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「ヴェトモン」が注目したジェンダー代名詞「They」どう使う?【翻訳日記:今を読み解くキーワード 第2回】

 「WWDJAPAN」の翻訳担当による連載「翻訳日記:イマを読み解くキーワード」では、翻訳した米国版「WWD」のニュースを引用し、その言葉が日本語や英語でどのように使われているかなどを考察。注目のニュースから英語的な感覚を養い、物事を新たな角度から見るきっかけを提供する。連載を担当するのは、「WWDJAPAN」で翻訳を主に手掛ける先輩Kと後輩M。気づけば翻訳の道に入ってはや四半世紀の先輩Kと、入社2年目でミレニアルとZ世代の狭間を生きる日英バイリンガルの後輩Mが交換日記を交わすように話を深めていく。

 2回目のテーマは「ジェンダー・プロナウン(代名詞)」。「私(一人称)」「あなた(二人称)」と異なり、「彼」「彼女」などジェンダーが関わる三人称について、翻訳にまつわる話をLGBTQ+関連の記事を起点に考える。ヴェトモン(VETEMENTS)が7月にローンチした新ブランド「VTMNTS」では、「She/Her」「He/Him」「They/Them」といった、女か男かという枠組みだけでない包括的なジェンダー・プロナウンを表示したTシャツを製作した。ファッション&ビューティ業界でも二元論的な表現を改めるデザインや考えが台頭している。

後輩M:今回は「ジェンダー・プロナウン」への理解を深めながら、性表現にまつわる翻訳について話します。私は大学時代に考古学を学ぶ中で、これまでの歴史の視点が男性中心すぎると考え、その後ジェンダー・セクシュアリティーを副専攻してフェミニズムの勉強などもしました。仕事でも、そういった知識や学びを得ることができた自分の経験や当事者としての考えも生かした発信をしていきたいと常々思っています。

先輩K:ヴェトモンのニュースの原文では新製品について「T-shirts featured gender pronouns such as “She/Her, “He/Him” and “They/Them”(以下略)」と書かれています。こういった表記は英語で自分以外の誰かを指す際に、どの呼称で読んで欲しいか、と自分で明記するために使われていますね。

後輩M:「They/Them」はジェンダーニュートラル・プロナウンと言われ、男女分けはしっくりこないという場合などに使われます。日本ではXジェンダーと呼ばれますが、自らを男女の2軸でとらえないジェンダー・ノンバイナリーの方などが使っています。

先輩K:著名人だと、歌手のデミ・ロバート(Demi Lovato)やサム・スミス(Sam Smith)がジェンダー・ノンバイナリーだと公表し、代名詞も「They/Them」を使っていますね。インスタグラムにも代名詞を加えています。プロナウンに関しては明言していませんが、歌手の宇多田ヒカルも6月に自身がノンバイナリーだと話しています。

後輩M:宇多田さんは2019年に「歌姫ってなんなん」とツイートして話題になっていましたが、本人はそういったところにも違和感があったのかもしれません。また、ティックトック(Tiktok)などでは“ノンバイナリーあるある”といったクィアな投稿も多くて、「代名詞やアイデンティティーの話をしても通じないから、いろんな思いがあってもとりあえず『男性です』って答えちゃう」「いちいち説明して“理解”を得なければいけないのが疲れる」といった動画もよく見ます。しかし一般的にはまだまだ「なんの意味があるの?」「Theyは複数人に使うものでしょ?」と思われる方も多いと思います。

先輩K:「They」は多くの教科書には複数人を表すのに使うべきだとありますが、単数の「They」も実はシェイクスピアの時代にはすでに存在しています。現在、これが単数の人称代名詞として使われる背景には、男女といった枠組みだけで考えないことや、その人の見た目や振る舞いでジェンダーを勝手に決めてしまわないことなど、バイアスを取り除いた視点で一個人を見ていくことを大切にして欲しい、またはそうしていきたいという意図があるのだと思います。

後輩M:実は私もこの概念に共感して、自分の記者プロフィールにプロナウンを加えています。日本では馴染みがないので反応を探りながらですが、英語圏の方と話す時などは自己紹介で「私の名前はMです。呼ぶときはShe/Her(彼女)を使ってください」と先に言うようにしています。名前や見た目でジャッジ(偏見を持たれたり、軽蔑されること)されにくい自分が開いていける部分なのかなと。ノンバイナリーの知人が「先に言ってくれると助かる。当事者だけがいっても偏見はなくならない」と言っていて、本当にそうだよなと思いました。

先輩K:当事者だとより勇気を要したり、心的ハードルが高かったりすることもあると思うので、周りがそれを一般的にしていくムードを作ることも大切ですよね。私はそうした理由からもLGBTQアライ(支援者)だとオープンにしています。ほかにも、個人情報の登録などで、男女に加えて「その他」という選択肢が設けられていることがあります。これはこれで雑な括りだとは思いますが、男女以外の選択肢も必要だと認識していること自体は前進かな、と。

後輩M:翻訳となると、そもそも日本語には「They/Them」に値する言葉がないので難しいですよね。彼女ら・彼らという使い方はジェンダー分けがしっかりなされていますし。

先輩K:広義に「彼ら」とするのも手ですが、ニュートラルな表現をしようとしても、現状ではどうしても男性側に傾いてしまうという。

後輩M:ジェンダーに包括的な表現をしたい時、私は「その人たち」「当事者ら」「同氏」など説明する方法をとることが多いです。下記記事では、原文で「They」と使っているところを、日本語では「LGBTQ+の若者らに向け、世界最大規模でその人らの自殺防止に働きかけるトレバープロジェクト」としました。

先輩K:すごくいいと思います!「○○部長らは」と役職を使うこともできますね。

後輩M:一方で、トランスジェンダー女性のMJ・ロドリゲス(MJ Rodriguez)の肩書きを書く際は、「女優」としたんです。通常は、ニュートラルな表現の1つとして「俳優」で統一するようにしているのですが、当人の思いやトランスジェンダーの方が生きる日常の不平等を意識して工夫しています。

先輩K:「女優」「男優」「俳優」という言葉の中では、「俳優」を使うのが一番ニュートラルですよね。「男優」はAV(アダルトビデオ)の出演者というイメージも強いですし。いずれにしても、本人の考えを尊重することが大切だと思います。Mさんは全部自分で考えてジェンダー関連の言葉選びをしているんですか?

後輩M:そうですね、会社にはジェンダーの勉強をしてきた心強い同期もいるので、「この表現どうかな?」とまず相談することを大事にしています。私も上司に「Mさん、この書き方どうかな?」と聞いていただいたことがあって、とてもうれしかったです。

先輩K:良い流れですね。ここ数年は、これまでより速いペースでいろいろ変わってきていると感じられてうれしいです。

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