サステナビリティ

「アシックス」×「CFCL」 “なるべくデザインを足さない” コラボスニーカーという斬新

「アシックス(ASICS)」は「シーエフシーエル(CFCL)」とコラボレーションし、CO2の排出量が世界最少のスニーカー“GEL-LYTE III CM1.95“から全3色を発売した。スニーカーコラボといえば両ブランドのロゴを掛け合わせるなど“足し算”のデザインや、希少性を高める限定数販売が定石だが、この取り組みにおける“コラボ”の意味は異なる。「排出量を減らす」ためにはパーツ数などデザインの引き算が欠かせないからだ。では「減らし」ながら、両社の何を掛け合わせたのか?荒井孝雄アシックス サステナビリティ統括部サステナビリティ部環境・コミュニティチームと、高橋悠介CFCL代表兼クリエイティブ・ディレクターに聞いた。

WWD:コラボレーションのきっかけは?

荒井孝雄アシックス サステナビリティ統括部サステナビリティ部環境・コミュニティチーム(以下、荒井): 2021年に私たちが環境省のワーキンググループに参加した頃、同省から「CFCL」を紹介してもらったのが出会いだ。

高橋悠介CFCL代表兼クリエイティブ・ディレクター(以下、高橋):我々は「CFCL」を立ち上げた直後で、話を重ねる中で共有する考えが多いことを知った。より多くの生活者にCO2排出削減のことを考えてもらいたい思い、などだ。その後「ファッション プライズ オブトウキョウ」を受賞し、2022年にパリでプレゼンテーションを行うことを決めた時に課題になったのが足元だった。ニットを中心に販売しているブランドなので、靴にビジネスを広げるのはリスクがあるし、お客さんからしても「CFCL」で靴を買う理由がない。その頃、この靴を開発している話を聞き、一緒にできたらいいね、となった。

荒井:「CFCL」はコンセプトが明解で、尖ったメッセージを掲げつつデザイン性に優れて利益を生み出している。非常にパワフルなブランドだと当初から思っていたので、メッセージを届けるパートナーとして取り組めて非常にありがたかった。

WWD:“尖っている”とは?

荒井:メッセージの伝え方が、シャープだと思う。弊社であればこの靴を作るにしても「将来の地球環境のことを考えてやろう!」という理念だけでは足並みを揃えるのは難しく、各所にコンセンサスを取り進めた。「CFCL」はニットにフォーカスしたものづくり、環境問題に対するメッセージ、経営理念などがストレートに伝わってくる。実際には色々な苦労もあるのだろうけどそれを感じさせない。簡単じゃないとわかるだけにすごいと思う。

WWD:高橋さんから見て「アシックス」とはどういうブランド?

高橋:神戸にある「アシックス」のスポーツ工学研究所を訪問し、品質基準の高さ、履き心地を科学で研究する姿勢に感銘を受け、納得感があった。ここまで徹底しているメーカーはなかなかないのでは?初めてパリに臨むタイミングだったこともあり、日本のブランドである「アシックス」とのコラボレーションは最適だった。

難しかったのは、世界最少のCO2排出量を実現しながら品質を保つこと

WWD: “ゲルライトスリーシーエム 1.95(GEL-LYTE Ⅲ CM 1.95)”はCO2排出量を削減するために多くの工夫がされるが、中でもポイントを一つあげるとすると?

荒井:原型は、アシックスのスポーツスタイルカテゴリーの定番である“ゲルライトスリーオージー(GEL-LYTE III OG)”だ。難しかったのは、世界最少のCO2排出量を実現しながら「アシックス」の品質を保つこと。一番のこだわりをあげるなら、サトウキビなどを原料とした複数のバイオベースポリマーを配合して新開発したミッドソール “カーボン・ネガティブ・フォーム”だ。

WWD:バイオベースの素材は色々あるが、“カーボン・ネガティブ・フォーム”は他と何か違う?

荒井:最適なクッション性や耐久性、履き心地を手に入れるために複数のバイオベースの材料の配合方法を追求している。CO2排出量削減の研究は2010年から続けており、これまで色々な素材を使ってきた。その経験があるからここに至っている。

WWD:他に難しかったところは?

荒井:アッパーのデザインだろう。紐を通す穴を開けたらそこを補強するためにパーツを加えるなど、靴にはたくさんのパーツがある。そのパーツはデザインのアクセントにもなっている。一方、CO2排出量を削減するためには、使用する材料の量をどれだけ減らせるかがポイントになる。結果、パーツの数は原型の半分以下とした。このバランスが難しかった。パーツを極限まで減らしてつるんととしたデザインにしたらいいかと言えば、そうではない。履く人にとって価値あるデザインにしたい。そして、“ゲルライトスリーオージー(GEL-LYTE III OG)”の要素を残したい。だからアッパーにパーツを彷彿とさせる刺しゅうを入れた。

“CO2排出量の目標がある中で、何も足さないのが一番いい”

WWD:そこに意味があるからパーツが増えているわけで、減らすことが難しいことは想像がつくが、減らしすぎにより魅力を損なって手に取ってもらえなかったら意味がない、これまでのスニーカーデザインにはない思考だと思う。コラボでは何を行なったのか?

