ファッション

英国デザイナー3人が決起、医療用ガウン自給の道を開拓できた背景

 新型コロナウイルスのパンデミックにより、英国では 感染者の増加で、病院やケアホームなどの医療現場では 医療用防護服(PPE)の確保が急務になった。3月下旬からの始まったロックダウン(都市封鎖)で制約された状況下、デザイナー3人が集まり、ボランティアでの医療用ガウン供給を目指してNPO団体「EDN(Emergency Designer Network)」を結成した。設立当初はデザイナー10人ほどの参加を想定していたが、 企業や工場、デザイナーやパタンナーなど、現在の参加者は大小合わせて約170に達し、 無償で医療用ガウンなどを供給している。

 パンデミックも収束に向かいつつある今は、今後起こり得る第2波を想定し、ストックを生産し続けたり、改良を目指した開発を行ったりするなど、支援を継続しているという。主要メンバーであるデザイナーのホリー・フルトン(Holly Fulton)、ベサニー・ウィリアムズ(Bethany Williams)、フィービー・イングリッシュ(Phoebe English)、PR兼仲介役のコゼット・マックリーリー(Cozette McCreery)の4人に、EDN結成のきっかけと支援の内容、そして今後の支援の形について尋ねた。

――結成の経緯は?

ホリー・フルトン(以下、ホリー):欧州各地でロックダウンが相次いで発表されていた3月中頃、PPE(医療用防護服)の生産を手伝ってくれないかと複数の病院や団体から連絡が入った。こんなに小規模なデザイナーに連絡が来るとはと、逼迫した状況であることをすぐに理解した。

ベサニー・ウィリアムズ(以下、ベサニー):同じ頃、私の生産拠点の一つであるイタリアの工場からも、国のためにPPEを作るラインに切り替えると連絡が入ってきていた。

ホリー:その後すぐにかつての恩師からも、PPEを作ってある病院を助けてもらえないか、 という連絡が入った。一度にこれほどの数の連絡が入るほど事態が深刻なのだと理解した。すぐにフィービー(・イングリッシュ以下、フィービー)とベサニーに声を掛けてEDNを設立した。名前もこのタイミングで自然と決まった。

コゼット・マックリーリー(以下、コゼット):これまで英国はPPEを主にトルコからの輸入に頼ってきたため、早急なストックの確保が必要だった。

ホリー:パンデミックのためにケタ違いの不足が生じて、国内での早急な生産が求められていた。サステナブルな生産を続けてきたフィービーの知識とネットワーク、ローカルでの生産が得意なベサニーに頼れば、迅速な流れを生み出すことができると思った。
※注:ベサニーは、 イタリアの社会改善プログラムへのサポートとしての生産以外は自身のブランドの生産をすべて英国内で行っている

――それぞれの得意分野でタッグを組んだ。

ホリー:2人に連絡した直後に、これはジョイントネットワークにして参加者を募り、ひとつのムーブメントにすることでより効果的に動けるのではないか、と思いついた。実際、EDNのようなことをプロジェクトとして立ち上げたいという声も聞こえてきていたし、私のインスタグラムの投稿のあとには、メディアも含めてすぐに反響があった。徐々に参加者が増えていき、現在は約170の企業や工場、デザイナーやブランドなどが無償の支援に参加してくれている。

有事には一丸となってチームワークを発揮する

――コゼットはどの時点で参加したのか。また、役割は?

コゼット:検査をしてないから正確には断定できないが、3月中旬に自分に新型コロナウイルスのような症状が出ていた。「シブリング(SHIBLING)」の休止以降は主にアドバイザーの仕事をしていて、ファッション・ウイークの間に行われるショーのサポートを含むいくつかの仕事をキャンセルせざるを得なくなり、心身ともにつらくなっていた。そんな中、インスタグラム上で支援を呼びかけるホリーの投稿が目に留まった。

――この時点で3月下旬、それはまさに英国でロックダウンが始まった時期だ。

コゼット:ホリーのことは知っていたので、症状の回復とともに連絡を入れた。仕事の予定もなくなっていたし、EDNにはPR的な役割が必要だと感じたので、自ら名乗り出た。PR以外にも、ホリーと事務的なことを分担し、政府や企業との仲介役も担当している。ただただ支援したいという気持ちで参加をしたけれど、きっとみんな同じ気持ちだったと思う。参加後は、デザイナー時代のつながりを通してさまざまな連絡が私に入ってきた。ユークス ネッタポルテ(YOOX NET-A-PORTER)やマッチズファッション ドットコム(MATCHESFASHION.COM)はそれぞれボランティアでEDNの配送を担当してくれたし、英アパレルブランドの「レイス(REISS)」やヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(Victoria and Albert Museum)も加わってくれた。多種多様の企業や団体、個人から支援を受け、EDNは各所をつなぐハブとなり、現在に至っている。

