PROFILE: 鈴木良拓:他郷阿部家 暮らし紡ぎ人兼SUZUKI FARMS代表

島根県大田市に拠点を置く群言堂グループが運営する宿泊施設「他郷阿部家」で朝食を担当する鈴木良拓さんは、自ら育てた野菜と卵を宿泊客にふるまう。聞けば、もともとは「石見銀山 群言堂」のテキスタイルデザインを担当し、大森町周辺で採取した草花や枝木などから染めた「里山パレット」を開発した人物で、今も「里山パレット」の染料になる植物を採集しながら、「阿部家」の仕事と営農を行う。
WWD:仕事のタイムスケジュールを教えてほしい。
鈴木:朝6時半に「阿部家」に来て8時からの朝食を準備し、朝食後はお客さまに群言堂の関連施設のご案内などを行う。11時のチェックアウト業務後は14時頃まで洗濯や掃除などを行う。お昼休憩後、15時頃からは(群言堂グループの創業者)登美さんからの頼まれごとや畑仕事、「里山パレット」の業務を行っている。18時には帰宅して家族のために夕食を作っている。「里山パレット」の下げ札に描かれた植物画も僕の担当。
WWD:大森町に移住したきっかけは?
鈴木:学生時代に生地の産地を巡り、機屋や染工場を見学させていただく中でインターンを経験した。そこでさまざまなブランドの生地ファイルが並ぶ中で「石見銀山生活文化研究所」というファイルを見つけた。「石見銀山」「研究所」って何だ?と興味を持ちファイルを見るとちゃんとした生地を作っていて惹かれた。調べると島根を拠点に面白い取り組みをしていた。求人は出ていなかったが問い合わせると面接することになり、学生時代に取り組んでいた自生する植物繊維で作った物や植物で染めた衣服などの作品をたくさん持って臨んだ。
WWD:大森町の本社で面接を行った。
鈴木:(創業者の)登美さんと大吉さん(夫妻)はもちろん経営陣がそろい10人に囲まれた面接だった。いろんな質問をされて答える中で大吉さんが盛り上がってきて「この町には手つかずの自然の資源があるが、生かし切れていない。植物資源を使ったものづくりをやってみないか」と言われた。後に登美さんが教えてくれたのは、登美さんは面接の時点では迷いがあって、面接帰りの電車で偶然一緒になりいろんな話をする中で採用を決めたそう。
WWD:12年にデザイナーとして採用され、テキスタイルデザインを担当した。
鈴木:入社後すぐに大森町周辺の植物を生かしたものづくりに取り組みはじめ、今は食堂になっているかやぶき屋根の建物で実験的に染め始め入社して1年が経ったころに「里山パレット」をスタートすることになった。
WWD:「里山パレット」は完全な草木染めではなく化学染料も用いる「ボタニカルダイ」を採用した。
鈴木:流通させるにはある程度の耐久性が必要だった。「ボタニカルダイ」は従来の草木染めで用いるような重金属を使わない自然由来の糊で色を吸着させる。色落ち防止のための化学染料を用いたハイブリッドな染色法で、文化服装学院時代に染め織りのアドバイスを頂いていた有機化学研究者が在籍する染めの会社が取り組んでいた。
WWD:「里山パレット」はどんな植物を用いているのか。また、染料になるかどうかをどう見極めているのか。
鈴木:畦道にある蓬、梅や桜の剪定をするときに出た枝、収穫が間に合わず落ちてしまったブルーベリーの実、山に自生する香りの良い黒文字(クロモジ)や湿気の多いところに生えるシダ植物など、大森の環境で得られるいろんな植物を使っている。大森らしい植物は何かな?という視点で探している。
色に関してはどの植物も色素を持っているので、例えば枝や幹、渋み味が強い植物はタンニンが多いのでブラウン系かな?とか、ブルーベリーやヨウシュヤマゴボウだったらアントシアニン系が多いかな?と大体の予測は立てながら集めている。
WWD:現在何種類くらいの植物から染料を作っているのか。
鈴木:少しずつ増えていて今は100種類以上ある。植物別にデータ化してシーズンごとに選んでいる。人気なのは明るめではっきりとした色。嬉しいのは10年続けると、「今年の黒文字の色が良かったよ」と徐々に色ではなく植物で見比べてくれる人が増えていること。気に入った形の服で10色そろえてくれる方もいる。
WWD:染料をどのように作り、染めているか。
鈴木:大森で染料となる植物を集めて乾燥か冷凍してストックし、それを「ボタニカルダイ」ができる会社に送り染料にしてもらった後に染工場で染めていただいている。1種類50~60kgストックしているものもあれば、集めにくいものは1kg単位でストックしてキロ単位で出荷している。採集しやすい植物も難しい植物も価格は一律で、どれくらい貴重か(採集が難しいか)などは「里山パレット」のページで紹介している。特に貴重なのは冬頃に集めるサカキやヒサカキの実で、小粒の実を寒い冬に集めなきゃいけないので手が冷たくなるし大変だけど、色がいい。
WWD:今は「里山パレット」の材料収集と営農、「阿部家」の運営に携わる。なぜ3足のわらじを履くことに?
