多くのファッションブランドのキャンペーンビジュアルも手掛ける写真家のヴィヴィアン・サッセン(Viviane Sassen)の個展「Myriads」が9月5日から11月8日まで、東京・原宿のアートギャラリー「The Mass」で開催されている。サッセンは1972年オランダ・アムステルダム生まれ、幼少期をアフリカで過ごした経験から得た色彩感覚を作品の源泉とし、静物、ポートレート、風景など幅広い被写体を通じて、幾何学的な形態や身体表現の抽象化を特徴とする独自の視覚言語を確立してきた。2024年には「KYOTOGRAPHIE」で大規模個展を開催し、今回は2年ぶりの日本での個展となる。
同展では、「The Mass」の3つのギャラリーを使い、それぞれで異なるコンセプトの作品を展示する。未発表作品に加え、長期にわたって継続的に制作されているシリーズ“Frau Holle”など、サッセンの30年におよぶキャリアの多層的なイメージ世界に触れられる展示となっている。
来日したサッセンに、同展のコンセプトや「いい写真とは何か」、そして「若手写真家へのアドバイス」を聞いた。
大規模回顧展を終えて
WWD:日本では2024年の「KYOTOGRAPHIE」で、大規模な回顧展「PHOSPHOR|発光体:アート&ファッション 1990–2023」を開催しました。あの展示はご自身の活動にとって一つの区切りとなったのでしょうか?
ヴィヴィアン・サッセン(以下、サッセン):ええ。間違いなくそうでしたね。私の30年分の作品、アートとファッションも含めて両方の作品を展示した集大成的な内容でしたし、あの個展ではパリ、京都、上海、アムステルダム、ベルリン、ストックホルム、マドリードなど、多くの都市を巡回もしました。写真家として大きな節目となる個展でした。
WWD:あの個展以降、自身の創作活動に取り組む上で意識の変化はありましたか?
サッセン:それはまだ、自分でもよく分かっていません。というのも、先ほどの個展で多くの都市を巡ったので、終わったあとは少し休息を取っていたんです。これから1年間はタンザニアに滞在する予定で、そこでは新しい作品を作りたいと思っています。タンザニアは光や匂い、色彩など、あらゆるものが鮮やかに見え、生命がより濃密で、生き生きとしています。アムステルダムとは環境は大きく変わりますが、具体的にどんな作品になるのかは、自分でも想像できていませんね。
WWD:なぜタンザニアに滞在するのですか?
サッセン:夫がそこで建築のプロジェクトに携わっているので、それに合わせて滞在する予定です。もともと夫は幼少期にタンザニアに住んでいましたし、私も幼少期をケニアで過ごしました。それに私の父も夫の父も、東アフリカで働く医師だったという共通点もあるんです。
個展「Myriads」について
WWD:今回の個展「Myriads(ミリアズ)」のコンセプトや展示構成はどう考えていったのでしょうか?
サッセン:今回の展示に関しては、ギャラリー「The Mass」の皆さんが主導で進めてくれました。今回、3つのギャラリーで、それぞれ異なるコンセプトの作品を展示しているのですが、それは「The Mass」の方々からの提案でした。ギャラリーごとに、私の活動の異なる側面を見ることができるのが、とても面白い内容になっていると思っています。
WWD:3つのギャラリー、それぞれ展示の内容を教えてもらえますか?
サッセン:1階のギャラリーでは私の初期の作品を展示しています。ほとんどは2000年代初頭に制作したものです。中には自分のアーカイブを改めて見返して発見した未発表作品もあり、一般の方々が見るのは今回が初めてになります。加えて、最近写真の上に絵の具でペイントした作品もあったりして、新旧混ざり合った構成になっています。
WWD:ほとんどアフリカで撮影された作品ですね。
サッセン:私は2000年に夫と出会い、一緒にアフリカのさまざまな国々にも行くようになりました。それで自分がかつて住んでいたケニアの村に戻ったとき、毎晩すごく鮮明な夢を見たんです。当時私はドキュメンタリー的な方法で写真を撮っていたのですが、その夢を見たことで、ふとひらめいて、「自分が普段アムステルダムでやっているように、ここでも演出をして写真を撮ってみたらどうだろう?」と思いつきました。
また、当時の西洋メディアでよく目にするアフリカのイメージは、非常に単純化されていることにも気づきました。そこには何か決定的に重要な何かが欠けていると感じたんです。それは「詩情(poetry)」でした。アフリカには、詩情と美しさが溢れているんです。私は、これまでのようなありきたりな表現に陥ることなく、アフリカに対する新たな視点を提示したいと思いました。
同時に私は「影」の力にも気づきました。アフリカにおいて、多くのフォトグラファーは、人の顔に強い影が落ちるような日中の撮影を避けるんです。でも、私はむしろ、非常に強い光を積極的に使うようになりました。ここにあるいくつかの写真にも、私が影を意識し、作品における非常に重要な要素として影を扱い始めた時期に撮影された作品を見ることができます。
WWD:2階の2つのギャラリーのそれぞれの展示内容は?
