PROFILE: 役所広司/俳優

Netflixシリーズ「俺のこと、なんか言ってた?」は、「池袋ウエストパーク」(2000年)を皮切りに、数々の傑作ドラマを生み出してきた宮藤官九郎(脚本)× 磯山晶(企画・プロデューサー)の最新作。ある日突然世界中から完全に忘れ去られ、名声、お金、家族を失った国民的大物俳優・高瀬川玄が主人公だ。承認欲求モンスターの高瀬川が、もう一度スポットライトを浴びるために奮闘するヒューマンコメディーで、主人公の高瀬川を演じるのは日本を代表する名優の役所広司。48年のキャリアで培った経験を惜しみなく注ぎ込んだ本作についてはもちろん、撮影現場や業界への思いや芝居への向き合い方についてもたっぷりと伺った。
高瀬川玄の「馬鹿正直さ」
——出演の経緯からお聞かせください。
役所広司(以下、役所):「いだてん〜東京オリムピック噺〜」の打ち上げで、宮藤(官九郎)さんから「またぜひやりましょう」と言われたので、「いつ来るかな」とずっと待っていたんです。なかなかお話が来なかったので「社交辞令かな」と思っていたところに、プロデューサーから「宮藤さんでどうですか?」とこのお話をいただいて。「喜んでやらせていただきます」とお返事しました。
——「コメディーをやりたい」とお話しされていたそうですが、ジャンルとしてのコメディーのことでしょうか?
役所:坂井真紀さんと仕事をした時に、そう言ったと思います。正確にはコメディーというよりも、宮藤さんの笑いのセンスがものすごく好きでしたので、楽しみに台本を待ちました。今までの作品を全て見ているわけではないですが、最近では「不適切にもほどがある」(24年)が素晴らしかったですし、監督作品としては「TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ」(16年)がぶっ飛んでいてよかったですねえ。たまにぶっ飛びすぎているものもありますけれども(笑)、宮藤さんの書くものは面白いなと思います。
——届いた台本を読んでいかがでしたか? 国民的大物俳優の高瀬川玄がある日突然みんなから忘れられ、自分の承認欲求に振り回されるところがコメディーの肝になっています。
役所:読みながら笑ってしまうような台本というのは、演じる側としてはちょっと怖くなります。実際に人間が動いてみて、面白くならなかったらどうしようというプレッシャーがありますから。宮藤さんの台本はまさに笑って読みながら、「この面白さを消さないようにしなければ」と思わされるものでした。
——高瀬川の一挙手一投足に笑いっぱなしでした。この人物を演じる上で、芯として大事にしたものは何ですか?
役所:「馬鹿正直さ」ですね。承認欲求の塊で、それを隠そうとしてもあからさまにみんなに伝わってしまう正直さ。そこが面白いですし、これほど馬鹿正直な人はかえって魅力的です。宮藤さんもその辺を狙っているんじゃないかなと思いました。役者なんて僕も含めてみんなあれくらいの承認欲求を持っていますが、それだけではあのかわいげは出ないですよね。
映像業界のリアルを描く
——コメディー作品でありながら、映像業界の裏側、ADの労働環境や現場の食事事情など、シビアな現状についてもリアルに描かれています。
役所:このように我々が働いている職場を(作中で)見てもらうこと、視聴者に「ほー、結構苦労してるんだな」と少しでもわかってもらえることは、本当に価値あることです。僕たちの業界は、スタッフも俳優もそれだけで食っていける人は本当に一握りです。そういう現実を少し理解してもらった上で、日本映画や日本のエンターテイメント、映像業界全体がレベルアップできるといいなと思いました。
