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長谷川白紙、ジャズミュージシャンと切り拓いた新境地——ジャズとの出会いと「素直な気持ちアルバム」の制作背景を語る

PROFILE: 長谷川白紙/音楽家

PROFILE: (はせがわはくし)日本を拠点に活動する音楽家。2017年にフリーデジタルEP「アイフォーン・シックス・プラス」を発表し、18年、10代最後の作品となるEP「草木萌動」でCDデビュー。19年に1stアルバム「エアにに」、20年には弾き語りカヴァーアルバム「夢の骨が襲いかかる!」をリリースした。23年7月にはLAを拠点とする「ブレインフィーダー(Brainfeeder)」との契約を発表。24年7月にアルバム「魔法学校」をリリースし、その後、自身初となるツアー「魔法学区」を開催した。さらに、「フジロック」や「ソニックマニア」への出演をはじめ、ライブ活動も精力的に展開。地を揺らすような唯一無二のパフォーマンスは各地で大きな話題を呼んだ。また、人気音楽企画「THE FIRST TAKE」への出演も反響を集め、その存在感をさらに広く知らしめた。

「THE FIRST TAKE」で公開された「草木」の生演奏バージョンに度肝を抜かれたリスナーは数多くいたことだろう。あの楽曲を人力でリアライズしたのかという驚きはもとより、クインテット編成で演奏することによってサウンドに統一感がもたらされ、有機的で身体的なグルーヴに溢れた新たな音楽的価値を創出していた。そしてそこに参加したのが、卓越した技術と独自の個性を併せ持つ新進気鋭のジャズミュージシャンたちだった、ということが、なによりあの合奏を特別なものにしていた。長谷川白紙はさらに人数を拡大した計6人で、昨年の大阪・関西万博の際もバンドサウンドの音楽を制作。その一方、今年に入ってからはトリオでビルボードライブの公演を敢行している。いずれにせよ、DAWを用いた打ち込みの音楽を手掛けてきた長谷川は、ここ数年をかけて、ジャズミュージシャンを交えた生演奏のバンドミュージックを磨き上げてきたのである。

フライング・ロータスが主宰するLAのレーベル、「ブレインフィーダー」からの2年ぶり2作目となる新譜「素直な気持ちアルバム」が、先述の流れを汲むジャズミュージシャンたちと結成したバンド「ハハとヘアピンズ」の演奏を一つの軸としていることは、こうした試みの延長線上にある成果と受け取ることができる。バンドのメンバーは松丸契(sax)、細井徳太郎(g)、宮地遼(b)、秋元修(ds)、相川瞳(perc)——誰もがフリーフォームなインプロヴィゼーションを当然の前提としてこなせる手練れであるところが特徴でもあり、そうでありながら長谷川が作編曲さらに大胆な編集を加えることによって、まさにコラボレーションでなければ生まれ得ないような斬新な音楽へと結実している。本作ではさらに、バーチャルアイドルの月ノ美兎、音楽プロデューサー/DJのtofubeats、パンクバンド・おとぼけビ〜バ〜のあっこりんりん、韓国のSSWイ・ランなど、さまざまなジャンルのアーティストが客演しており、アルバムを一層ユニークに仕上げている。

長谷川白紙はこれまでもたびたびジャズからの影響を公言してきた。前衛ジャズの要素を含む音楽として長谷川の作品が語られることもあった。むろん長谷川自身はあくまでもジャズミュージシャンではないものの、その音楽からはフライング・ロータスが言うところの「ジャズ」の表現を聴き取ることもできるのだった(拙稿「ジャズとして語られる『草木萌動』」『ユリイカ2023年12月号 特集=長谷川白紙』参照)。ならば長谷川はジャズから具体的に何を受け取り、どのような繋がりを構築してきたのか。そしてジャズミュージシャンとの共同作業を軸に完成した本作「素直な気持ちアルバム」にはどのように反響しているのだろうか。まずはここ数年継続的に担当し、直近では細井徳太郎とのデュオパフォーマンスを行った「ノワール ケイ ニノミヤ(NOIR KEI NINOMIYA)」のランウエイミュージックをとっかかりに、話を訊いた。

ランウエイミュージックでの実験

——「ブレインフィーダー」との契約を発表した2023年以降、「ノワール ケイ ニノミヤ」のファッションショーの音楽を継続的に担当されてきましたよね。ランウエイミュージックの制作は、アルバム制作や普段のライブとは異なるところがあると思いますが、どのような考え方で取り組んできましたか?

