ウェブ、SNS、生成AIによって旅・食の情報はいくらでも収集できる今、“おでかけ雑誌”の代名詞であるマガジンハウスの「ハナコ(HANAKO)」は、何を・どのように取材し、編集し、届けているのだろう?2024年に就任した真田奈奈編集長は、ストーリーを感じさせる誌面作り、読者コミュニティーと協業した商品開発や商業施設のプロデュースなど、新たな価値創造に挑戦する。
WWD:「カーサ ブルータス(CASA BRUTUS)」を経て「ハナコ」に編集長として戻ったが、媒体を取り巻く環境はどう変わった?
真田奈奈「ハナコ」編集長(以下、真田):「ハナコ」のコンセプトは“お出かけの雑誌”だが、コロナ禍を経て“お出かけ”そのものの意味が変わった。たとえば銀座は“ふらっと”立ち寄る場所だったが、今は「この店ができたから行きたい」「この人に会いに行きたい」といった、“何かを目的に”出かける場所になった。旅や食の情報はいくらでも収集できる時代だからこそ、誌面では「どんな体験をしたくて行くのか」「何を感じられるのか」を伝えることを意識している。
一方で変わらないのは、「ハナコ」への信頼があるからなせる取材力。日本の津々浦々で、誌名を伝えるだけでどんな人にも心を開いてもらえ、他の媒体では得られない情報や思いまで引き出せる。長年積み重ねてきたからこその価値だと思う。
WWD:紙とウェブ、それぞれの役割やコンテンツの違いは。
真田:紙は“深く掘る”ための媒体。「京都」特集なら、単なる観光情報ではなく、「町に流れる空気」や「そこに住む人の哲学」まで伝える。誌面づくりでは、「カーサ ブルータス」編集部で学んだ経験も生きている。とにかく“いい写真”に対する感覚が鍛えられ、伝えたいことを伝えるための誌面設計を根本から突き詰めた。ページを開いたときに、写真1枚で世界観を余すことなく伝えられるか。気持ちのいい余白やリズムがあるか。そうしたことを「ハナコ」でも強く意識している。編集長に就任して間もなく発行した2024年10月号の「鎌倉」特集以来、表紙は撮影構成からスタイリング、小道具まで、すべて自らディレクションしている。鎌倉の“大仏さま焼き”を中央に据えた、可愛げとユーモアが共存する表紙で、自分が思う「ハナコ」らしさを象徴させた。雑誌の顔である表紙は、意思を持って作り込めば読者に必ず伝わる。実際、売れ行きも上向いた。
一方で、ウェブは“実験の場”。トピック性の高いものや新しい試みはスピーディーに展開し、動画表現にも力を入れている。制作費をかけた本格的な映像コンテンツも増えており、今後は誌面やウェブ記事と合わせてクライアントの動画制作を請け負うなど、“クリエイティブスタジオ”的な動きも強めていきたい。
WWD:雑誌業界では、特定の層をセグメントして訴求する“ターゲットメディア”の志向が強まっている。
真田:「ハナコ」も以前は“働く女性”や“子育てママ”に向けて作ったり、高額な宿やアイテムを多く掲載したりしていた時期もあった。しかし今は、意識的にやめている。結婚している人、していない人、子どもがいる人、専業主婦、会社員。読者層は実に多様で、男性読者も2割ほど。だからこそ、どんな人でも共感できて、“自分の雑誌”だと感じられる温度感を大切にしている。
とはいえ、編集部のスタッフはいい意味で“ちょっと変態”だ。食が好きすぎる人、すぐ旅に出てしまう人、私のような猫オタク……皆、自分の「好き」に対して偏執的な熱量を持つ。その熱量を失わず、かといって“好き”を押しつけず、「どうすれば共感してもらえるか」を考えて翻訳するのが腕の見せどころ。読者組織「ハナコラボ」も、そうしたリアルな“読者目線”を担保するうえで大切な存在だ。
読者組織「ハナコラボ」から
生まれる新たな共創ビジネス
WWD:「ハナコラボ」とは。
真田:お菓子、アロマや植物、子育てなど、それぞれの得意分野を持つ読者が集まるコミュニティーを作っている。テーマに応じて誌面に登場してもらったり、取材や座談会に参加してもらったり。生活者のリアルな感覚を反映することで、コンテンツに深みが出る。「『ハナコ』を一緒に作っている」と感じていただくことが、参加のモチベーションにもなっている。年齢層も幅広く、同世代の女性同士の情報交換の場としても機能している。
WWD:そこから企画やビジネスが生まれた例はあるか。
真田:「銀座コージーコーナー」や「グレープストーン」との協業は好例になった。「ハナコラボ」の“お菓子オタク”の方々と一緒にアイデアを出し、実際に商品化した。食品や飲料メーカーは「話題性のある商品を作りたい」と常に考えているが、市場が飽和・同質化する中で難しくなっている。そこで「ハナコ」のセンスに頼っていただく機会が増えている。表層的な企画にならないよう、商品の味やパッケージデザインを監修するだけでなく、ほぼ白紙の段階から膝を突き合わせる。「ハナコ」と組む意味があると感じてもらえるよう、コンセプト段階から丁寧に詰めることが肝要だ。
WWD:今後、強化していきたい領域は。
真田:コンテンツとしては、ファッション&ビューティ分野を強化したい。「ハナコ」は最新トレンドを追うよりも、生活の延長線にあるモノの良さを伝えることが得意な媒体。美容でも「毎日の肌が心地よくなる」「香りで気分が整う」といったエモーショナルな価値を丁寧に掘り下げる。その温度感に共鳴し、「ハナコ」に出稿いただくブランドも増えている。
誌面やウェブを超えたビジネス領域もさらに広げていく。商業施設の新規オープン時に「どんなレストランをリーシングすべきか」「どんなブランドが街に合うか」といった相談を、デベロッパーや自治体から受けることがある。取材で蓄積した“生活者目線”の文脈を踏まえ、リーシングや地域開発の観点からアドバイスする。現在は専ら私の仕事だが、今後は編集部員にも活躍してもらうことで、新しい「ハナコ」の価値を作っていきたい。
「ハナコ」(マガジンハウス)DATA
【MAGAZINE】 創刊:1988年 発行部数:約7万部
【WEB】 月間UU:137万 月刊PV:755万
【SNS】 IG:約18万 X:5万1000 FB:2万3000 LINE:74万8000 TikTok:4500(25年11月時点)
マガジンハウス ahh@magazine.co.jp