パンデミックの頃は全く仕事がなくなり、スタッフも俳優もほとんどがフリーランスですから、夢を捨ててこの業界を去っていく人もいました。宮藤さんもパンデミックの時はいろいろと考えられたんじゃないでしょうか。あの時とはまた違う“パンデミックと副反応”がこのドラマの中では起きています(笑)。宮藤さんらしい切り口だと思いました。
——高瀬川とチーフ助監督の川島(松山ケンイチ)との関係が、ストーリーラインの一つの肝になっています。役所さんと成島出(なるしま・いずる)監督の関係に重なりました。
役所:成島君のことは思い出しましたね。彼が助監督の時に現場で知り合って、「監督になったら(作品に)出てください」と言われていて。実際に監督デビュー作(「油断大敵」)に呼んでもらい、その後の活躍も気になる存在でした。川島のような助監督というのは本当にいるんですよ。みんな監督になりたくてこの業界に入るけれど、助監督として作品に入ると、監督としてのスキルを磨く時間が取れない。合間に1行でも台本を書けばいいんでしょうけど、我々の業界の労働環境だとそうはいかない現実があるんです。
助監督としてキャリアを積んだ結果、監督にはならずに、専門職として現場を支え続ける人もいます。でも、「本音では監督をやりたいんだろ?」と思いますし、撮らせてあげたい。撮影現場が、そういった新しい才能が育つ場所であってほしいです。助監督から監督になる人はそんなに多くないという印象がありますし、一方で助監督を通過せず、自主映画を経験し、自分で脚本を書き、いきなり商業映画で監督デビューするというケースもありますよね。
作品の中で多彩な「役」を演じる
——高瀬川は全8話に出ずっぱりです。国民的俳優からホームレスになり、日雇いやサウナでのアルバイトを経て、「田中卓」という芸名でエキストラからリスタートします。劇中劇も多く、ロンドンのシェイクスピア・グローブ座での「リア王」、京都・太秦での時代劇、下北沢ザ・スズナリでの舞台公演など、1本の作品の中で多彩な「役」を演じています。役所さんの経験がふんだんに注ぎ込まれているキャリアの集大成に見えますが、どんな体験でしたか?
役所:一つの作品でこれだけ稼働したのは初めてかもしれません。扮装替え、撮影場所の移動、セットチェンジも多く、猛暑の京都でかつらをつけたのも大変でした。金子(文紀)監督が粘る方でカット数も多いので、撮影現場はハードでしたね。エネルギーをすべて搾り出しました(笑)。
一番準備が大変だったのは、ロンドンのグローブ座での「リア王」のくだりですね。磯山プロデューサーに「イギリス英語の発音はちゃんとやりたい」と伝え、ダイアログコーチや、グローブ座でシェイクスピア劇に携わっているプロフェッショナルの方に、リモートで発音などを教わりました。ロンドンの撮影では観客がみんなイギリス人なので、「こいつ何喋ってんだ」と思われるのは嫌ですし。ただ実際のところ、シェイクスピアの英語というのは現代のイギリス人が聞いても知らない単語が結構あるらしく、「そんなに心配することはない」と言われました(笑)。
——第8話では高瀬川が小劇団のメンバーとして舞台に立ちます。この劇中劇は、実際に下北沢のスズナリで4日間の公演を打ちました。役所さんは23年ぶりの舞台出演となります。
役所:稽古期間が延べ20日くらいしかなかったので、セリフを覚えられるのかなと心配しながらやっていました。23年ぶりに舞台に立って、「そういえば、お客さんがこうやって生で反応してくれることで、勇気をもらってやってたな」なんてことを思い出しましたね。4日間で5ステージ、必死にやりました。最終話を観て、この演劇と、それを見ている人たちのリアクション、そこにインサートされる登場人物へのインタビューのカットバックがとても好きでした。「ああ、この回のために1話から積み重ねてきたんだな」と感じました。
役者とはなんなのか?
——役所さんが高瀬川のように、誰も自分を知らないという状況に置かれたら、また俳優という職業を選びますか?