長谷川白紙(以下、長谷川):考え方で言うと「違和度」みたいなものをコントロールすることがあります。あまりファッションショーの音楽のマナーにそぐわないような。例えば以前、valkneeさんをお呼びした回(25年春夏)があったんですが、そのときはデザイナーの二宮啓さんが、打ち合わせで少し曖昧な雰囲気で喋っていて、これは少し明快でない服が来るだろうと思ったんです。だから音は完全に定式化されたもののほうがいいだろうなと考えました。逆に二宮さんが打ち合わせで明晰に喋っているときは、はっきりとしたビジョンがあるのだろうから、音は現場で再構築するというか、ある程度その場で対応できるような余白を作っておく。なので、私は完全に二宮さんに合わせています。二宮さんのことしか考えていない。だからこれがファッションショーの音楽一般に還元できる話かというと、そんなことはないような気もします。

——アプローチとしてはどうでしょうか?

長谷川:アプローチとしては、とにかく制作期間がものすごく短いことが多くて。服に合わせてじっくりと音を作るのは難しい。なので、なんとなく事前にイメージして素材をたくさん作っておいて、その場で組み立てていくんですよ。複雑なことはあんまりできない。厳密に順番が決まっていないと成立しないような音楽は作れなくて、いつも素材の量で勝負する感じで腹落ちしていますね。

——直近だと今年3月(26年秋冬)、ギターの細井徳太郎さんが参加されていて。過激なフィードバックノイズから始まる演奏でしたが、あれを聴くと、即興でセッションしているようにも思いました。実際はどう組み立てていかれたのですか?

長谷川:あれに関しては完全にインプロです。リハと本番で内容が全く違いました。先ほど言ったような性質があるので、だったらもうバンドのメンバーとインプロで形作ったほうがいいんじゃないか、持続できるんじゃないかと思いまして。その実験の第1回目が前回でした。

——そこに細井さんを起用した理由というのは?

長谷川:いずれは(ハハとヘアピンズの)全員パリ・ファッション・ウイークに連れていきたいんですよ。前回に関しては、二宮さんとパリで喋っているときに「ギターがいいな」とポロッとおっしゃっていたので、じゃあ徳太郎だろうということでお願いしました。

——細井さんはジャズギタリストに留まらない多面的なプレイをされる方ですが、長谷川さんとしては彼のギターのどういうところが好きですか?

長谷川:今回のアルバムの話とは少しずれるんですけど、私、徳太郎の和声解釈がすごく好きなんです。ヴォイシングが好き。でも、それは徳太郎がギターの人だからということでもない気がしていて。完全にサウンドを仕切っている箇所をあえて狙わないような解釈が徳太郎は多くて、それがすごく流麗で好きなんですね。今回アルバムでやったようなことだと、テクスチャーが激しかったのであんまりそんなことないだろうと思われるかもしれないですけど、意外と恐れを知っている人というか。徳太郎は。言い換えると抑制が効いている人なんですよ、プレイの上では。そこが好きです。演奏しながら感情的に熱くなる人だと思われている節がある気がしますが、あんなにギリギリで止められる人はなかなかいないんじゃないかな。

長谷川白紙とジャズとの関係

——細井さんも含めて、今回の「素直な気持ちアルバム」はこれまで以上にジャズミュージシャンが重要な役割を果たした作品になっています。長谷川さん自身、ジャズからの影響を公言されてきましたが、あらためて長谷川さんとジャズの関わりについて教えてください。意識的にジャズを聴き始めたのはいつ頃でしたか?

