ラキャルプの新井ミホ代表が2026年に創設した「ラキャルプアワード」は、製品の優劣や大賞を決めず、ブランドの思想や姿勢、モノづくりの背景に光を当てる。スペシャルフィロソファー(特別思想監修)には、同年、長年携わってきたベストコスメ審査から身を引いた美容ジャーナリストの齋藤薫氏が就任した。なぜ今、商品の機能や話題性ではなく、作り手の哲学を見つめるのか。新井代表と齋藤氏に、アワード創設の背景と、これからの美容業界に求められる価値観を聞いた。
「比べない、競わない、順位をつけない」
WWD:なぜ、優劣をつけないアワードを始めたのか。
新井ミホ(以下、新井):世の中には多くの美容アワードがあります。後発だからこそ、ラキャルプならではの価値を打ち出したいと考えました。その軸に据えたのが、創業以来掲げてきた「共創」です。勝ち負けを争うのではなく、互いの存在を認め、ともに創り、ともに生きていく。その考えをアワードの形にしました。
人間は自然の一部でありながら、物事を比べ、優劣をつけてしまいます。しかし森に目を向ければ、大木に小さな蔦が絡まり、その力を借りながら光へ伸びていく。そこに大きさによる上下関係はなく、それぞれが支え合っています。こうした自然界のあり方を美容の世界にも広げたい。そこで、製品同士を比べず、競わせず、優劣を示す大賞も設けない形にしました。
WWD:順位をつけない中で、何を評価するのか。
新井:AIやロボットが暮らしを便利にする一方で、自ら感じ、選び取る力が鈍り、道具にのみ込まれる危うさもあります。大量の情報に流されず、まだ知られていない価値を見いだせる12人に審査を依頼し、「最終的には自身の感性に委ねてほしい」と伝えました。
齋藤薫(以下、齋藤):成績やスポーツは点数で明確に結果が示されますが、才能や作品に優劣をつけるのは難しい。化粧品も完成度が高まり、悪いところを探すほうが難しくなっています。そう考えると、機能を点数で比べるより、背景にある思想や魂を見つめるほうが、むしろ理にかなっているのかもしれません。
新井:だからこそ、最後は一人一人の感性を尊重しました。「気付けば最も手が伸びていた」「なぜか強く引かれた」といった実感も評価の一つです。実際に、「1番早く使い切った商品を選んだ」と話す審査員もいました。理屈だけでは測れない反応にも、製品の価値が表れると考えています。
ベストコスメの審査から退いた理由
WWD:齋藤さんは、なぜスペシャルフィロソファーを引き受けたのか。
齋藤:私は2026年、長年携わってきたベストコスメの審査から身を引きました。突然決めたわけではなく、5年ほど前から悩み続けた末の決断です。
各社は研究を重ね、全身全霊でモノづくりに向き合っています。一方、市場には数え切れないほどの商品があります。力を尽くして生み出されたものを、すべてを十分に使い切れないまま点数をつけ、わずか1点、2点の差で評価を分けてよいのか。優劣をつけることへの迷いが大きくなっていったのです。
もちろん、ベストコスメ自体を否定する意図はありません。消費者にとって分かりやすい指標であり、各メディアも独自の基準に基づいて真摯に選考しています。ただ、私自身は商品の完成度だけを尺度にすることに限界を感じていました。関係者へ審査から離れる意向をメールで伝えた直後、新井さんから「一度お会いしたい」と連絡をいただきました。何の話か分からないまま、お会いしに行ったんです。
新井:実はその頃、アワードの方向性が固まり、誰に思想面を支えてもらうか考えたとき、齋藤さんの顔が浮かんでいました。ところが、届いたメールにはベストコスメ審査から離れるとあり、最初はお願いするのが難しいのかと少し落ち込みました。それでも、審査員とは違う形ならご一緒できるのではないかと思ったんです。お会いする数日前に浮かんだのが、思想的な立場からアワード全体を見てもらう「スペシャルフィロソファー」でした。
齋藤:正直、大それた肩書きだと驚きました。ただ、商品の順位を決めるのではなく、ブランドが持つ思想や哲学を見つめる役割だと聞き、「まさに今の自分が考えていることだ」と感じました。商品の良しあしだけでは捉えきれない価値に光を当てる。その考えに自然と共感しました。
WWD:従来の美容アワードとの違いをどのように捉えていますか。
齋藤:私は以前から、オーガニック・ナチュラルコスメの世界には独特の文化があると感じていました。個々のブランドが競うだけでなく、横につながり、互いを認め合いながら市場全体を育てようとする文化です。このアワードは、そうした土壌から自然に生まれたものだと思います。完成度の高い商品同士に優劣を付けることは難しくても、ブランドが何を目指し、どのような思いでモノづくりに取り組んでいるのか、その思想に光を当てることはできます。そこに、これまでとは異なる評価軸があると感じました。
新井:ラキャルプフェスでも、出展ブランド同士が自然に助け合う場面が多くあります。「競争より共創」という文化は、運営側が押しつけたものではなく、参加者の間で育ってきたものだと感じています。
未来に残るブランドに必要なもの
WWD:未来のあるブランドに共通するものは。
齋藤:地球環境への配慮に加え、人や社会がどこへ向かうのかまで見据えていることが重要です。その姿勢は、企業の規模や研究設備の大きさで決まるものではありません。小規模でも、1つのテーマを本気で探究し、学び続けているブランドはあります。
今は環境だけでなく、人間そのものも転換期にあり、食や暮らし方、価値観まで見直されつつあります。変化に柔軟に対応しながら、表面的なトレンドに流されず、人間の未来を考え続けられるか。そうしたモノづくりへの真摯な姿勢を持つブランドが、長く支持されていくのではないでしょうか。
「良心」がブランドの価値になる
WWD:これからの美容業界に必要な価値基準は。
齋藤:最後に問われるのは「良心」だと思います。人を美しくしたい、人を幸せにしたいという思いが企業にあるか。売れるから作るのではなく、「美とは何か」を真剣に考え、自らの哲学を持ってモノづくりに取り組んでいるか。その姿勢自体が、ブランドの価値になっていくはずです。
商品の技術やマーケティングの手法だけでは、違いが見えにくい時代になっています。だからこそ、企業がどのような未来を描き、何のために商品を作るのかが問われる。これからは、ブランドの思想や良心そのものが評価される時代になるのではないでしょうか。
新井:その言葉は、出展しているブランドの皆さんにも聞いてほしいと思いました。ラキャルプフェスも事業ですから、運営では規模や収益を考えなければなりません。以前はイベントを大きくするため、考え方が合わなくても資金面を優先して組むべきか迷ったこともあります。それでも、互いに協力できる相手とつくる道を選びました。
齋藤さんのお話を聞き、「それでよかった」と背中を押してもらったように感じています。続けるのは簡単ではありませんが、この考え方を貫いていきたいです。