高橋:これが難しくて。従来のコラボレーション製品の開発はイコール、アイコニックな製品に付加価値を付加してゆくことだった。ところが今回「アシックス」はカーボンミニマムな靴を世に送り出したいと燃えている。CO2排出量の目標がある中で何ができますか?と問われれば、何も足さないのが一番いい。じゃあ、デザインしないのかと言えば、そうではない。結果、重視したのは「CFCL」のドレスに合わせる時の“品格”が担保できているか、だ。色使いやブランド名に入れ方などに表れている。

日本政府も2050年カーボンニュートラルを目指す中、「CO2の排出量を考えながら服をデザインする」は、きっと訪れる未来の一つ。コラボを通じてデザインの意味って何だろうと考える良いきっかけになった。

WWD:CO2削減も含めてデザイン、は興味深いテーマだ。

荒井:CO2の排出量の計算に関係する部分は僕らに任せてもらい、高橋さんの細部のこだわりをどう実現するか、ニットの組織の密度や紐の形状、微妙な色のトーンなど意見交換をした。「CFCL」のブランド名も別パーツを足すのではなく、元々「ASICS」の文字が入っている部分に「CFCL」の文字を置き換えてプリントしている。

高橋:私自身、「履き心地を損なわずにCO2の排出を減らすデザイン」については知らない部分も多いから、私が提案したことが採用されずに「アシックス」が決めた方法で進むこともある。そのコミュニケーション自体がコラボレーションだと思う。

WWD:これまでのスニーカーのコラボとは発想が大分違う。

高橋:限定生産で瞬間完売、といった従来型のマーケティング手法はこのコラボにはフィットしない。お客さんに訴求するのは「希少性」ではなく都市の生活の中でなじむ「普遍性」であり、長く履いてもらうことだ。

「CFCL」のスタイルにおける靴の役割

WWD:「CFCL」のスタイルの中で靴はどういう役割を果たしているのか。

高橋:靴は機能性とデザインが切っても切れない関係性にある。服なら、「今にも破れそうなTシャツ」が成立するけれど靴はそうはいかない。そして、靴選びには「生き方」が出ると思う。

「CFCL」の服はニットが軸。ニットはカジュアルな素材だがそれをいかにして現代のオケージョンの中にフィットさせるかをチャレンジしている。それはスニーカーも同じで、スポーツのための靴として誕生したけれど、今や日常生活に溶け込んでいる。そして「ドレスにスニーカーを合わせてカジュアルダウン」という発想も一昔前のものになりつつある。これからはオケージョンにも対応できるスニーカーが必要になると思う。

WWD:「CFCL」は今年、香水も発表した。今後はどのようなアイテムに広げるのか?

高橋:2024年春夏コレクションでは「フォーナインズ(999.9)」との協業でアイウエアを発表した。私はひとつのファッションブランドが総合的にアイテムを手がけるより、専門領域を持つ企業が分担をしてプロダクト化してゆく方がよいと思っている。社内だけでは到達できない発見があることがコラボレーションの意味だと考えるからだ。

荒井:我々にとってもパートナーシップはとても重要で、自社の知見にはどうしても偏りがあるからパートナーシップを通じてイノベーションを起こすことが次へのカギとなる。

靴のリサイクルは今後の課題

WWD:それにしても「よりCO2排出量が少なく」とは、メーカー間で新しいタイプの戦いが始まっている。

荒井:この製品を次にどう発展させるか、まさに今話し合っている。ひとつは、さらに排出量を下げる方向、もうひとつが今回得られた知見を社内に展開して会社全体として削減インパクトを出す方向だ。

WWD:スケールの大きな視点だ。

荒井:CO2削減をするにあたり苦労した点のひとつが再生エネルギーの調達だ。2022年9月に“ゲルライトスリーシーエム 1.95(GEL-LYTE Ⅲ CM 1.95)”を発表してから発売までに1年かかったた理由もここにある。このスニーカーはベトナムの工場で生産しているが、ベトナムの全電力のうち再生エネルギーは5%程度と非常に少ない。事業の意図やビジョンを工場に伝えて理解を得て、屋根に太陽光パネルを設置してもらい、生産ラインの電力を調達するまでに時間を要した。

WWD:そういった点も含めて設計するのがこれからの「デザイン」なのだろう。ところで靴の廃棄は服以上に難しい。生産者として靴のエンド・オブ・ライフについてはどう考えるか?

荒井:まさに次の課題だと考えている。僕らが発表しているCO2排出量削減の施策はサプライチェーンの上流での話、つまり原材料の調達と製造、輸送までだ。工場で発生する廃棄物をリサイクルに回しているが、それは靴になる前の話。廃棄された製品のリサイクルは、現段階ではイエスとは言えない。靴は構造が複雑で、多くの材料をしている。これがリサイクルを非常に難しくしているひとつの理由だ。

WWD:分解しやすい構造や単一素材を採用しつつ、かつパフォーマンスを発揮できる靴の設計は途方もなくハードルが高い。

高橋:こういう取り組みの記事を通じて生活者に課題を知ってもらうことは大事だと思う。それがファッションの持てる影響力でありエネルギーだと思うから。

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