長谷川:中学の頃です。新宿の中央通りに移転前の「ディスクユニオン」のジャズ館があって、今となっては語るのも恥ずかしいですけど(笑)、ジャズを聴いてたらカッコいいんじゃないかと思い、片道1時間半かけてわざわざ通ってました。そこでわけもわからず3枚のCDを買ったのが最初です。その中の一枚がブラッド・メルドーで、「アート・オブ・ザ・トリオ」シリーズの5作目、赤いジャケの「Progression: The Art of the Trio, Vol. 5」(2001年)だったんです。

——ライブ盤ですね。メルドーの作品だと、レディオヘッドやビートルズのカヴァーを含む「Largo」(2002年)あたりがキャッチーで初めてでも聴きやすいと思いますが、「アート・オブ・ザ・トリオ」は玄人好みの渋いチョイスといいますか。聴いてみてどうでしたか?

長谷川:それまで私、ジャズってヴィレヴァン(ヴィレッジヴァンガード)で流れているBGMみたいなものだと思っていたんですよ。なんというか、スムーズで静かで、氷の入ったグラスを傾けながら聴くようなイメージだった。ですけど、メルドーを聴いたら、とにかく速く弾くぞ、詰め込むんだ、みたいなピアノで。ジャズってわりと狂気的な音楽なんだなと、そのときに初めて思いましたね。

——「アート・オブ・ザ・トリオ」はピアノトリオ編成でスタンダード曲を変拍子に置き換えるなど、リズムの解釈の仕方が独特な演奏でもあります。

長谷川:当時はスタンダード曲であるかどうかは全くわかっていなかったですが、単純にリズムがすごいなとは思いました。「あの曲をこんなふうに弾くのか」みたいなコンテクスト上の聴取の面白さではなくて、とにかくパルスの面白さがありました。

——そこからはリズムにフォーカスしつつジャズを掘り下げていった?

長谷川:私、すべての音楽においてそうなんですけど、「掘った」と言えるほど掘っていなくて。ジャズも体系的に聴いているというより、ま、一通りは聴いている自負はあるんですけど、厳密な聴取を敢行できるほどには聴いていないというか。なので、何もかも私の聴く対象だとリズムしかなくなっていってしまう。でも確かにおっしゃる通り、リズムが面白いジャズしか気に入ってこなかったかもしれないですね。その次に好きになったのはヴィジェイ・アイヤーでしたし。そう言われると確かにそうです。

——なるほど。ヴィジェイ・アイヤーの師匠筋にあたるスティーヴ・コールマンですとか、いわゆるM-BASE周辺はどうですか?

長谷川:スティーヴ・コールマンは大好きです。何で知ったのだったかな。もしかしたら菊地先生から教わったのかもしれない。

——菊地先生?

長谷川:菊地成孔先生です。美学校の和声のクラスに2カ月半だけ通っていた時期がありまして。でもそのときに菊地先生にスティーヴ・コールマンの研究について質問した記憶があるから、それ以前から知っていたのかな。ちょっと覚えていないです。

——ジャズのライブで、最初に観に行って印象的だったものはなんでしょうか?

長谷川:高校のときに「ブルーノート東京」で観た大西順子さんのライブですね。一番印象に残っているのは、隣の席に座っていた人がずっとうるさくて、大西さんがすごいプレイをするたびに「うわあ!」とか言っててめっちゃヤダなと思ったことです(笑)。でも当時からクラブが好きで通っていたから、ジャズのライブもそれと変わらないんだなというふうに、そこで気づきました。受容の態度としては同じタイプの音楽かもしれないなと。で、後々、そのうるさいお客さんが実は石若駿さんだったということが判明するんですけど(笑)。

——そうだったんですか(笑)。まあしかし、ライブにせよ録音作品にせよ、いろいろと聴かれてきたと思いますが、音楽の考え方や作曲方法という点で、特に影響を受けたジャズミュージシャンはいますか?

長谷川:厳密にジャズと言っていいのかどうか、こういう文脈で挙げるアルバムじゃないかもしれないですけど、一つはレチエレス・レイチ&オルケストラ・フンピレズの「A Saga da Travessia」(2016年)。あれから受けた影響が一番強いでしょうね。紛れもなくジャズだと私は思うんですが、普通に考えたらブラジリアンミュージックにカテゴライズされるので、あんまりジャズの文脈には合ってないかもしれない。ジャズの文脈で挙げるなら、ちょっと意外すぎると思われるかもしれないけどウィントン・マルサリスです。

