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ハーモニー・コリンが語る「新しい映画作り」——映画とゲームの融合、そしてテクノロジーによる表現の実験

取材場所に指定されたバーに着くと、蛍光イエローの目出し帽を被った男が紅色のソファーに座り、フォトグラファーとフォトセッションをしている。傍らにあるテーブルには灰皿が置かれ、その上の葉巻はかすかにくすぶっている。

ラリー・クラーク(Larry Clark)の映画「KIDS/キッズ」の脚本を書いた時、彼は19歳だった。その後、「ガンモ」で監督としてデビューし、“恐るべき子ども”と評された。「スプリング・ブレイカーズ」や「ビーチ・バム まじめに不真面目」で映画監督としてのキャリアを重ね51歳になった彼は現在、南米やアジア出身の才気あふれる若いクリエイターたちとEDGLRD(エッジロード)を立ち上げ、新しい映画作りに挑んでいる。「映画作り」というには語弊があるかもしれない。彼らが作っているのは、まったく新しい「体験」なのだから。

EDGLRDはマイアミのビーチハウスに拠点を置く、デザイン集団である。CGデザイナーやゲームデザイナー、スケーター、現代美術家、プログラマーによって構成され(中にはマーベル・スタジオや大手ゲーム会社で働いていた人物もいる)、スケートビデオから3Dプリンタを用いた立体作品、トラヴィス・スコットの「カクタス・ジャック(CACTUS JACK) 」と「ナイキ(NIKE)」のコラボスニーカーのキャンペーンビジュアル、ザ・ウィークエンド(The Weekend)と雑誌「032c」のためのコンセプトムービーなど、多岐にわたるフォーマットで作品を発表している。この謎多きクリエイティブスタジオが、2024年に満を持して公開したのが「AGGRO DR1FT(アグロ ドリフト)」だ。公開とはいえ、映画祭や限定上映を除けば、この映像を映画館で観られるチャンスはほとんどない。「AGGRO DR1FT」のワールドツアーは、世界各地の音楽ベニューやストリップクラブ、ギャラリーを舞台に、DJやダンサーによるパフォーマンスとセットで上映するという興行スタイルがとられているのだ。

「AGGRO DR1FT」のあらすじは、家族想いの殺し屋が業界から足を洗うために、悪魔のようなターゲットの暗殺任務を遂行する、とまとめることができる。ストーリーは至ってシンプルで、語り口にひねりがあるわけでもない。べネチア国際映画祭の上映で観客の半数が途中退場したのも、さもありなんといった感じだ(残りの半数は10分間のスタンディングオベーションを送った)。トラヴィス・スコットが出演することでも耳目を集めたが、全編がNASA所有の赤外線カメラで撮影されているために、表情はちっとも見えない(シルエットだけでトラヴィスだと分かるのだが)。さらに、ボイスオーバーで何度となく繰り返される主人公の独白は両手で数えられるほどのパターンしかなく、暗殺対象のボスは昨今では珍しいほど単純化された、絵に描いたような“悪人”だ。しかし、それらは全て明確な意図の下に設計されているのだ。近年は映画を観ず、ゲーム三昧の日々を過ごしているという監督の意図の下に——。

「AGGRO DR1FT」はなぜ映画館で上映しないのか。EDGLRDが共有する「ゲームコア」という美学はいかなるものなのか。そして、今一番お気に入りのミーム映像とは。マスクを脱ぎ、葉巻をくわえたハーモニー・コリン(Harmony Korine)が語りはじめる。

——EDGLRDには多分野にまたがる若手クリエイターが世界中から集まっているそうですね。

ハーモニー・コリン(以下、コリン):うん、みんな若い。僕が最年長だからね。テクノロジーに基づくデザイン集団で、ゲーム開発者やグラフィックデザイナー、AIの専門家みたいな視覚効果の分野出身者もいれば、コーダーやハッカーのような技術者もいる。マイアミのスタジオにいつも集まっていてね。頭に浮かんだことはなんでも創ることができる場所だよ。

——アイデアをすぐに具現化できる?

コリン:そう、なんでもね。

——チーム作りはどうやって? 面接されることもあるのでしょうか?