鈴木:大森に移住してきてから田畑が荒れていくのが徐々に目立つようになった。もともと植物や森に興味があり「自然と自分の繋がり」を畑で表現してみたくなった。群言堂のお取引先などのお客さまが大森にいらしたときにスタッフたちが採ってきた山菜やイノシシ肉などでおもてなすることもあり、野菜も自分たちの手で育てたものが提供できればと考えた。また、大森町で畑や田んぼをしている人は少なく、1人くらい農業に注力する人がいると面白いいかな?とも思った。独立を選んだのは農家じゃないと農地が借りられないことに加えて、畑を借りるための資金がなかったから。借金をするために独立した。「群言堂」の仕事も引き続き行うことも決まっていたから独立できた。
実態は「群言堂」で稼いで畑に投資、それでも営農する意味
WWD:荒れた畑を野菜が採れる畑にするのは簡単ではない。今ではニホンミツバチが畑にやってくるまでになった。
鈴木:最初の3年は全く野菜ができず、意味があると思って始めたことだったがしんどかった。「群言堂」の仕事をしながら、もともと田んぼだった場所を畑にするなど土木工事から行っていたからとにかく必死だった。4年目からは人参や葉物野菜が採れるようになり、野菜による売り上げはわずかだったが心が安定した。その頃に「阿部家」に合流して、野菜のおもてなしを始めた。自分たちの手で育てた野菜と卵でつくる朝食は納得感があっていい仕事だと感じている。今は手放しでも野菜の花が咲いて種がこぼれ、新しく芽がでて放っておいても自然環境に任せることができるようになった。
育てた野菜は「阿部家」の朝食をメインに大森町にあるドイツパン屋べッカライコンディトライヒダカや近くのジビエ料理屋さんなど、顔が見える数店舗に卸している。そのほか、近所におすそ分けしたり、野菜のある時期に町の人や滞在されている人、保育園や学童の子どもたちに畑に入ってもらって収穫してもらっている。つい先日も保育園の子どもたちがタケノコ堀りに畑に来て、町の中での立ち位置ができて営農する意味を感じている。
WWD:畑で利益を出すのは難しいと聞く。
鈴木:大規模農家や土壌環境がいい畑以外はほぼ赤字なのではないか。僕は経費をかけずにやっていても営農だけでは赤字で、「『群言堂』で稼いで畑に投資」が実態に近い(笑)。今は投資になっているが、教育など何かをきっかけに活用できる可能性があるとも感じている。また群言堂グループとして「生活観光」を打ち出しているので畑が自分を表現できる場所として確立したい。
WWD:自然農法にこだわっている。
鈴木:森のような畑を作りたくて、農薬や肥料を使っていないので結果的に「自然農法」になった。人が支配的に管理するのではなく、自然環境に近い畑を作りたいと思った。というのも、父親が林業に関わっていたこともあり、家族の話題は森や自然のことが多く興味を持つようになった。中学生の頃に出合った植物生態学者の宮脇明さんの本に「本来の自然(森)というは、いろんな生き物がせめぎ合っている場所である。高木の下に亜高木、低木、下草、そして地面の下にもミミズや様々なバクテリアがいる」とあった。空間の中に色んな生き物がせめぎ合っているのが「自然」だという言葉が強く印象に残った。宮脇さんの植樹方法は本来そこにあったであろう植生を神社の鎮守の森などから導き出して何十種類もの木を混生密植させるもので、僕もそれを参考に60種類くらい科の違う野菜の種を混ぜて、はなさかじいさんのように畑に種をばら撒いて「小さな森のような畑」を作っている。農業というよりもものづくりに近い感覚で、生態系が成立する畑をつくっている。
WWD:結果的に「群言堂」の価値を上げる取り組みになった。
鈴木:経済優先の効率重視した農業ではなく、大森の「暮らし」の延長線上にある畑で採れたものをお客さまへのおもてなしとして提供した点がよかったのではないか。「里山パレット」もそうだが、里山の暮らしから環境に負荷をかけずに少しずついただいていることが「群言堂」らしく結果的に価値を高めることになるのではないか。
WWD:「群言堂らしさ」とは。
鈴木:よそのものに価値を見出してありがたがるのではなく、価値あるものは自分の身近にあると「群言堂」は考えている。僕の領域でいうならこの土地にある植物を活用すること。
WWD:大森町の暮らしについて教えてほしい。
鈴木:よそ者に対して壁がないのが第一印象だった。着いて1週間くらい経った頃、男子寮の前に軽トラを乗り付け「港にアジがあふれているから乗れ、いくぞ」と町の人が声をかけてくれた。
大森町は栄えていた時期はIターンで出来上がった町で、それが大森の気質として残っているのではないか。400人の小さな町で1本道に家が並んでいるので、それぞれの暮らしぶりがなんとなくわかるし、外から来た人でも感じられるところがユニークなところ。
WWD:群言堂で働くことについてどんなところが面白いか。
鈴木:単に出勤してから退勤するまでの関係でなく、そこで働くスタッフも(全員ではないが)大森に暮らしがあり、その家族や子どもたちも大森で生活している。働く場と暮らしの場、子育ての場がつながっているところが面白いと感じる。単に仕事の関係だけではなく、みな町民でもあり消防団や町の役割も持っていて町の機能を担い、助け合っている。仕事とプライベートが曖昧でそれが面白いと思う。夫婦、兄弟、親子で働く人もいて家族の延長の雰囲気がある。
WWD:今後取り組みたいことは?
鈴木:大吉さんが旗振りをしている町のコンソーシアムによって500年祭(2027年は石見銀山発見500年)に向けて山の整備が進んでおり、その際に切られる木を活用したい。町では森に関わる勉強会も行っていて、今年の6月頃から本格的に整備が始まる予定だ。例えば暮らしにつながる製品として「阿部家」の食卓に並べる食器を作るのはどうかと試作品を作っている。半年後に登美さんにプレゼンする予定だ。経済的な循環を生まなくても暮らしに溶け込む循環を生みたい。