ファッション

パタゴニアの気張らないコミュニティの作り方 北極先住民族を撮る写真家遠藤励と協働

パタゴニア(PATAGONIA)」は環境危機と闘うためのコミュニティを広げるために、さまざまなイベントを開催している。京都店(11月3日)、福岡店(11月11日)、軽井沢店(11月24日)で行う「北極先住民族のいま」もその一つ。ただし、イベント自体は直接環境危機を訴えかけるものではない。

今回のイベントは写真家の遠藤励を招き、遠藤が撮影したグリーンランドのイヌイットの狩猟の様子を紹介したり、地元バンドのライブ演奏やビール販売を行ったりした。今回はこれまでのパタゴニアのイベントとは異なる方法を採り、間口を広げて来場者を募った。イベントを担当するパタゴニア日本支社の内野宗一郎カテゴリーマーケティング アシスタントマネージャーは「われわれが環境問題をテーマにしたイベントを考えるとどうしても真面目な着席形式の講演のような形になり、伝えたいメッセージを一方的に発信しがちだった。ご来場いただく方もすでに関心が高い方が多く、同じ顔触れになることもある。地球環境は待ったなしの状況で、スピード感を上げて環境・社会問題解決につなげていくには、すでにつながっている仲間だけでは社会に変化をもたらすことはできないと考えた」と話す。加えて、「これまでは伝えたいことをなるべくたくさん持ち帰っていただくためのどうしたらいいかと考えていたが、今回は10伝えたとしたら何か1つでも持ち帰ってもらえればいいと考えた」と内野。

店頭で掲示された遠藤の作品は、グリーンランドの今を写したもので、ナイロンジャケットとアザラシの毛のパンツをまとうイヌイットの少女や、一部がえぐられた氷床、ごみだらけのグリーンランドの海岸線などだ。美しいだけではなく、見る者に危機感を訴えかけてくる。「北極圏で暮らす人々に気候危機と資本主義のしわ寄せがきていることを伝えたいと考えた」。

京都店で行ったイベントには60人以上が参加し(通常は着席で行うので35人程度)、顧客だけではなく新規で来店する人がとても多かったという。「来場者が食い入るように遠藤さんの写真(スライドショー)を見つめながら、話に耳を傾ける姿が印象的だった。今回のイベントの形式は遠藤さんからの提案によるところがあったが、われわれにとっても大きな気づきになった」。

気候変動と資本主義の影響を強く受ける先住民の暮らし

もともと遠藤は雪をテーマに撮り続けてきた写真家で、中でも大きなテーマはスノーボードカルチャーだった。遠藤は「温暖化が深刻化し、エクストリームスポーツとしてのスノーボードだけではなく、自然と社会とのつながりを、雪や氷河を通じて表現していきたいと考えた。そうした活動の延長線上に北極と先住民文化があった」と話す。北極圏の先住民にフォーカスしたのは「自然のサイクルと直結した先住民の暮らしが最もサステナブルなのではないかと思った」から。リサーチの結果、最も先住民族の暮らしが残っていると言われている「地球上最後ともいえる大型哺乳類の狩猟生活を営むグリーンランドの先住民の狩猟の撮影に挑んだ」と遠藤。しかし、実際に訪れてみると予想以上に資本主義に侵食されている現実を知る。先住民族の文化の継承が難しくなっていることや、暮らし自体が変化していた。「人々が安定を求め始めたことや資本が入ることで狩りをする必要がなくなってきている。数年でなくなるか、あるいは観光としてのビジネスになっていくかどちらかではないか」と遠藤。記録を残すという意味もあった。

撮影を通じて自身の気づきも多かったという。「獲物を捕って解体して食べるーー一連の作業を目の当たりにして、複雑な気持ちになった。彼らはホッキョクグマなど絶滅危惧種も狩るし、『やめて』と思う自分がいたりして胸が苦しくなった。命をいただくことに責任を持つとはどういうことかを考えると、普段僕たちが口にする牛や豚の命の重さも同じではないか。僕自身、解体される動物や血を見たことがなかっただけで、彼らの狩猟を本当はどこか好奇な目で見ていたことにも気付いた。そして、日本での暮らしは、都合が悪いことが見えない仕組みになっていることに気付かされた。切り身になったものが提供され、食べるときも罪悪感や感謝の気持ちを持ちづらい。解体を手伝うと命の重みを体感するし、食べるときは感謝していただく。こうした気持ちが自分の生活に抜け落ちていたし、その社会や状態が怖いと感じた」。

「人と自然をつなぐ中間に存在したい」

気候変動の影響で狩猟自体にも変化があるという。「海氷が張らない期間が延びることで狩猟期間が変化しているし、ホッキョクグマの個体自体も20年前に比べると平均で40kg程度軽く小さくなっているという報告がある」。先住民の生活の変化も著しい。「グリーンランドはかつてアルコールの持ち込みが禁止されていたのに、ここ数年で簡単に買えるようになった。そもそもグリーンランドには発酵文化がないからアルコールもなかったし、そこに住む人々は、アルコールを分解する能力が弱い。だから、アルコール中毒や酒乱が増えていることが社会問題になっている。また、アルコールをはじめとした輸入品を購入するためや、外貨獲得のため狩猟という認識が変わり始めた猟師もいる」。

「資本主義代表の僕らが発展するな、というのも違う。僕らが辿ってきたことを辿っていて、生活や選択、需要やニーズがそこに表れている」。それでも写真を撮り続けるのは、「人と自然をつなぐ中間に存在したいから」だ。「関心を高めるきっかけになれば」と語った。

■プロフィール

PROFILE:遠藤励

(えんどう・つとむ)長野県出身、写真家。スノーボードカルチャーに精通。90年代から地元白馬のバックカントリーシーンの開拓に携わり、現在まで日本や世界各地の雪山・コミュニティを訪れ専門誌やメディアに作品を寄与。また、雪にまつわる作品表現に傾倒し、「snow meditation」や「水の記憶」などのシリーズを発表。近年は「雪の民族」を撮影するプロジェクトに注力し、北極圏に通いながら、変容する自然環境や先住民族の暮らしを撮影している。 作品集に「inner focus」(小学館)、「Vision quest」(自主制作)がある

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