PROFILE:「アン クライン」で共同デザイナーを務めた後、1984年に夫のステファン・ワイス(2001年に死去)とタキヒヨーと共にダナ キャラン インターナショナル(DKI)を設立。96年、ニューヨーク証券取引所に上場。2001年、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンが2億4300万ドル(約296億4600万円)でDKIを、4億ドル(約488億円)で「ダナ キャラン」ブランドのライセンス事業を手掛けるガブリエレ スタジオを買収。早くから“着回しの利くウエアに”着目し、女性が持つべき7アイテム“セブン・イージー・ピーシーズ”などでアメリカのビジネスウマンのファッション観に強い影響を与えた。6月「フォーブス」の“独力で成功した米国女性長者50人”で、純資産4億5000万ドル(約549億円)としてダイアン・フォン・ファステンバグと並び31位にランクイン。慈善活動にも積極的で、10年に震災の大打撃を受けたハイチの復興支援で高い評価を得ている
ダナ キャラン インターナショナル(以下、DKI)は6月30日、創業者で「ダナ キャラン ニューヨーク(DONNA KARAN NEWYORK)」や「DKNY」を手掛けていたダナ・キャラン=チーフ・デザイナー(66)の退任と、「ダナ キャラン ニューヨーク」の休止を発表した。今後はアドバイザーを務めつつ、自身が運営する慈善事業のアーバン・ゼン・ファンデーションやライフスタイルブランド「アーバン ゼン」に注力する。ダナ・キャランとキャロライン・ブラウンDKI最高経営責任者(CEO)に退任の真相を聞いた。
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「ダナ キャラン ニューヨーク」2015-16年秋冬コレクションから
WWD:環境の変化にどう対応している?
ダナ:退任のことを人に打ち明けるのは少しつらいけれど、ホッとした気分でもある。外から見ればものすごく大きな変化のように見えているようで、娘もまるで母親のように私の心配をしてくれているんだけど、私は案外冷静に受け止めているわ。
WWD:退任はいつから考えていた?
ダナ:私は毎シーズン、「これで最後にしようよ」と言い続けていたんだけど、周りがなかなか認めてくれなくて。個人的には昨年の秋に退任してもよかった。すでに2016年春夏コレクションの準備に取り掛かっていたけど、今のタイミングで退任発表をするなら、あえて新しいコレクションを作る必要はないと判断した。
WWD:ブランドを去ると発表した時のスタッフの反応は?
ダナ:皆泣いていた。突然の発表で、誰も予想してなかったんじゃないかな。よく「その量の仕事をどうやって一人でこなしているの?」と聞かれるけど、決して私一人でやっているわけではない。スタッフ皆がコレクションを作っているから、本当に感謝しているわ。
ダナ・キャランが今やりたいこと ▶
「DKNY」15-16年秋冬コレクションから
WWD:今はアーバン・ゼン・ファンデーションや「アーバン ゼン」の方に重要性を感じているということ?
ダナ:重要性の問題ではなくて、子どもがもう一人いるような感覚。それぞれに構ってあげなきゃダメでしょう?「ダナ キャラン ニューヨーク」「DKNY」「アーバン ゼン」の3ブランドがあるけど、全部に集中するのは難しい。それに私にはやりたいことがまだまだたくさんある。7年前から考えているのは、旅日記を書くこと。ハイチでの活動も大好きだし、もっと世界中を旅してさまざまな文化に触れたい。
WWD:15-16年秋冬コレクションは評価が高かったが、実感はあるか?
ダナ:それには驚いたわ。あんなに評価が高いとはね。確かにいいコレクションだとは思ったけど、これまで悪いコレクションを発表した覚えはない。まぁ、うわさによるといくつかあったみたいだけど。
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メーンラインの「ダナ キャラン ニューヨーク」を「DNKY」に統合する可能性は? ▶
WWD:ブラウンCEO、退任を決めたのはなぜ?通常であれば創業デザイナーの存在が企業の原動力になるが。
ブラウンCEO:全ての企業に当てはめられる戦略があれば、ビジネスはずっと楽だったでしょう。ベテランの創業デザイナーとどのような関係性を築くかは、全ての企業が直面する課題。DKIやダナ本人、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン(以下、LVMH)との密なやりとりの末、今のDKIにとって正しい選択だと判断した。すでに着手しているプロジェクトがたくさんあり、企業として重要な転換期にある。ダナがチーフ・デザイナーの座から退いても、彼女が築いた価値は生き続けるでしょう。強いDNAを持ったブランドは息が長い。
WWD:メーンラインの「ダナ キャラン ニューヨーク」を「DNKY」に統合する可能性は?あるいは数年後にリローンチする?
