、あるいは会社と、そこには加担しなかった人や会社と、10年後の経済合理性はどっちにありますか、という話です。

一方で、理念に甘えてビジネスの観点が抜けている場合もよくあります。だからこそ、僕はやるべきことを、きちんと売れるパッケージで世に出したい。多くの人に届いて、商業的にも成功させる。その小さい穴をこじ開けることにこそ、エンターテインメントの醍醐味はあると信じています。とくに海外に目を向けるようになってからは、日本国内のフォロワー数なんて、海を超えないですよ。

ラベリングがいかに無意味で不確かなものであるかを気づかせたい

——「ありえない仕事術」の第2部では、ドキュメンタリー制作の現場で起こるもろもろを題材にしていますが、中でも「人の不幸で飯を食う」ことに向き合った場面が印象的でした。

上出:ドキュメンタリーに限らず、例えばニュースの現場でも、不幸とは言わず“事件”を求めてしまう心情は制作者の誰もが抱えています。問題はそのことをどれだけ自覚できているか。作品のために事件を起こすなんてもってのほかですが、その上で、何を映し出せばいいのか、というのは、ずっと考え続けなければならないと思います。

「ハイパー ハードボイルド グルメリポート」では、日常を生きているだけではなかなか足を踏み入れない地域やコミュニティーの食事をテーマにしていましたが、自分では行けないところ、見られないものを映し出すことがtele-visionの役割だと僕は認識しています。そこで何を思うのか、それは視聴者それぞれに委ねられていますが。

——ただ、上出さんの理念までは届かず、短絡的に「うわ〜やべ〜」くらいの軽いテンションで視聴している人もいて、その人たちも顧客なわけですよね。

上出:そうですね。それが悪いとは言わないし、そういう人たちも、最初に見た時は軽い気持ちだったとして、のちの人生でいろいろな経験を積んだあとに、あの時に見たあれって……と別のことを思うかもしれない。僕ができるのは種をまくことだけなので、人の目に触れさえすれば、1つお題は達成できたと思っています。

もしその「軽い気持ち」に問題があるとすれば、視聴者ではなく、むしろ制作者の方です。数字稼ぎを目的に、軽い気持ちで“ヤバい”場所にカメラを持って出掛けて行ったり、“ヤバい”人に話を聞いたりするようになったらおしまいです。制作者にとって「っぽい」ものを作るのは一番簡単で、結果もすぐに出て、気持ちがいいですからね。

——その「っぽい」ものと、上出さんの作品が時折並列で語られていることに、個人的には歯がゆさを感じてしまいます。

上出:それは僕自身も感じることはありますよ。あれとは根本的に違うんだけどな、という。ただ、意図や批評性がないまま“ヤバい”場所に行っても、全てがレクリエーションで終わってしまいますからね。どうしたって、そこで映してきたもの、現場での振る舞い、全てに差が出る。1つ言えるのは、僕は現場で必ず対話をします。取材対象者の主張を一方的にしゃべらせるようなことは絶対にしません。相手が聞かれたくないことも、必要だと思えば遠慮なく聞きます。そのことで、こちらも傷つくし、痛みを伴う。その覚悟を持った上で、自分が作品の主役になることもない。そもそも僕は“ヤバい”ものを撮るプロではありません。人が見たくないものを無理やり見せて、生き方を問う。それが仕事です。

——一方で、ドキュメンタリーにはラベリングの問題もあります。たった1人を取材対象にしても、その人が属している国やコミュニティー全体の傾向に見えてしまったり、1人のサンプルでしかないのに、あたかもその属性全てを語っているように見られてしまったり。

上出:ラベリングを避けられないのは事実です。とくに商業作品の場合、宣伝や告知の段階では、どうしたってラベリングに基づいた表現がついてまわる。繰り返しになりますが、やはり自覚の問題です。

あとは、きちんと本編を見てもらえた時に、僕はそのラベルをどこまで剥がせるか、というのを常に念頭に置いています。なんなら、そのラベリングがいかに無意味で、不確かなものであるかを気づかせたい。非常に効率は悪いし、商業的にはラベリングに頼った方が楽なんですけどね。でも、それをやったら終わり。それこそ長い目で見たら、いいこと1つもないですよ。

関わった人たち全員が納得しなければ、その作品に価値はない

——現在、上出さんはテレビ局を退社し、個人で仕事をしているわけですが、一定数の人たちが会社や組織に疑問を感じながらも、辞めずに続けているのはどうしてだと思いますか。

上出:多くの人が会社で働き続けるうちに、自信を剥奪されているんじゃないでしょうか。僕も会社員時代は、いろんな先輩に「テレビ局を辞めてやっていけるわけないだろ」みたいなことを言われましたから。ただし、先ほども話題に出たような、フォロワー数や目先の利益だけを追いかけて、思考停止のまま会社から言われた仕事だけを何十年も続けていたら、正直辞めてもやっていけないとは思います。酷な話ですが。

でも、自分の中に信念があったり、なんらかの疑問に耐えられないのであれば、いっそ辞めるのもありだとは思います。動物としては集団でいたほうが生存戦略的にいいのかもしれませんが、はぐれてもやっていけるのが人間だとも思いますし。もちろん、会社員でいることに無理に疑問を抱く必要はまったくないですけどね。ただ単に気に食わないことがあるとか、自分の未熟さのせいでうまくいかないことを会社のせいにするとか、そういうことを肯定するつもりはありません。むしろ個人でやっている方が、理不尽な目にはよく遭うし、それを1人で対処しなければいけません。

——個人で活動していると、常に自分で仕事を生み出さなければいけない困難さはありませんか?

上出:依頼される案件もありますし、やりたいこともやりきれないくらい溜まっているので、そこに困難さを感じることはありません。あとは、これも仕事本などで喧伝されているせいでよく勘違いされていますが、アイデアの出し方とかアイデアそのものに価値を見いだすのはちょっと違うかなと。それよりも重要なのは、実現可能性の方です。

例えば僕は、テレビ局員時代に街頭インタビューを何度もやらされましたけど、やっておいたおかげで、街頭インタビューにどのくらいの困難さがあるのか、肌感で分かります。100人に声をかけて、何人に無視されて、何人が応えてくれて、何人の回答がオンエアに使えるのか。テレビに限らず、現場の実情を理解しないまま、アイデアだけをポンポン出してくる人のなんと多いことか。そういうアイデアは、実現可能性がないだけではなく、往々にして現場へのリスペクトもない。アイデアだけでは仕事にならないんですよ。

——最近は少しずつですが、作品そのものへの評価だけではなく、その制作過程にも目を向けられるようになってはきましたよね。

上出:そこは本当に重要です。個人的には、作り手、出演者や取材対象者、受け手、この3者が全員納得できるものでないと、作品としての価値はないとすら思っています。価値がないというか、そこが出発点。制作の過程でハラスメントが起きていたり、出演者が合意していなかったり、受け手が傷ついたり、どれか1つでも欠陥があるようであれば、どんなに完成度の高い作品であっても、評価に値しない。もちろん、何かを刺しにいくジャーナリズムでは話がまったく異なります。極端な考え方かもしれませんが、いち制作者としては、このくらい過激な考え方を持っていないとダメだと思って、日々仕事しています。

PHOTOS:TAMEKI OSHIRO

■「ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方」
著者:上出遼平
定価:1650円
判型/仕様:四六判ソフトカバー
出版社:徳間書店

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