ホリー:EDNの活動を通して、予測不可能な状況においても、英国のファッション産業がいかに的確にそして素早く対応できるかということを政府に示すことができた。

過去のやり方を上書きして新しくスタートしよう

ホリー:EDNが現在支援している医療用ガウンに使う生地は、通常使用されているものと異なる生地だが、代用的に使える生地を探して完成させた。政府の認定を正式に受けたものではないが、病院側にも確認をした上で、代用品として届けている。

ベサニー:フィービーは多くのデータベースとコンタクトを持っているから、フィービーと「レイス」とで話し合いをして、英国内で材料を調達することに尽力してくれた。

その後、大きく分けて2つの方法で行っていくことに決めた。1つは、中小規模の工場と小規模(個人を含む)のデザイナーたち、もう1つは大型工場。「レイス」は、素材調達以外にも、工場と私たちをつなぐことにも大きく関わってくれた。

ホリー:EDNの活動を通して一番驚いたのは、実は、PPEや医療用ガウンとひとことで言っても各病院や施設ごとに規格がバラバラで、英国の中でスタンダードとなる規格が存在しなかったこと。

――英国内のどこにいても同じ医療サービスを受けられるという、英国の医療システム(NHS、国民保険サービス)のことから考えてみても驚きだ。

ホリー:ガウンの規格を統一する提案をして、型を作ることが最初の仕事だった。入手した見本からフィービーが型を起こし、それをベースとした。

ベサニー:驚くスピードでたくさんの工場が協力をしてくれた。

コゼット:PPEの生産に関する会議には政府からも参加をしてくれて、仲介に入ってくれた他の組織を通しながら話し合いを進めていた。政府は自国のサプライチェーンのことをあまり把握できていなかった。もちろん確認をとる場所やガイドラインが数多く存在するのは仕方のないことだけれど、今回はスピードが重要。弁護士と話し合い、PPEの生産は諦め、その代わりスクラブと呼ばれる医療用ガウンキットの生産を支援することにした。これは現在も生産中で、私も縫ったわよ!

ベサニー:政府の介入や承認なんて待っていられないくらい緊急の状況だったので、病院と直接やり取りをし、なんとかシステムを構築した。その後国内で、政府の介入や承認なしでも医療用ガウンを作ってくれるという工場を探した。

フィービー:当初はロンドン市内だけだった生産も、今はウェールズ、ダービシャー、スコットランドへと拡大して、大きな“ネットワーク”になった。

ホリー:サステナブルな視点も入れ、ガウンは使い捨てではなく再利用できるようにし、運搬方法ではカーボンフットプリントを抑えている。困難もあったが、英国内の生産者と医療関係者が直接話す機会を持ち、その話し合いの過程を見られたことには、デザイナーとしても刺激を受けた。

ベサニー:もともとファッション業界の人たちは短時間で物事を完成させることに慣れている。最終目的のためにひとつずつ問題を解決し、集中して働き続けることは得意なことだ。

フィービー:私たちの活動で注目すべき点は、全て自国で賄えているという点。従来はPPEを輸入に頼っていたのだから。今までは英国内で生産されていたものは一つもなかった。自国で生産できるということは、すなわち、無駄な待ち時間をカットできるということ。特に今回のような緊急を要する事態においては、よりスピーディーに、プロセスも簡潔に、自国で作れることが分かったというのは大きなことだったと思う。

ホリー:ゆくゆくはPPEを作れるように、現在は生産側と新作を目下開発中よ。

ロックダウン後の活動

――ロックダウンが終われば、EDNの支援も終了するのか?