——ウィントン・マルサリスですか。

長谷川:「Cherokee」でひたすら音を詰め込んだみたいなテイクがあって、それをすごく聴いていました。私がパラパラと単旋律を埋め込みたがるのは、あれが源流にあるような気もしますね。少なくともジョン・コルトレーンよりも先に出会っていたので、ウィントン・マルサリスは。あとは、ま、普通に研究したのはスティーヴ・コールマンとかですけどね。でもそれは普通に研究したというだけの話で。単純に採譜とアナリーゼをしていただけです。

ジャズミュージシャンとの繋がり

——長谷川さんとジャズミュージシャンの繋がりについても教えてください。今回のアルバムにも参加しているトランペッターの石川広行さんは、「草木萌動」(18年)収録の「草木」にも客演していましたが、どのようなきっかけで知り合ったのですか?

長谷川:「草木萌動」を作っていたとき、すでに小西遼さんと少しだけ仲が良くて。「草木」のソロをお願いしたくてトランペッターを探しているんだが誰かいませんか、と小西さんにお伺いを立てたところ、石川さんを紹介してもらったという流れでした。なので昔から石川さんと知り合いだったわけではなくて、そのときに紹介していただいたのが最初です。

——「エアにに」(19年)では「蕊のパーティ」で石若駿さんがドラムを叩いていましたね。

長谷川:「蕊のパーティ」は、ドラムを叩いてほしくて、頭の中に石若さんのイメージがあったから、声をかけたら引き受けてくださった、という感じだったと思います。

——前作「魔法学校」(24年)では、「口の花火」でサム・ウィルクスがベースを弾いていて、「恐怖の星」では挾間美帆さんがホーンアレンジを手掛け、馬場智章さん(ts)、小西遼さん(as)、真砂陽地さん(tp)が演奏していました。彼らとの共同作業は長谷川さんの作曲やアレンジにどのような影響を与えましたか?

長谷川:挾間美帆さんの譜面はかなり参考にはなったんですけど、それはすごくプラクティカルな意味でそうだったので、「ああ、こうするんだな」という学びに留まるというか。サムに関しても、ジャズ的な要素を求めて依頼したというよりは、あの曲のリズムマスターとしてサムしか思いつかなかった。ので、そういった文脈で答えるなら、あんまり影響は受けなかったということになるかもしれません。

——「魔法学校」のリリース直前に、「THE FIRST TAKE」で「草木」のバンドアレンジ版が公開されましたよね。長谷川さんのほか秋元修さん(ds)、宮地遼さん(b)、相川瞳さん(perc)、松丸契さん(as)で、今回の「ハハとヘアピンズ」とほぼ同じメンバー。

長谷川:徳太郎抜きのヘアピンズです。

——あの難しい「草木」という曲を、なぜわざわざバンド編成で演奏しようと思ったのでしょうか?

長谷川:そもそも、みんなが思っているほど難しくないんですよ、「草木」は。勘所さえ掴めば、慣れてる方だったら1日でできるような曲ですから。

——それはヘアピンズのメンバーが実力者揃いだからなのでは……?

長谷川:いや、本当に簡単なんですよ。正直、例えばほかのジャズのナンバーと比べて特別難しいかと言ったら、そんなことないよなと。まあ、松丸さんだけ大変そうでしたけど(笑)。冒頭テーマのあそこはすごく大変だと思いますけど。でも全体としては難しいことをやっていない。謙遜じゃなくて、客観的に見てそこまで難しくない曲だとわかっていたので、紐解いていけば構造もすごくシンプルだし。あとは私がキーボードを弾きながら歌えれば問題ないだろうと。で、生で演奏するとしたら、一番面白くて訴求力があるのはあの曲だろうなと思って、「草木」を演奏することにしました。

——ヘアピンズのメンバーは、それまで長谷川さんのアルバムに参加してきた人たちとはまた違うじゃないですか。彼らとの繋がりはどういう経緯で?