コリン:たまにね。でも、若い子たちは自分の作ったものをインスタグラムやXで送ってきてくれるんだ。面白かったら採用する。それにチームの中には、SNSで面白いクリエイターがいないか探す担当がいて、見つけたら僕に見せてくれるんだ。ブラジル、アルゼンチン、中国、世界中から集まってきているよ。

——今のチームの規模は?

コリン:50人くらいかな。会社ができたのがほんの1年前。1年目は、制作と開発に集中していたから、最近ようやくその成果を世に送り出すことができるようになった。これからどんどん発表していくよ。例えば、今は、頭で思い描いたものをそのまま映像化する技術を開発していてね。プロンプトは要らない。思考を直接スクリーンに映し出すんだ。「ドリームボックス」って呼んでるよ。寝ている間に見た夢を丸ごとダウンロードすることも可能になる。

——どういう仕組みなんですか?

コリン:外付けのマイクロチップなんかを使って、脳波を読み取るんだ。

——「AGGRO DR1FT」にはゲームの「グランド・セフト・オート」のようなノリと世界観がありますが、ゲームは普段からプレイされますか?

コリン:うん。というか、最近はもっぱらゲームだね。ここ2、3年は映画も観なくなったから、本当にゲームばかりしているよ。

——ちなみにタイトルは?

コリン:最近はずっと「レインボーシックス シージ」をやってたよ。1人称視点のシューティングゲームでは一番好きかな。「エルデンリング」もたくさんプレイしているし、「Halo」もやり直してる。EDGLRDのチームは「Call of Duty」が好きで、仕事終わりにみんなでプレイすることもある。あと、そうだ、新しい「ゼルダ」(「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」)もやってるよ。あれは素晴らしいゲームだね。

脚本のない映画作りと、新しいナラティブ

——EDGLRDのチームは「ゲームコア」という固有の美学を共有しているそうですが、それはどういったものなのでしょう?

コリン:僕らがゲームを好きな理由、あるいは僕がクリアするまでに何カ月もかかるようなゲームに時間を溶かす理由はね、中毒性があるのはもちろんだけど、なにより満足感があるんだ。この前「フォートナイト」で20キルしたんだけど、その時の満足感といったらなかったね。最近のゲームのグラフィックやアニメーションは、レベルが高過ぎるよ。ゲームは映画を観るよりも能動的だし、ずっと報われるんだ。だから、あらゆるものをゲーム化する実験を始めたというわけさ。「AGGRO DR1FT」もいろんな点で、すごくゲーム的だよ。もうすぐ完成する「BABY INVASION」は、ゲーム化のアイデアをさらに発展させたものだしね。今までにない作品になってるよ。映画であるかどうかさえ僕にも定かじゃない。まあ、映画とゲームの合いの子といったところかな。

——ゲームのインタラクション性に興味があるのでしょうか?

コリン:そうだね。映画でも僕らはまず、登場人物のスキンを作るんだ。それは、もしかしたら終わりのない映画かもしれない。場面を新たにデザインしたり、その順番を入れ替えたりしてね。そう、僕は今映画をプレイし始めているんだ。

——ゲームとして遊びたい映画はありますか?

コリン:「カーター」っていう韓国映画(2022)があってね。アクションシーンがすっごくいいんだ。ゲームにしたら最高だろうね。

——近年は「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が興行的に成功し、「デス・ストランディング」の映画化が発表されたりと、ゲームと映画が融合してきています。その接近についてはどう思われますか?

コリン:今はあらゆるものが融合してきているよね。EDGRADを立ち上げた理由はつまり……僕はEDGLRDでクリエイティブ・ディレクターのような役割なんだ。僕らがやろうとしているのは、若い子が参加できるようなあらゆる種類のテクノロジーを用意すること、そして、テクノロジーを使って表現形式を推し進めたり、実験したりするのを可能にすることにある。だって今なら、ゲームエンジンだけで1本の映画を作れるかもしれないんだからね。昔は映画1本を撮るのに何年もかかっていた。でも、今僕らが試しているのは1カ月で映画を作る方法なんだ。

——「AGGRO DR1FT」には脚本がないのだとか。

コリン:そう、脚本はもう使ってないからね。というか、ずっと前からそれを目指していたんだ。「AGGRO DR1FT」では基本的に場面のドローイングを描いた。撮影現場で瞬間的に場面を描いては役者たちに伝え、それを基にまた場面を描く。コンセプトに基づいて、フリースタイルで映画を作ってるんだ。というのも、僕は脚本家として映画の道に入ったわけだけど、少しずつ脚本に対する興味を失っていてね。

——脚本がないのであれば、映画の完成はどのように判断するのでしょう?

