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23歳の記者から山本耀司へ37の質問

「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」が再評価されている。特にメンズ「ヨウジヤマモト プール オム(YOHJI YAMAMOTO POUR HOMME)」は2012年あたりから火が付き、日本のみならず若い世代から支持を集めている。なぜ今、ヨウジなのか?その答えを探るため、デザイナー山本耀司へインタビューを行った。聞き手は23歳の男性記者。慶應から文化への進学理由から、黒を使う意味など“大人”には今さら聞けない素朴な疑問から後継者問題まで、37の質問に山本耀司は即答した。

WWDジャパン(以下、WWD):耀司さんといえば黒。自身も黒の服が多いが、それは10代の頃から?

山本耀司(以下、山本):10代は非常に貧しく、おふくろが作ってくれた物を意味も分からずに着ていた。

WWD:生活の中で日課、ルールみたいなものはあるか?

山本:今の日課は、3年前に「よし、こいつと一緒に死のう」と思った秋田犬と朝一番、1時間かけた青山墓地での犬の散歩。犬にとっては大事な体調管理だから、これは欠かせない。コップ一杯の水を飲んだら散歩に行く。先日NHKの「ガッテン」で血栓の話が出ていたが、防止には朝一番の散歩が一番いいらしい。俺はタバコをやめられない男だから。

WWD:なぜ、慶應義塾大学法学部から文化服装学院へ進んだのか?

山本:大学受験で慶應に入ったが、付属から上がってきた親友たちと比べて自分は非常に勉強ができた。彼らは人柄はいいけど、はっきり言って勉強はできなかった。なのに将来を約束されているわけ。とても不平等だと思った。その不平等感は俺が5、6歳の頃から感じていたものであり、だから大学を卒業後、社会に出るまでに“執行猶予”の時間が欲しかった。社会に出るのを遅らせたいと思っていたから。

WWD:慶應義塾大学と文化服装学院どちらがモテたか?

山本:慶應の法学部は60〜70人の男性の中に女性が4人だけで、男どもは女性たちに非常に優しくしていた。でも文化に行ったら1万人に100人くらいしか男性がいなくて、70人くらいのクラスに男子が4人。これはハーレムでもなんでもなく、徹底的に監視された。一種の地獄かな。学級委員をやっていたある時なんか、挙手して立ち上がった女子生徒に「学級委員が特定の女子生徒と仲よくしないでください」と責められたりして(笑)。

WWD:ある人は耀司さんのことを「人間愛、探究心のある人」と言っていたが、自分のことをどう思っているか?

山本:笑っちゃう。俺自身はもしファッションデザイナーという職業に就けなかったら、たぶん犯罪者になっていたと思う。ガキのころから社会が不公平なことに対して腹を立てていたから、服にそれを込めるチャンスが与えられなかったら、他に怒りのはけ口を求めていたかもしれないという意味で。

WWD:男性のデザイナーには女性経験は必要か?

山本:もちろん。

WWD:今まで付き合った女性によってデザインが変わったことはあるか?

山本:あります。名前を挙げると失礼だから言わないけれど俺の人生観に強烈な影響を与えた女性がいた。その人はフランス語の「ファム・ファタール」。「運命の人」と、もう1つ「悪女」という意味がある。簡単に言うと、男は女に育てられるんだ。