サッセン:2階の一方のギャラリーで展示をしているのは、“体の抽象性(Abstraction of body)”という作品で、私のファッションの仕事とも強くつながっています。
私は昔から人間の身体とその多様な形状、そして人間の身体が彫刻のようである点に強い関心を抱いてきました。それはフォルムだけでなく、色彩や構造を探求でもあります。2階のギャラリー「2」では、「抽象」というものに対する、まったく異なる2つのアプローチを見ることができます。一つは、色のついた影や鏡を使ったとても幾何学的なフォルム。そしてもう一つは、人間の身体です。
もう一方の部屋では、“Frau Holle”というプロジェクトの作品を展示しています。これは「年齢」と、年齢を重ねることによる「変容」をテーマにしています。つまり、私たちは外見だけでなく、内面からもどのように変化していくのか、ということです。被写体は友人のオランダ人アーティストで、2000年代初頭に彼女に出会い、ずっと彼女を撮り続けています。この作品はまさに彼女との共同作品のようなものです。
写真を見ることは「鏡」と「ポータル」
WWD:今回、展示期間が2カ月間と長く、初めてサッセンさんの写真に触れる人もいるかもしれません。どういった点を見てほしいですか?
サッセン:私はいつも、「写真」というものは、「鏡」であると同時に「ポータル(入り口)」でもある、と表現しています。
「写真は鏡のようなもの」というのは、写真は自分の中にすでに存在している何かを、こちらに写し返してくれるからです。写真を見るとき、鑑賞者は必ず自分自身の経験や参照軸をそこに持ち込みます。そういう意味で、写真を見ることは自分自身について何かを教えてくれるものだと思います。
同時に、写真は自分が一度も訪れたことのない場所や、会ったことのない人々がいる、まったく異なる世界へと連れていってくれる「ポータル」でもあります。私にとって、それこそが写真が持つ最大の魅力です。自分を知らない場所へ連れていき、それまで存在すら知らなかったものを見せてくれる、私はいつも、驚きや好奇心をもって(写真の)世界を見ているのだと思います。
「知る」ことで写真の見方も変わる
WWD:“いい”写真というのは人それぞれ異なるものだと思いますが、サッセンさんが考える“いい”写真とはどういった写真でしょうか?
サッセン:「いい写真とは何か」という問いに、決まった答えはないと思います。ただ、写真を見るには2つの方法があると考えています。一つはいわば素人(amateur)の目で見ること。写真の背後にある物語を何も知らない人として見るということです。その場合は、自分がどう感じるか、自分自身の意識がどう反応するかということになります。それは、とても個人的な体験です。
もう一つは、知識に基づいて見ることです。そのシリーズの背景や写真家についてよく知っていたり、勉強していたりすれば、まったく違う見方ができます。若い頃、まだ美術学校に通っていたときに気づいたことがあります。当時、知らない写真作品や写真家に出会うと、最初に見たときには「それほど面白くない」「退屈だ」と思ったり、単純にそのスタイルが好きではないと思ったりすることがありました。でも、写真家が誰で、何をしているのかを知れば、非常に興味深く、より深く作品を鑑賞することができるようになりました。そのように写真について深く学ぶことができれば、新しい世界が開けて、作品に対する評価が変わってくることあるので、“いい”写真というのは人によって異なるんです。
WWD:最後に、近年スマホが普及したことで、誰でも気軽に写真が撮れる時代になりました。そういった時代の中で、若手写真家にキャリアのアドバイスを求められた場合、どのようなアドバイスをしますか?
サッセン:それは難しい質問ですね。自分自身を磨き、独自のスタイルを確立する時間があったという意味では、私はとても幸運だったと思います。そして、それには長い時間がかかりました。
私も若い頃は、自分の目的やスタイル、被写体をちゃんと見つけている写真家たちが羨ましかったんです。でも、ただひたすらに実践することで、いつしか私も自分の目的やスタイル、被写体を見つけることができたんです。
仕事への、世界への、人生そのものへのハングリーさを持つことは大事だと思いますし、同時に、忍耐も必要です。それに協力し合える、自分にあった仲間を見つけることも大切だと思います。そして、スマホを置いて、自分の時間を持つことです。オンラインでインスピレーションを探すのではなく、オフライン、つまり現実世界でインスピレーションを探してみてください。そして一番大切なのは、頭の中で考え込むのではなく、カメラを手に取って制作することです。作品を作り続けましょう。
PHOTOS:KOHEI KANNO
個展概要
◾️写真家 ヴィヴィアン・サッセン個展「Myriads」
会期:2026年9月5日〜11月8日
時間:12:00〜19:00
休日:月・火曜日
会場:The Mass
住所:東京都渋谷区神宮前5-11-1
http://themass.jp/