長谷川:まずは秋元さんと一緒にやりたかったんですよね。「草木」をバンド編成で演奏するのであれば。で、宮地さんと相川さんは秋元さんが紹介してくださったんですよ。「パーカッションとベースが必要なんだけど、誰が合うと思いますか?」と秋元さんに訊いたら、あの2人を紹介してくださって。それとサキソフォンは、「草木」をインテンポで吹けるサキソフォニストを私は松丸契しか知らなかったので、必然的に松丸さんの名前が挙がりましたね。

——長谷川さんと秋元さんは以前から交流があったんですね。

長谷川:そうです。最初に知り合ったのは「渋谷公園通りクラシックス」でした。私が「司会ピアノ」という役目で、喋りながらピアノを弾くだけだと思いきや、秋元さん、ギターの小金丸慧さんという凄腕の方々と打ち合わせなしでセッションをすることになって(笑)。入江陽さんたちがやっている「MARUTENN BOOKS FAIR 2018」というイベントでしたね(18年12月16日開催)。

——秋元さんは技術力はもちろん、非常に個性的な演奏をされますが、彼のドラムの魅力はどういうところに感じますか?

長谷川:帳尻が合っていないところですかね。秋元さんって、リズムがドラッグしていったりラッシュしていったり、どっちにも向かうじゃないですか。普通、勘のいいというか、腕のいいドラマーほど、いいところで帳尻が合うように叩いて、フィールを元に戻す瞬間があるんですよ。一回転し切って半拍ズレたところにスネアやクラッシュを入れて元のリズムに戻す、とか、少し間を空けて次の小節の2拍目から入る、とかが、結構あるあるパターンだと思うんですが、秋元さんはそれをあんまりやらなくて。ズレたらズレたまま行ってるんです。そこが好きです。今回のアルバムだと特に「嘔吐」で聴けるかなと。まあだいぶ合わせていただいているほうですけど、秋元さんにしては。

——「THE FIRST TAKE」に続いて、昨年の大阪・関西万博の開会式で音楽を担当された際もバンド編成でしたよね。ベースはアトリユウキさんでしたが、あのときに細井徳太郎さんも加わって、今回のヘアピンズと同じ楽器編成が揃いました。再びバンド編成で臨んだのは、やはり、「草木」の生演奏バージョンで何かしら手応えを得たからだったのかなと。

長谷川:「THE FIRST TAKE」で全員「かわいい」と思ったんですよね。

——「かわいい」ですか。

長谷川:はい。私、すごく社会化の圧を受けてきた人間なんですよ。社会化せよという圧。世の中にはフリーダムな方というか、なんの社会的な抑圧も受けず、「そんなものはくだらない、自分はやりたいようにやる」という方がいるじゃないですか。それはそれで素晴らしいとは思うんですけど、あんまり仲良くなれないことが多い。反対に、ものすごく社会化されてる方、すごく気が遣えたり、すべての条件をちょうど満たして目立たないように動いている方は、仲良くなれる。で、「かわいさ」の感覚ってそこなのではないかと最近思っているんです。つまり最大多数の解釈の範疇に収まることが「かわいさ」の正体なんじゃないかと。

——なるほど。

長谷川:自分がバンドを組むビジョンというか、なんとなくうっすらとですけど、バンドを組んだら面白そうだよなみたいな考えだけは、「THE FIRST TAKE」の前からあったんです。だけど、メンバーを集めるとしたら「かわいげ」のある人たちじゃないとダメだと思っていた。というのも、演奏が巧い人、正確に合わせてくれる人であれば、今の時代、探せばいるんですよ。何でもできてしまうようなスーパープレイヤーは。そうではなくて私が求めたのは、自分が持っている語法に関して、それが抑圧された語法であって、なおかつそれに誇りを抱いてそうな人。そういう方は演奏が「かわいい」ですね。自分が合わせることが音楽的に「かわいい」ことだと会得している方なので。その人たちに無茶なことを言うと「かわいい」結果が返ってくるはずだと思っているんです。私は。その基準でしか選んでいないです。

——ヘアピンズのメンバーには「かわいさ」があると。

長谷川:もちろん演奏家の中には「我が道を行ったるぜ」という方もいらっしゃって、それは素晴らしいことだと思いますが、長谷川白紙ラベルをつけるときには「かわいく」ないとダメなんです。戸惑いながら誰かが合わせてくれないといけない。

新作「素直な気持ちアルバム」について

——「素直な気持ちアルバム」には、月ノ美兎さん、valkneeさん、tofubeatsさん、おとぼけビ〜バ〜の2人(あっこりんりん、よよよしえ)、さらにイ・ランさんまで、さまざまなアーティストが参加しています。しかもジャケットのイラストはジョージ朝倉さんの描き下ろしですね。

