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識者3人で考える「ファッション産業の未来とは?」 バーチャサイズと考える服とテクノロジーの行方

 経済産業省は4月、「ファッションの未来に関する報告書」を公開した。2021年11〜12月に気鋭のファッションデザイン研究者の水野大二郎・京都工芸繊維大学教授を座長に、ローランド・ベルガーの福田稔パートナーとファッションクリエイティブディレクターの軍司彩弓氏を副座長に、編集者やジャーナリスト、スタートアップ起業家、ファッションデザイナー、若い研究者など多彩な34人の有識者を集めて議論し、その内容をまとめたものだ。雑誌のようにデザインされた報告書は97ページにまとめられ、ビジネスモデルやSDGs、環境問題など多岐にわたるテーマを議論した。副座長を務めた福田氏とともに有識者メンバーの藤嶋陽子・明治大学特任講師、そして最有力ファッションテックスタートアップ企業の一つであるバーチャサイズの高橋君成・最高ビジネス責任者(CBO)を交え、「ファッションの未来」をテーマにした対談をお届けする。

「ファッションの未来」を
考える上で、重要だったこと

WWDJAPAN(以下、WWD):経産省の「ファッションの未来に関する報告書」はたいへん読み応えがあった。印象的だったことは?

福田稔ローランド・ベルガー パートナー(以下、福田):「ファッション未来研究会」の目的の一つは、一人でも多くの人に大きな変革にあるファッション産業の課題や未来を伝えることだった。議論にはBASE創業者である鶴岡裕太氏のような起業家から、ラグジュアリーブランドのトップ、バイオテクノロジーの専門家、弁護士、投資家など、海外やファッション領域以外の人も参加した。これまでの経産省の報告書であれば、小売業や大手アパレルのトップやキーマンが多くの割合を占めていた。しかし多種多様なメンバーが議論に参加したこと自体が、「ファッション」そのものの可能性や広がりを象徴していたと思う。

藤嶋陽子・明治大学特任講師(以下、藤嶋):ファッションと一括りに言っても、それぞれ捉えているものや大切にしているもの、価値観には随分と差異があると再認識しました。多彩な人たちが集まって、そうした違いや感覚を共有し、これからを考える。これまでにはなかった、貴重な機会だと思いました。

WWD:ファッション産業の課題として感じたことは?

藤嶋:大学で授業をしていると、ファッションに興味がある人は業界全体での環境問題の取り組みを認知し、「大量廃棄をして環境に負荷の大きい産業ですよね」と理解している人もいますが、一方でSNS、例えばTikTokやYouTubeではプチプライス商品の爆買いみたいなことも定番で身近なコンテンツになっています。ファッション産業の関係者では当たり前だと認識されている取り組みや価値観がまだまだ浸透しておらず、期待している消費者像とも解離があると感じています。「ファッション」という言葉の持つ広がりや大きさが、ある種のすれ違いのようなものを生み出して、極端な場合はそれが情報の分断にもつながってしまっていると感じています。

福田:同感です。実際、多くの企業はもうほとんど大量廃棄をしていない。ただ家庭に回った衣服は、7割はリサイクルされずゴミになり、その多くは焼却されている。これは程度は違えど日本でもグローバルでも同じだ。大量にモノを作る以上は、どうしてもゴミが出てしまう。ファッション産業の根本的な課題は大量生産、大量廃棄問題のサイクルから抜ける道筋がまだ見えていないことだ。

大量生産・大量廃棄からの
脱却に必要なこととは?

WWD:大量生産、大量破棄という産業構造から脱する道はあるか。

福田:産業構造は日本を含め、グローバルでラグジュアリーブランドと、大手SPA&ファストファッションという二極化が進み、SPA&ファストファッションはモノの消費と生産のボリュームが大きく、しかもサイクルが早い。この前提を踏まえたときに、環境への負荷を減らすためには回収の仕組みを確立するとともに、リサイクル技術を革新していく必要がある。

藤嶋:私は、製造過程や素材に配慮されたものは価格が高く、その価格を受け入れる=価値観に賛同する、あるいは受け入れない=拒否するの2択として消費者に委ねている点に違和感を抱いています。「この商品は買ってもいいモノです」といった考え方を押し付けてしまっているようにも見える。新しいモノを生み続けるモデルが前提になっている。

WWD:解決策は?

藤嶋:簡単な問題ではないのですが、ただ、全ての指標が、「売る」ことを前提になっていることにヒントがあると思っています。今は服を売り上げた枚数は分かっても、その後、その服が何回着られたか、どういう組み合わせで着られたかのかは分からない。授業やワークショップで聞いてみると、消費者側も服をどのくらい持っていて、実際それぞれどのくらい着ているかを正確に把握している人はほとんどいません。情報を埋め込んだICタグの情報を読み取りできるRFIDなどの導入や多様なデータ取得、活用の取り組みも進んでいるので、そういった情報をトラッキングして、「売上とは違う指標」としてモデル化できないかな、と。新しいものを作ることを続けていくためにも、消費者と「売る」「買う」以外の関係性もつくれたら面白いと思います。

福田:面白いですね。確かに私も服を何着持っているのかなんて全然分からないです(笑)。家庭のクローゼットがデジタル化して、持っている服が何回着られたかなどの情報が可視化されたら、こんなに服があったのかとか、あまり使われていない服があったりして、消費者の意識も変わるかもしれない。オンライン試着サービスの「バーチャサイズ(Virtusize)」が、そこに近づける可能性も?