役所:面白さを知ってしまってますからね。自分のことを忘れられてしまったら、高瀬川もそうでしょうけど、「エキストラなんて誰だってできる」「もっとすごいことだってできるんだから、ちょっと驚かせてみよう」と思うでしょうね。僕なんかはずるいから、「すみません、俳優やったことないんですけど、セリフ喋っていいですか?」と下手(したて)に出ておいて、いざ芝居をして「なんだ、やるじゃないかよ」なんて言われることを楽しむと思います(笑)。
——誰も自分を知らない世界で演じる喜びも描かれますが、そういった環境への憧れはありますか?
役所:僕らの業界では「デビュー作を超えられない」とよく言われます。デビュー作は観客に予備知識なく見てもらえるので、本当にその役の人物に見えてくる瞬間があるんです。その次からは「あれをやった誰々だ」という目で見られるようになる。それでも新鮮な存在として見てもらえるように、「前もこんな芝居をしてたな」と思われないように、何十年経った今も頑張るんですけれども、どうしたってデビュー作は超えられません。
経験とともにどんどん付いてくる垢を、必死に隠しながらやっているんだと思います。アートもそうですが、「ヘタウマ」を狙うと鼻についたり、芝居くさくなったりするじゃないですか。かといって、日常会話のように咳をしたり鼻を啜ったりすると、今度はナチュラルくさくて鼻についてしまう。そういうバランスは注意していますね。
——新鮮な存在として役を見てもらうためにも、作品や脚本選びが非常に大事になってくると思うのですが、どのように判断していますか?
役所:脚本があれば読んでから判断できますが、ない場合はその監督や脚本家が過去につくった作品が参考になります。「あー、あんな映像を撮る撮影監督の画に入ってみたい」と思うこともありますね。あとは、作品全体も大切だと思いますが、その中での自分の役割を「やってみたい」と思うか、「前も似たような役をやったし、これだったら俺じゃなくても大丈夫だろう」と思うかで選ぶこともあります。
——役所さんは、主演にそこまでこだわっていない印象があります。
役所:そうですか? 主演に越したことはないですけどね(笑)。主演はね、楽なんですよ。共演する人たち、バイプレーヤーたちが盛り立ててくれる構造になっているので、下手でも主演はやれるんです。説明役をやらされたりと、脇の人たちの方が大変なことは往々にしてあると思います。主演は逆に寡黙でも成立する。まあ、高瀬川は特殊な役ですけどね(笑)。
——第8話で「役者とはなんなのか」というナレーションが重なります。役所さんの中で、その答えは出ていますか?
役所:僕にですか? そうですねえ……「観客の代弁者」でしょうか。作家が書いた言葉というのは、日常生活でこれを言うといやらしいな、偉そうだな、立派すぎるなと思うセリフでも、台本に書かれている人物のセリフだと思えば堂々と喋れるし、世の中のことだって批判できる。自分が観客の時も、みんなが思っていることや、「よくぞ言った!」というセリフを役者が言ってくれると気持ちいいですから。
——高瀬川の「お前は俺を誰だと思ってるんだ!」というセリフも、まさにそうでした。
役所:そんなセリフは(現実では)なかなか言えないので、僕も演じていて気持ちよかったです(笑)。
PHOTOS:MASASHI URA
HAIR&MAKEUP:KATSUHIKO YUHMI(THYMON Inc.)
STYLING:TOMOKO YASUNO
衣装協力:スズキタカユキ/スズキタカユキ(03-6419-7680)、フランク リーダー/マッハ55リミテッド(03-5846-9535)
Netflixシリーズ「俺のこと、なんか言ってた?」
◾️Netflixシリーズ「俺のこと、なんか言ってた?」
Netflixで世界独占配信中
出演:役所広司
賀来賢⼈ 松⼭ケンイチ 江⼝のりこ 河合優実 / 濵⽥雅功 /
磯村勇⽃ 上川周作 ⼭本博(ロバート) 中井千聖
坂井真紀 吉⽥⽺
脚本:宮藤官九郎
企画・プロデューサー:磯山晶
監督:金子文紀 坂上卓哉 渡部篤史
制作プロダクション:THE SEVEN
制作協力:ROBOT
製作:Netflix
https://www.netflix.com/jp/title/81915623