長谷川:ジョージ朝倉さんはもう私がファンすぎて(笑)。「ジョージ朝倉さんとかダメですか? 一回訊いてみるだけでも……」とダメ元で提案したら、奇跡が起きましたね。まさか受けてくれるはずないだろうと思っていたんです。「ダンス・ダンス・ダンスール」も連載中ですし、めちゃめちゃお忙しそうですから。そしたら受けてくださった。とにかく嬉しかったです。

——音楽内容としては、「ハハとヘアピンズ」のバンド・サウンドを軸にしています。これまでの打ち込み中心のアルバム制作からシフトしたのはなぜでしたか?

長谷川:「魔法学校」のときみたいな、つまり自分でDAWの前に向かって、無限の再現性を担保にして差異を穿(うが)ち続けていくような制作のスタイルに、少し飽き飽きとしていたというのはあると思います。自分の語法の外に出られないなと感じていて。それが一番大きい理由だとは思うんですけど、ただ、「素直な気持ちアルバム」でも結局、DAWの前にずっと向かっていたので、その意味ではあんまり変わらなかったですね。

——バンド編成ではあるものの、長谷川さんの編集の比重が大きかった?

長谷川:比重は半々ぐらいじゃないですかね。通常のバンドの形態の音楽だとしたら「編集しすぎ」と言われる作業量ですし、DAWで電子音楽を作っている方からしたら「編集しなさすぎ」と言われるラインだと思います。

——確かにバランスがちょうどいいといいますか、演奏性と編集性が上手く拮抗しているようには思いました。例えば4曲目の「ボス・モワレ・FS」は、バックトラックを流し松丸契さんのサックスソロをフィーチャーしつつ、そのソロの内容をtofubeatsさんが同時進行で実況するという、非常にユニークかつ批評的な試みで。

長谷川:むかし、菊地先生が「ジャズほどスポーティな音楽はない」と言っていたことがあって、それがずっと頭に残っていたんです。それで、ジャズが一番実況されるに値する音楽だろうな、というのはずっと思っていた。で、アルバムの4曲目にあれが来ているのは、アルバムを一回外部化する手順が必要だと思ったからです。あそこに実況者という外部のもの、音響的な他者が介入してくるんですけど、要するに反転するんですよ、外部と。音楽の達成のために何かがあって、それに外部から実況がつけられていると思っていたら、すべては結局DAWの中で起こっていることで、実況がカットアップされて音楽の成立のための一音響的要素になり、サックスのソロは事前に録ったものなんだということが判明する構図になっている。ねじり返しみたいな構造が一回必要だなと思ったんですよね。このまま行くと私に対して焦点が集まりすぎるという感覚が、「嘔吐」を書き上げたときにあったので。そういう気の利いたねじり返しというか。セルフライナーノーツに「スポイトに入った複層性のようなもの」と書いたんですが、それが的を射た表現だと思っています。

——曲名の「FS」はどういう意味ですか?

長谷川:フリースタイルの略です。「ジ・エンド・FS」も「パーマネント・トロンプルイユ・FS」も同じですね。

——松丸さんのサックスソロに関してはどうでしょうか?

長谷川:めちゃめちゃ楽しかったですよ。クリック代わりのトラックをループして、松丸さんにとにかくひたすら吹いてもらったんですけど、マジで楽しかったですね。あんな楽しいレコーディングはもうないんじゃないかと思います。演奏も素晴らしくて。

——6曲目ではおとぼけビ〜バ〜のあっこりんりんさんとよよよしえさんが参加していて、混沌としたフリージャズ的な場面もありますが、譜面に基づく演奏なのだとか。

長谷川:そうです。ま、厳密なやり方の記譜作品ではないんですが、音高の相対的な関係とリズムの主題だけ書いていて。6つぐらいにグルーピングしたそれぞれ1小節の短い主題があって、それを数字で書いているんですね。「1のあとは2」とか「2のあとは4」「4のあとは1」みたいな。あと、音列を示していて、その中だったら何を演奏してもいいという書き方にしていました。

——イ・ランさんを迎えた13曲目は、発話のイントネーションを音楽化する、いわゆるスピーチメロディーの手法をもとに工夫を加えたものになっています。ああいったアプローチはこれまでも試みたことがありましたか?