高橋君成バーチャサイズ最高ビジネス責任者(以下、高橋):現時点での「バーチャサイズ」のクローゼット機能は、過去に自分が購入したものや気になったアイテムと、現在購入を検討したいアイテムのサイズを比較できるものですが、自分と同じアイテムを持っている他のユーザーが、1年間に平均100回着ているのに、自分は半分しか着ていないみたいなデータが取れれば、リコメンドの精度を高めたり、新しいサービスの開発につながったりする可能性はあると思います。

産業の縮小を超えた、
その先にある「勝ち筋」とは?

藤嶋:売り手や消費者の意識も変わることで、ビジネスモデルも変わる。新品を買うより、長く着られる服で何か収益を上げられるようになれば、「売る」だけで展開しなければならないビジネスから逃れられるかもしれないですよね。

WWD:サプライチェーンをより進化させたり、必要なものだけを売るデマンドチェーンとリサイクル技術を組み合わせたら総量が減る。つまり産業の衰退にもつながるのでは?

福田:総量を減らすと一時的に事業規模はおそらく減る。現在でもファストファッション企業が生産量を絞ったことで、バングラデシュの縫製産業で雇用が減っているという事実も、残念ながら起きている。だが、産業全体が生き残り、進化するためには必要なことだと。このままで行けば、もっと大きな損失や衰退につながりかねないからだ。実際にグローバル市場に受け入れられるような高付加価値の商品を作りつつ、環境負荷を抑えたサステナブルなビジネスモデルで成功している企業もある。その代表がパタゴニアだ。パタゴニアは2025年にカーボンニュートラルの目標を立てている。服を作っている限り、CO2の排出は避けられないが、ゼロにすると言っている。つまり相当生産量を絞り、真面目にリユースやリサイクル、リメイクにシフトしていって、本当に適量だけを売って、企業責任としてカーボンニュートラルにすると宣言している。日本でもグローバルに受け入れられる価値観とブランドの構築すれば、日本のアパレル産業の活性化にもつながるはずだ。日本のアパレル産業は国内市場のみに限定されており、衣服の完成品輸出を比較すると日本の輸出規模はフランスの40分の1ほどしかないのだから。

WWD:ビジネスを再定義するという視点で、ファッションにまつわる気になる事例や現象は?

福田:アパレル産業は、その時の世の中を端的に反映する業界だと思う。例えばZ世代はサステナブルみたいな話もあるが、実際にはサステナビリティに関心がないZ世代もたくさんいる。快楽主義的に服を買い続ける人は日本にも世界にもたくさんいて、例えば「シーイン(SHEIN)」の急成長は、そうした事実を裏付けている。先ほどパタゴニアの話をしたが、人々の間である種の分断が起きていて、解決の道筋をつけるのは難しいと感じる。逆に面白いと感じているのは、メタバースだ。メタバースというと、一般的には完全なバーチャルの中のアバターのようなVR(バーチャル・リアリティ=仮想現実)を思い浮かべると思うが、私はVRよりもAR(オーグメンテッド・リアリティ=拡張現実)に可能性を感じている。グーグルグラスのようなAR機器は今後、ますます進化し、普及するだろうし、そうなると日常生活の中にARが入り込んでくる。こうしたARは、コミュニケーションインフラとしてのSNSの進化やゲーム・チェンジなども後押しするはずだ。

現在のテクノロジーでも、
リアル店舗の進化にはまだ足りない!?

高橋:すごく面白いと思います。「バーチャサイズ」のクライアントのある有力アパレルから、リアル店舗の「試着体験」をもっとリッチにしたいという相談を受けたことがある。アパレル企業には有力な店舗であるほど、試着室が混み合ってしまうという悩みがあるからだ。相談を受けて、AR機器で試着体験ができたら最高にリッチだと思って調べたのだが、実際にはテクノロジーとのギャップが大きすぎて実現が難しい。実は服の試着をリアルタイムにARで見せるためには、最先端のAIで処理をしても能力がまだ追いつかない。

福田:かなり話題になっているアマゾンのアパレル店舗「アマゾン・スタイル」も、実際にはVRやARではなくたくさんの試着室を並べている。それがまだ最先端という現実もある。

高橋:でも逆に言えば、この5〜10年で技術さえ追いつけば、リアル店舗ががらりと変わる。当社も、そこを見据えて常に既存技術のアップデートや新サービスの開発のアイデアは常に磨いています。逆に10年前と比較すると、店頭在庫とオンライン在庫の連動は当たり前になっているし、売り方の面でも大きいサイズはオンラインのみで展開するなど、実は見えない部分のアップデートはだいぶ進んでいる。実は当社も水面下では、アパレルや小売企業に加え、繊維商社やデザイン企業とも連携し、弊社で取得できる消費者の身体情報や趣味・トレンドなどをもとに企画や生産の段階からサイズデータを生かして需給ギャップを解消する取り組みを始めています。

TEXT:MIWAKO ANNEN
PHOTO:KAZUO YOSHIDA
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