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年商40%増と急成長の「スパイラル」 ワコールが40年かけて築いた「形のない文化資産の“事業化”」に本腰

PROFILE: (すずき・じゅん) / ワコールアートセンター社長

(すずき・じゅん) / ワコールアートセンター社長
PROFILE: 1965年10月2日生まれ。神奈川県出身。明治大学法学部卒業後、ワコール入社。販売や商品企画を経て、プレステージ営業部長やウェルネス事業部長などを歴任し、マーケティングやブランドマネジメントに携わる。2020年から現職 PHOTO:SHUHEI SHINE

ワコールホールディングス(HD)は「中期経営計画2029」で、文化資産を活用したビジネスの拡大を掲げた。その中核を担うのが、ワコールアートセンターが運営する「スパイラル」だ。「スパイラル」と言えば、誰もが知る青山のランドマーク。槇文彦が設計したポストモダン建築の代表格であり、多くの文化人が集う複合文化施設だ。1985年に竣工以来、生活とアートの融合を掲げ、作家の発掘や展示といった文化事業を軸に、さまざまな企業との協業を続けてきた。現在は、「スパイラル マーケット」やカフェの運営を中心に、アート関連のコンサルティングやプロデュースなど事業領域を広げている。一時期売却という噂もあったが、ワコールアートセンターの鈴木淳社長は「社内では売却の話はなかった。中計で「スパイラル」の名前が出たのは初めてのこと。ワコールの方が認知度が高いので、ワコールから『スパイラル』の活動を発信してもらうことで、より多くの人に知ってもらえる」と話す。

同社が目指しているのは、ビルそのものから40年かけて培ってきたソフトの価値へとビジネスの軸を移すことだ。 「形あるものはなくなる。“スパイラルビル”という価値からブランドとしての価値へ移行する舵取りをしている」と話す。ワコールの創業者である塚本幸吉氏が“心の豊かさ”を発信するために作った「スパイラル」。「生活とアートの融合」を掲げ、アートを発信する文化施設としての役割だけでなく、長年培ったノウハウを生かしてさらに進化しようとしている。

40年以上蓄積した独自の実装体験が最大の強み

鈴木社長は、「ワコールが40年以上、文化芸術分野において干渉せずに支援してきたこと自体が大きな資産だ。われわれの事業はカバーする範囲が広いから、それを組み合わせながら、他にはない価値を生み出せる」と語る。「スパイラル」は27年間にわたり、若手アーティストの発掘を目的として「SICF(スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル)」を開催し、多くの作家と直接接点を持ってきた。さらに、発掘した作家の作品をいち早くスパイラルマーケットで販売することでギャラリーとしての役割も担い、長期的に作家の支援を行ってきた。2000年には、企業とアーティストをマッチングする「ランデヴープロジェクト」をスタートし、商品開発などにつなげている。企業とアーティストの間に立つ際に「スパイラル」が重視するのは、いかに双方の意向のバランスを取りプロジェクトを実現するかだ。「アーティストはデザイナーとは違って、企業の要望に必ずしも応えない。お互いの意向を通訳して形にするのが、われわれの役割。作家の立場を守りながら、クライアントの意向にも応える」と同社長。

このように、「スパイラル」が持つ最大の強みは、単なるアーティストたちとのネットワークではない。作家を発掘し、発表や販売の場を提供、キュレーションし、企業や社会と接点を作ってきた実装体験におよび、企業とアーティストをつなぐ翻訳力が、長年の活動を通して育んできた独自の事業資産だ。

ノウハウを組み合わせた出店で急成長

現在のビジネス(スパイラルビル内テナント売上高を除く)の割合は、スパイラルマーケットなどの物販サービスが約60%、アート関連のプロデュースが30%、カフェが10%。2026年3月期の売上高は前年比約40%増と大きく伸長した。成長をけん引しているのが、カフェ事業の拡大と新規出店だ。昨年は、アートと雑貨のセレクトショップ「スパイラル マーケット」1店(アトレ吉祥寺)、ショップ、ギャラリー、カフェを組み合わせたス「スパイラル ガーデン」を2店(新丸ビル、ワン・フクオカ・ビルディング)、高輪ゲートウェイシティ「モン タカナワ:ザ ミュージアム オブ ナラティブズ」内に「モンパークカフェ バイ スパイラル」「モンキッチン バイ スパイラル」「モンショップ バイ スパイラル」3店、計6店をオープン。さまざまな商業施設などからの出店依頼は増えているが、アーティストを支援する活動に共感してくれるパートナー選びは慎重だ。スパイラルマーケットやガーデンに加え、文化施設内のミュージアムカフェなど、立地や施設の特性に合わせて業態を変えている。「色々な作家を紹介するには画一的な店では難しい。金太郎飴のように同じフォーマットの店を出すのではなく、それぞれの場所に合わせて、40年かけて蓄積したノウハウを組み合わせる。効率は良くないかもしれないが、それがわれわれ独自のやり方だ」。

9月には、JR東京駅のエキナカ商業施設・グランスタ東京内に新業態「スパイラル ランデブー ストア」をオープンした。従来の「スパイラル マーケット」よりも、自由度が高く、作家性の強い商品やコラボレーションアイテムを販売する。「『スパイラル マーケット』のセレクトにハマらないようなものを提案する。国内外、多くの人行き交う東京駅という場所で作家との出会いを作りたい」と鈴木社長。引き続き、「スパイラル ガーデン」などの出店やカフェ事業の拡大を予定している。一方で、事業拡大に伴う人材不足は課題だ。アートや食といった専門分野の人材に加え、アーティストと企業をつなぐ企画力のあるスタッフも必要だ。「店舗が増え、組織が成長に追いついていない状況」だという。

アーティスト支援から文化的への過渡期

BtoB事業は、物販を入り口にイベントや展示、パブリックアート、地域との取り組みへとさらに活動の場を広げていくという。福岡では西日本鉄道と組み、9月にアートフェスティバル「SICF FUKUOKA」を開催する。アジアの玄関口である福岡で開催することで、日本だけでなく中国や韓国からも出展者が集う予定だ。このように、アート、イベント、地域開発までを一つのパッケージとして提案する。「アートを通じてわれわれが持つノウハウを使い、経済活動や新たなつながりを産むことで地域に貢献していく」。

「スパイラル」が目指すのは、アートを特別なものとして切り離すのではなく、人々の生活や地域、企業活動の中に取り込むことだ。その考え方は、ワコールHDが掲げる「エンパワーメント ソリューション(心と体のサポート)」とも重なる。鈴木社長は「下着は人の気持ちに左右する精神性に近いアイテムで、アートと親和性がある」と話す。 “文化というかたちのないものの事業化” を掲げて40年間、採算性だけでは測れない価値を積み上げてきた「スパイラル」。その文化資産をどのように収益化し、市場を広げていけるかが今後の活動の鍵になる。「アーティストの支援活動から文化事業へと変わる過渡期。アートを通して新たな価値とビジネスを生み出し、収益を上げていきたい」。

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