コリン:これでいい、と思える時が来るんだ。絵に近いかもしれないね。作品を作っていると、全部出し切った気がする瞬間があるんだ。そこに至れば、自然と分かる。言葉で表そうとすると難しいんだけどさ。

——「AGGRO DR1FT」は映画館ではない(ライブハウスなどの)ベニューを巡業していますが、それはなぜでしょう?

コリン:映画館で上映するのがしっくりこなかったんだ。「AGGRO DR1FT」が映画だという確証もなかったし。それで感覚的な体験にしたいと思ってね。映画を観ながら音楽を聴き、TikTokを観る、それが今の生活なんじゃないかな。

全てのまばたきは編集である

——ゲーム以外にも、TikTokで短いクリップを見るのにハマっているそうですね。

コリン:そう。脳が腐る感じもするし、毒みたいなものもたくさんある。でも大好きなんだ。XやYouTubeのリールやインスタグラムで見るものは、僕の作った映画を超えてるよ。例えば、砂の中から3本足の男がはい出てくる動画があるんだけど、この前もそれがどうして存在するのか、一日中考えていたよ。文脈がないっていうのがミソなんだろうね。誰が考えたのか、どうやって存在しているのか、本物なのかそうでないのか……それが分からないからこそ、たまらなく面白いんだ。

——特に好きなクリップはありますか?

コリン:ブドウを踏みつけている女性の動画がお気に入りかな。見たことある? ニュースの映像なんだけど……そう、これこれ。


——Midjourneyのような画像生成AIでも遊びますか?

コリン:もちろん。いろんなAIを試しているし、自分たちで独自のLLMを構築してもいるよ。新しい美学をあらゆるジャンルに導入しているんだ。

——チーム内では「ブリンク」という概念を共有しているそうですね。どんな概念なのか改めて聞かせてください。

コリン:ヒトはまばたき(ブリンク)をするたびに時間を編集しているってことだよ。つまり、人生が1本の映画だとしたら、まばたきは編集なんだ。

——確かに。

コリン:僕は、従来のリニア(直線的)なナラティブに収まらないようなものを考えていたんだ。それは映画ではないかもしれない。15分の長さでもいいし、5秒未満でもいい。それが「ブリンク」だった。それでEDGLRDのスタジオでは、多くのフォーマットを「ブリンク」と呼んでいるんだ。

——EDGLRDの成果物はさまざまな形式にまたがりますが、中心になる分野や形式はありますか。それぞれどのようにマッピングしているのでしょう?

コリン:中心になるもの……どうだろう。でも、EDGLRDを立ち上げてからいろんなアニメーションと出会っているのは間違いない。すでに書き終えたアニメも1本ある。次作はそれに取り組みたいね。でも全部が映画になるわけじゃない。フィルターになるかもしれないし、スケートデッキのグラフィックになるかもしれない。だから、スケートビデオを作っているような感じだね。今の環境は素晴らしいよ。スタジオには大部屋があるんだけど、部屋から部屋へ歩き回って「あれをやろう、これをやろう」って次々試せるんだからね。巨大な3Dプリンターが3台あって、マスクや立体作品を作ることもできるし、服だって作れる。それ自体が(創作の)糧になっていくんだ。

——マスクといえば、あなたの映画にはよくマスクが登場しますよね。

コリン:アイデンティティーを曖昧にしたり、変えたりできるのがいいのかもね。(マスクの多用は)意識しているわけではないけど、アイデンティティーというものには昔から興味があったんだ。

——以前インタビューで、マイアミで毎日のように「タコベル」を食べていると読みましたが、今でも相変わらずの食生活ですか?

コリン:うん。「タコベル」は大好物だからね。マウンテンデューもよく飲むよ。

——好きなメニューは?

コリン:クランチラップ スプリーム。あれなら10個だっていけるよ。

PHOTOS:TAKUROH TOYAMA

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