コゼット:今後に向けては、ロックダウンの解除後も生産支援を続けることにしている。病院関係者と話し合い、いつ来るか分からない第2波に向けて、ストックを増やすために医療用ガウンを作り続けることにした。EDNは生涯続く組織ではない。ただ、英国内でPPEを生産していくことができるというレールは敷けた。今年の年末か、または来年の年始か……万が一同じような事態が発生したとしても、すぐに連絡の取れる確固たる場所がある。あとは「この時期にPPEが◯枚必要、生産よろしく!」とそれぞれが稼働するためのボタンを押すだけ。そうして仕上がったPPEを配送してくれるのは英国内の工場――輸入品ではない。

ホリー:ロックダウンは緩和されてはきたけれど、第2波を含む今後に向けて、開発も続けている。まずは医療用ガウン用の素材。NHS(国民保険サービス)の医療従事者からのヒアリングをもとにして、ワークウエアに特化した生地のキャリントン(CARRINGTON)というサプライヤーが素材の開発に協力してくれている。従来の素材は、着用時には熱がこもってとても暑くなることが分かったので、より快適に作業を行えるように熱を逃がすことのできるクール素材を開発中。これはICU(集中治療室)での実験に持ち込む段階まで進んでいる。

次にサステナビリティの視点から、可能な限り全てを再利用できる仕様にしている。従来のPPEの素材はほとんどがプラスチックで、全てがシングルユース(一度の着用で破棄される)。例えば1人の医師がAという部屋に入るときにPPEを着用し、処置が終わったら捨てる。でもその日に再度Aの部屋に行くことがあるなら、また新しいPPEを着用してまた捨てるという具合に、1人1日1枚で済むものではなく、着用するたびに破棄していたと聞いたのでこちらも再利用できる仕様を開発中。少なくとも10回は着用できるようなものを目指している。しかしながらPPEとなればそれなりの殺菌処理や熱処理が必要となるので、耐え得る強い素材や生産の方法を工場や企業と研究中。例えば、縫製だと生地の合わせ目にどうしても隙間ができてしまうので、より高度な防護の視点とより強度の高い製品を目指して、熱シールによる接着での継ぎ合わせを同時進行で開発していて、これには、普段は車の生産に携わる企業が尽力してくれている。

医療用ガウンは、20~30回の洗濯に耐えられるような物を目指して作っていて、こちらはファブリックアドバイザーに間に開発の全ての段階に携わってもらっていて、そのおかげで全てがスムーズに進んでいる。生地には医療ガウンを含むワークウエアに特化した、約200年もの歴史がある「ベルテックス(BALTEX)」という生地のサプライヤーに携わってもらっている。パターンには2種類、イタリア政府の認可を得たパターンと、英国内の2つの団体からOKをもらったEDN独自のパターンの2つを採用している。私たちの作ったガウンはとても好評で、パターンの形がよいせいか、着ていて気分がいいと人気が高いらしいのよ。写真の笑顔を見て!私たちに届く医療関係者からの感謝の手紙を読んで、私たちが役に立てているのだなぁと実感している。

これだけ多くの人と時間を費やしているのだから、最終的には英国のスタンダードをつくりたいと思っていて、NHSに正規採用されることを目指して力を尽くしている。NHS側に作業着を作るための知識があまりなかったことが分かったので、EDNを通した話し合いで解決したいと思っている。せっかく必要な各所がつながり合えていて、しかもみんなボランティアで協力してくれているのだから、大きなチャンスよね!自国生産となるとやはりコストの面での危惧はあるけれど、今後は政府がPPEの国内生産を新しい試みとして視野にいれてくれたらと願っている。

フィービー:パンデミックを通して、サプライチェーンがどれくらい相互依存をしているか、また今回のようなたったひとつの原因で、もろく崩れやすいことも理解できたはず。私たちの活動で注目すべき点は、全て自国で賄えているという点。プロセスも簡潔になり、よりスピーディーに、待ち時間なしでPPEが作れるようになった。

コゼット:有事においての自国の生産業の能力と迅速な連携を証明できた。今後の国内産業の発展にとって重要な功績を残せたと思っている。

ベサニー:何よりこのEDNに参加して分かったのは、ファッション産業の人たちの優しさ。そして英国内のデザイナーや生産に携わる人々、みんなが一つになれたこと。問題にぶつかっても冷静に解決をし、難しそうな問題も可能にしてしまう姿を見せられたこと。EDNだけではなく、例えばケリング(KELING)やLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)もPPEのサポートなどに動いてくれた。こうした動きが、パンデミックの時期に限ったことではなく、新しいファッション産業の考え方として根付いてほしい。

Shiho Koike Stitson:アパレルの営業職、PR、スタイリストのアシスタントなどを経て2004年にバーニーズ ジャパンに入社。ウィメンズPRとしてアパレルやアクセサリーをメインに、ビューティやブライダル、インテリアまで幅広いジャンルのPRを経験し、結婚を機に同社を退職。英国に移住し、フリーランスとしてPR、通訳、コーディネーターなどをしながら目下子育てにいそしむ。出産をきっかけに興味が高まったオーガニックな物やサステナブルなことをロンドンで探究中

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