ブラウンCEO:「ダナ キャラン ニューヨーク」と「DNKY」はそれぞれ個性の強いブランドだけど、いずれもダナが設立時に築いた芯の部分は共通している。強くてセンシュアル、ニューヨークらしいモダンなブランドで、知名度もあるので商品ラインアップの拡充にビジネスチャンスがあるだろう。リローンチの可能性については、しかるべきタイミングで発表する。
WWD:ダナ、LVMHから企業を買い戻そうと考えたことは?
ダナ:もちろんよ。売ったその日からね(笑)。ブランドは自分が産んだ子どもみたいなものだから、自分で守りたいと考えるのは普通でしょう?でもLVMHは親会社として手厚くサポートしてくれている。ブランドへの理解も深く、実績も素晴らしい。ベルナル・アルノ会長兼CEOやピエル・イヴ・ルセルLVMHファッション・グループ会長兼CEOを深く尊敬しているわ。ブランドの売却当時は、イヴ・カルセル元ルイ・ヴィトンCEO(14年8月に死去)にとても良くしてもらった。彼の自宅に行ったら、仏像が置いてあったのを覚えている。
WWD:アーバン・ゼン・ファンデーションは自己出資からなる事業。一時は、「DKIの一部としてLVMHに出資してほしかった」と話していたが、今はどう感じている?
ダナ:アーバン・ゼン・ファンデーションの構想ができたのは15年前。2つのブランドの次は、これしかないと思った。慈善事業とビジネスの両立は可能だと信じている。カオスな日常の中に安らぎを見つけたかったの。それがこのプロジェクト。
WWD:アメリカのカジュアルに変革をもたらしたデザイナーとして知られるが、自身の影響力に気付いたのはいつ頃?
ダナ:ブラックがメーンカラーなのにお葬式用じゃない、センシュアルで着心地が良い服の反響が大きかった時や“女性が持つべき7アイテム”が浸透した時。ちなみに、ウィメンズウエアにストレッチ素材を採用したのは私が初めてなのよ。
WWD:あなた自身の次なる一歩は?
ダナ:旅日記を付けることかな。バイクに乗って新しい場所を旅し、現地の職人たちと交流したい。ハイチでの活動が素晴らしいのはヘルスケアや教育、文化の温存の各面が充実している点にある。あと、「アーバン ゼン」の世界観を具現化すること。イメージはできている。1階にはコットンやカシミヤのナチュラルな洋服、キャンドル、音楽があって、カフェではヘルシーな食事を取れる。2階には瞑想やヨガのためのスペースと会議室のようなものがある。3階はタイ式マッサージや指圧を受けられる空間。隣の建物は1階がレストラン、2階が居住スペースになっていて、下の階で食事が済むからキッチンもない。3階にはスパがあって、私のような忙しい人たちが通うの。これらが全部そろっている場所が必要なんだけど、まだ存在しない。まだ夢の段階だけど、大きな夢でもアイデアでも口に出せば自然とかなうものだと思っている。
WWD:DKIでのキャリアを振り返って、ターニングポイントになったことは?
ダナ:まずは初日。自分と、友人たちのためのブランドにとどまると思っていて、ここまで成功するなんて夢にも思わなかった。2つ目はメンズウエアを始めた時。ビル・クリントン=アメリカ大統領(当時)から突然電話がかかってきたと思えば、「ダナ、就任式で着るスーツが必要なんだ」と頼まれたことも。3つ目は「DKNY」のローンチかな。初めてブティックに入った時、皆驚いたと思うわ。メンズ、ウィメンズ、キッズ、犬用まで75ルックはあったから。あのころそんなショップはなかったから「一体何が起きているんだ」と(笑)。4つ目は、ロンドンとマディソン街にコレクションストアをオープンした時。そして、5つ目は今日。今日は終わりではなく、新しい始まりの日。DKIを立ち上げたころ、ここに座ってこんな話をする日が来るなんて想像もできなかったから。
WWD:一番大切なものは?
ダナ:家族。