長谷川:いや、今回が初めてでした。

——スピーチメロディーといえばスティーヴ・ライヒやエルメート・パスコアールが有名ですが、作曲するにあたって参照した音楽家はいましたか?

長谷川:ヤコブ・テル・フェルドハウス(ヤコブTV)ですね。挙げるとするなら。たぶん、ライヒやパスコアールもですけど、シャソルとか、モノネオンとか、あの辺が浮かぶと思うんですよ、スピーチメロディーと言ったら。ただ、私はヴォイスのトランスクライブというアイデアを初めて知ったのが、ヤコブTVだったので。それが一番先にありました。

——長谷川さんの曲の場合、朗読をメロディアスに聴かせるというより、朗読する音をトリガーにして、声の周りに波紋が広がるようなアンサンブルを展開するといいますか。いわゆるスピーチメロディーとはやや異なる音の印象を感じました。

長谷川:そうですね。スピーチメロディーをそのままやってもそこまで意味が大きくないと思ったのはあります。それより、あの曲でイ・ランが朗読しているのは2人の登場人物の会話劇なんですが、片方の語りに、何かが纏わりついているような構図が必要だった。つまり片方にのみ音楽が成立している状況が欲しかったんです。

——全体を通して、長谷川さんのリスナーはもちろん、ジャズや即興音楽を普段聴いているようなリスナーにも刺さる部分があるアルバムだと思いました。そういったリスナーに「素直な気持ちアルバム」を勧めるとしたら、どういうところに注目して聴いてほしいですか?

長谷川:友人にジャズリスナーがいると仮定するなら、「ボス・モワレ・FS」はとりあえず勧めますね。わりと新しいインプロヴィゼーションの形ではあると思うので。即興音楽を好むリスナーの多くは、インプロヴィゼーションの概念自体が外部化されるという体験は、あまりしてこなかったんじゃないかと思うんです。音楽の特性上。すべてが内部化されているところがその種の音楽のいいところの一つじゃないですか。だから、こういったメタな音楽の構造そのものはそこまで好まない方が多いかもしれないですけど、ただ、インプロヴィゼーションを主体としながら二重三重の入れ子構造がある音楽は、単純に造形として面白い、と感じてもらえるんじゃないかなとは思っていますね。

PHOTOS:MIKAKO KOZAI(L MANEGEMENT)

アルバム概要

◾️長谷川白紙 3rdアルバム「素直な気持ちアルバム」

2026年8月28日リリース
レーベル:Brainfeeder / Beat Records
https://linktr.ee/honestfeelingalbum

TRACKLISTING

01. 荊姫
02. きたれりルート
03. 嘔吐
04. ボス・モワレ・FS
05. 我々不吉戦士
06, なんでなんでもかんでも一から十までいちいちいちいちいちいちいちいち言わなあかんねん
07. 蜜の主
08. 恩寵
09. ジ・エンド・FS
10. 泥棒猫泥棒
11. パーマネント・トロンプルイユ・FS
12. 窒息日記
13. 돌보미 마녀
14. ヴァニラ・ヴァリュー
15. 失せ物知らず

ツアー概要

◾️*Hakushi Hasegawa **Tour(Japan) ***2026 素直な気持ちツアー

10月25日(日) 岡山 YEBISU YA PRO OPEN18:30 / START19:00
11月2日(月) 福岡 BEAT STATION OPEN18:30 / START19:00
11月6日(金) 大阪 GORILLA HALL OSAKA OPEN18:00 / START19:00
11月10日(火) 北海道 札幌近松 OPEN18:30 / START19:00
11月13日(金) 愛知 NAGOYA JAMMIN’  OPEN18:30 / START19:00
11月18日(水) 東京 The Garden Hall OPEN18:00 / START19:00
出演:長谷川白紙
チケット料金:前売り 6000円
[オフィシャル2次先行(先着)] 受付期間:9月3日(木)18:00~23日(水)23:59
[一般発売(先着)] 受付期間:9月28日(月)18:00~
チケットURL: https://w.pia.jp/t/hsgwhks2026/

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